とある英雄達の最終兵器

世界るい

第101話 おっきくて、つっよいやつ

「まぁ、テントで野営するとは言え、夜までに山は越えなきゃいけないだろ? そこまでは急ごうぜ?」


 テュールは今しがた他の生徒が走っていった方向の遙か先にそびえる山脈を指さし、第一団の面々にそう呼びかける。


「え? そっちには行かないぜ?」


 テップは、テュールの言葉にすぐに反応し、そう返す。


「は? 山を迂回してくのか? それこそ距離は3倍くらいになるぞ? だとしたら尚更いそ――」


「チッチッチ。分かってないなぁ。俺達が目指す方角はあっち」


 テップは人差し指を振り、テュールの発言をひどく的外れだと言わんばかりに遮る。そして指さした方角は、リエース共和国へ向かう道とは直角の方向。言うなれば明後日の方向を向いていた。


(どうでもいいが、こいついちいちイライラさせる天才だな……)


 そんなテップの態度に何も聞かされておらず真意が全く読めないテュールはイラついていた。


「はぁ。リリス副隊長、説明してやれぃ!」


「了解なのだー! リリスたちは今からベヒーモスを捕まえに行くのだーーー!!」


 ドンッ!!


「……はぁ? ベヒーモスぅ? 何言ってんだ? おいおいテップ、リリスお前ら正気かよ。他のれんちゅ――」


 テュールは他の団員に話しかけようと周りを見ると、そこには目を輝かす少年少女がいた。虫あみを持って素振りをするアンフィスとヴァナル。素手で触るのは怖いと言わんばかりに長手袋を装着してシャドーボクシングをしているレーベ。セシリアに至っては、鳥かごを大事そうに抱えている。


「…………」


 テュールは言葉を失うと、ふと隣から同じオーラを感じそちらを見る。そこには、流れにまったくついていけず突拍子もない意見に頭を悩ませているカグヤがいた。


「あの……みんな? ベヒーモスって何か知ってる?」


 カグヤがそれでも勘違いをしているなら引き返せると、一縷の望みをかけ皆に問う。その問いに目を輝かせていた少年少女はにたぁと笑い、早口で――。


「Sランク指定災害魔獣!!」


「過去最大個体体長80m!!」


「その凶悪なまでの戦闘力は純龍をも時に喰らい――」


「一夜で国を崩壊させた~」


「させた」


「えぇ、させました」


 ――伝説の魔獣!!――


「知ってんじゃねぇかよ!! てめぇらなんで虫あみでそんなバケモノ捕まえようとしてんだよ!! おいセシリア鳥かごにそんなんが入ると思ったんか!? お!? つーか、そんなバケモン捕まえて何する気だよ!? リエース共和国滅ぼす気なんか!? あん!? ハァハァ……!!」


 正しく伝説の魔獣だと分かって捕まえに行く気だった面々に対し、あらん限りのテンションでツッコミをいれるテュール。


「フ。テュールお前もまだまだ子供だな。そんなに魔獣にはしゃぐとはな。なーに、ここからベヒーモスの巣までは近いからな。ちょっと捕まえて調教して、車を引かせてリエースまでの道のりを楽しようってだけじゃないか。分かるだろ?」


 レフィーがさも昼下がりの牛車よろしく朴訥とした雰囲気でそんなことを言う。


「ししょー。私ベヒーモス倒したい」


 そしてレーベの目の輝きは全く色褪せることはなかった。


「はぁ……。お前ら……もう一度聞くけど正気か……? 昔国を滅ぼした80mのベヒーモス、通称国喰いはSSSランク5人、つまり世界最強の5人が集まってようやく討伐できたレベルだぞ? もし、そんな個体がいたら俺達は全滅だ。それでも、ただリエース共和国までの道のりを歩きたくないって理由だけで捕まえに行くのか?」


 テュールは自分が冷静になるためにも深くため息をつき、目頭を押さえ、いかにそれがアホな提案かを悟らせるよう真剣な表情で問う。


「「「おう!」」」


 テップ、アンフィス、ヴァナルの3人は超巨大生物に会いたくてウズウズしていた。80mよりでっけぇのいねぇかな、と言う始末である。


「カグヤ……諦めよう。もし、なんかあった時はこいつら全員気絶させて俺が運ぶわ」


「……うん。私も、その、手伝うから」


 何を、とは言わないが、カグヤはそっと両手の拳に力を入れていた。


 そして一行は、ベヒーモスの住む巨大な渓谷、通称災厄の谷へと歩みを進めた。


「ベヒモスッ♪ ベヒモスッ♪ おっきくて~。つっよいぞー!」


「おい、リリス。その伝説の魔獣を完全にバカにしている歌はどうにかならないのか?」


 上機嫌に歌いながらスキップしているリリス。リュックについているコウモリの羽もぴょこぴょこ動き、実に楽しげであるが、向かう場所が向かう場所だけにどうしても陽気な気分になれないテュールが声をかける。


「なんだよーノリ悪いなー! ベヒーモスだぜ? 伝説の魔獣だぜ? ワクワクするだろ!?」


 なー。ねー。と先頭を歩くテップとリリスは浮かれっぱなしだ。普段は走るのを嫌がる二人なのに今回はモチベーションが全然違い、文句一つ言わず災厄の谷への道のりを駆けていく。そんなこんなで2時間程走ると――。


「どうやら着いたみたいだな」


 レフィーがそう言う。皆の前方は切り取られた崖のようになっており、この底が災厄の谷と呼ばれる場所なのだろう。テュールがその端に立ち、下を覗くもどこまでも暗く深い谷はまったく底が見えず、まるで全てを呑み込み二度と帰ってくることのできないブラックホールのようであった。


 ゴクリ。先程まで上機嫌だったテップとリリスもそんな谷を覗き込み、喉を鳴らす。そのこめかみには汗が流れ落ちており、言葉はなくともお互いを見つめる表情は、どうする? やめておく? と今にも聞こえてきそうな表情であった。


「な? やめとこうぜ? 今なら戻れるぞ。2時間くらい大したロスじゃない。さ、ここを見に来れただけでいいじゃないか。諦めてリエース共和国まで走ろうぜ?」


 そんな二人を見兼ねたテュールがそう提案をする。流石にこの谷の異様な雰囲気に飲まれたようでほぼ全員が、その意見に賛同してもいいかな、という素振りを見せる。そんな時――。


 ――――グァァッッアア!!


 ――!?


 突如底知れぬ谷から咆哮が聞こえる。その声は魂まで震え上がらせる本物の咆哮。存在の格の違いを誇示するかのような威圧感を纏った咆哮であった。そして――。


「強い……強い!」


「おい、バカ!! やめっ!! ッチ!!」


 その咆哮に魅入られた者が一人。先程のテュールの言葉に唯一賛同しなかった戦闘狂――その獣性がそうさせるのか瞳を赤く染め、口角を上げる少女――。レーベは、その身を臆すことなく谷底へと躍らせる。


 咄嗟にテュールは、掴もうとするがベヒーモスであろう咆哮に気を割かされたことが命取りとなり、レーベを掴むことができなかった。既にレーベの身体は深い谷底へと急降下している。


「ここからは冗談は一切なしだ。レーベを捕獲して、脱出する! 行くぞ!!」


 テュールはその声に怒気とも取れる重さを乗せ、第一団の面々にそう命令する。そして、返事を待たずして自らも谷底へ飛び降り、他の面々も躊躇なくテュールに従う。


 その谷底の奥深く、久しぶりの来訪者に一匹の獣が愉悦に顔を歪ませていることなど知る由もなく――。

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