とある英雄達の最終兵器

世界るい

第131話 模擬戦は遊び心がいっぱい

「チッ、あのバカ……」


 テップがシャルバラの名を森中に響き渡る声で叫んだことに対し、舌打ちをするクルード。


「クルード指揮官どうしますか……?」


「……ふぅ。いや、むしろ好都合だ。こちらの陣営にはカグヤ様率いる王族が五人控えている。どの御方も卓越した体術や魔法の技術を持っている。よほどヤツがアホなことをしても墜ちることはないだろう。むしろできるだけそちらに引きつけている間はこちらのチャンスでもある」


 隊長格の一人がクルードの顔色を窺いながら尋ねるが、クルードは一つ深呼吸をし、努めて冷静に現状を把握し、作戦の続行を言い渡す。しかし、あまりSクラスと馴染みのない隊長格の者は――。


「本当に大丈夫なのか? 強いって噂は聞くけど、王族だからって贔屓されているんじゃないのか?」


 その言葉に目を細めるクルード。そして――。


「……ふむ、彼は何組だい? なるほど、F……ね。F組の隊長の君、権力、財力、背後関係も評価対象なのは置いておくこととして、校内トーナメントでレーベ様とテュールを見て、その実力を疑うのなら残念ながら君には武の才能がない。言いたいことは山程あるが、君と個人的な会話に使う時間は無い。だから、みんなも心して聞いてくれ」


 クルードが淡々とF組の隊長にそう告げる。F組の隊長は顔を真っ赤にし、何か言い返そうとしたが、クルードに睨まれ、ピシャリと遮られる。そして、そのままクルードは他の隊の者に対して声を掛ける。


「僕の本音を言おう。この模擬戦、勝ち負けには拘っていない」


 先程まで皆で一丸となり勝とうと言っていたクルードからのその発言に戸惑いを隠せない他の生徒たち、あちこちからざわついた声が生まれる。だが、そんなざわめきを前にしてもクルードは一切動揺することなく言葉を続ける。


「――何故なら勝ちは既に確定しているからだ。と、言うのもこちらにはS組第一団、遊楽団という名の隊がある。この隊は別次元の強さだ。分かりやすく言おう。リエース校との模擬戦は、向こうの生徒三百人対遊楽団の十人でも遊楽団が勝利する。次席と言った僕だがこと戦闘において遊楽団の者と戦ったら誰一人にも勝てないだろう。そう赤髪のアホにさえ、もだ」


 その真に迫った言葉に一旦場は静かになる。だが、その言葉の意味を理解した生徒たちからは――。


「それが本当なら、こんな模擬戦――」


「俺達のいる意味が――」


 などという言葉が聞こえてくる。そして、そんな声を聞き、クルードがここで初めて表情を変える。ニヤリ、と。


「フフ、だからあえて遊楽団の者は別行動で自由にしていいと指示を出した。これはつまり、リエース校と遊楽団、そして我々ハルモニア校の三つ巴だと思ってもらっていい。僕の立てた目標はこうだ。脱落者をいかに出さずに遊楽団より早く総大将もしくは旗を墜とす。それにみんなも思うところはあるだろ? いつもいつもチヤホヤされているアイツには負けたくない、と――」


 その最後の一言に男子生徒の顔つきが変わる。そして、口々に推し姫の名前を呟き、その後に一人の男の名前を呪詛とともに漏らす。


「そうだ。姫を一個人が独占しようとしていることでさえ烏滸がましいと言うのに、アイツはそれを同時に五人に行おうとしている。これは最早討つべき巨悪と言えよう。反論のある者はいるかい?」


 テュールを巨悪と断言したクルード。しかし、当然男子生徒からは反論の声を上げる者など一人もおらず、むしろ皆が口々にそうだ、そうだ! ヤツを倒せ! と息巻いている。女子? 士気は下がり、先程まで見事な指揮を取るクルードを熱っぽい目で見ていたのが急速に温度を失っていくのが見てとれる。


「あはは、女子の皆さん。クルード君の話は極端だけど、これだけの数の生徒がいて、一部隊に出し抜かれるのは私も嫌です。ですので、私達で勝っちゃいましょう」


 そう言ってニコリと笑うアイリス。その言葉にハッと顔を上げた女子達は――。


「え、誰?」


「あんな可愛い子いたっけ?」


「けど、なんだかこう自然とついていきたくなるような……」


「でも、不思議と目を離すと……」


「「「「影が薄くなる」」」」


 女子生徒はアイリスにカリスマリーダーの気配を感じたが、やはり不思議とその影の薄さが気になってしまうのであった。


「そろそろか……」


 やや場の空気が弛緩しはじめた頃、腕の時計をチラリと見てクルードが呟く。そして前をキッと睨み――。


「作戦は先程言った通りだ。まずは斥候部隊は横陣である長蛇の陣で進む。常に状況を僕のトランシーバーに報告し、総大将ないし旗が見つかり次第、鋒矢の陣を組んだ本隊が突撃する。鋒矢の陣は前方には強いが側方、後方から囲まれれば致命的だ。本隊が見つかってしまった場合は、陣形を鶴翼に変え後退しながら応戦する。あとは適宜状況次第で連絡を入れる。連絡を受ける隊長格を守るように、我々が遊楽団に勝つには情報力こそが肝だ。では、皆健闘を祈る」


 パンッ。


 そして、その言葉が終わるのを待っていたと言わんばかりのタイミングで森の中央付近から魔力弾が打ち上がり、空中で破裂する。


 開戦の合図を見届けた各陣営は一気に動き始める。


「おぉー、始まったなー。つっても俺たちはこっから動けないからなー。暇だなー」


「テップ君? 油断しているとどこからかペイントボールが飛んできて負けちゃうよっ? そしたらきっとみんなから……」


 コクリ。カグヤの言葉に真剣な表情で頷く少女達。テップはその状況を想像したのか、汗を一筋流した後、旗にしがみつき魔力障壁の結界で旗ごと自分を包み込む。


「ん……。テップ安心する。あなたは死なない。私が守るもの」


「……さいですか、そりゃ安心です」


 そんなテップの前でウォームアップを終えた少女が呟く。戦いと名がつけば、ウズウズせずにはいられない獣はひとり目をギラつかせているのであった。


 そして、リエース校側はと言うと――。


「では、カレーナさん、私達も少数精鋭で遊撃いたしましょう。久しぶりにセシリアと遊べるといいのだけど」


「フフ、そうですね、シャルバラ様。是非セシリア様と一戦交えてみたいものです」


 シャルバラ達は笑ってそう言うと、一歩を踏み出す。そして、まるで森を慣れ親しんだ庭かのように凄まじい速度で、されど音はなく進みはじめた。


「いってらっしゃいませ。……さて、回り込んで攻めるシャルバラ様達に目がいかないよう我々は一直線に総大将を目指す。陽動を兼ね、遠慮なく派手にいこうではないか!」


 本隊を任されたユーステッドが鼓舞し、まるで逃げも隠れもしないぞと言わんばかりに荒々しく突き進む。


 そして、我らが主人公テュールはと言うと――。


「んー。あっちの本隊っぽいところはアンフィスが行ったし、こっちのシャルバラさんのとこにはヴァナルが行ったしなぁー。俺は拠点目指しちゃおっかなぁー。けど流石に開始数分で決着はなぁー。時間つぶしにベリトの方に行ってみるかー。どこ行くか教えてくれなかったから気になるし」


 教師から言われたのはペイントボール以外の攻撃魔法の禁止。テュールは禁止されていない認識阻害の魔法を使い、デミドラモードで上空から俯瞰する。そのドラゴンアイは森を動き回る全ての部隊の動向をキャッチでき、呆気なく拠点も発見できたわけだが、流石に空気を読み特攻を踏みとどまる。そして、暇つぶしにこっそりベリトの後をついていくと決めたようだ。


「ドラゴンアイサーーーチ!! さて、ベリトは……っと」


 ノリノリで両手をメガネに見立てたテュールは開戦の合図直後に消えたベリトを探す。


「あ、いた。遠っ――ってヒェッ!?」


 両陣営から遠く離れた森深くにベリトを見つける。当然テュールは認識阻害の魔法は掛けたままだが、ベリトは視線をこちらに向けると手を振ってくる。


「あいつは、本当にバケモノだな……」


 頭から角を生やし、翼をはためかせ、尻尾をぷらんぷらんさせている半龍半人のテュールはそう呟いたのであった。

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