とある英雄達の最終兵器

世界るい

第39話 テンプレ貴族様のご登場だ!ひれ伏せ平民ども!

 カグヤに事情を聞く、それだけが頭の中を占めているテュールは少しばかり足早に教室へと向かう。


 講堂を順に退席させられた時にテュール達はかなり後ろの方だったため、テュールが教室に到着する頃には教室内には人の気配が感じられた。


(カグヤは着いているか? カグヤは──カグヤは──!)


 そんなテュールの耳に扉越しにカグヤが誰かと話している声が聞こえる。まさにカグヤのことを夢中で考えているからこそのピックアップイヤーである。


 そして、テュールは逸る気持ちを抑えながら扉を横へとスライドする。


 ガラララ。


「カグヤっ!! ──どうい……う、こ、と……か」


「ん? テュール君なにかな?」


 カグヤの声は聞き間違いではなかったようで、確かにそこにカグヤはいた。だが、カグヤが話していた相手のことまで考えが及ばなかったテュールはフリーズする。


「おぉー! テューくんなのだ! ん? 固まってるけど、どうしたのだ? おーい?」


「フフ、テュールさん新しいお遊びですか?」


「……ししょー? その遊びどうやるの?」


「ふぅ、テュールなんだ? 騒々しいぞ」 


 ガラララ、扉を一旦閉める。


(おかしいぞ、見慣れた連中がいた。具体的に言えばつい一昨日あたり一緒に飲んだ連中だぞ? 俺はまだ酒が抜けていないのか?)


 深く息を吸って~、深く息を吐く~、ガラララ、再度扉を開ける。


「とうっ! なのだー!」


 既に扉の前までダッシュしてきていたリリスが開けた瞬間に抱きついてくる。いや語弊がある。そんな甘い雰囲気ではない。飛びついてくる。うん、こちらのほうがより正確な表現だろう。そしてこんな衆目のある中幼女とイチャイチャなどできるはずもない。ましてや入学初日だ。これをヒラリと避けるテュール。


「のわーっ!!」


 廊下へと水平に飛んでいくリリス。


「ししょー、隙あり」


 ハルモニア校は日本の学校と同じように廊下に面して扉が二つある。恐らく反対の扉からわざわざ回り込んできたのだろう。ただそれもレーベが律儀に声を掛けてきたことで奇襲になりきれてないのだが。ともかくレーベはテュールの背後から何故かライ○ーキックをかましてきた。


「ぐえぇっ」「ふん、甘いわ。忍法、身代わりの術! どろん」


 テュールは隣にいたテップを掴んで引き寄せ、盾にする。だが、ノリで盾にしてしまったものの、流石にこれは申し訳ないなと思い、テュールは謝罪すべく蹴られたテップの顔を覗く──。


「えへへ、幼女に蹴られちゃった……。ふひひ、ふひひひ、ご褒美ご褒美」


 だがテップは、靴の跡がついた頬をさすりながらニヤニヤと笑っていた。これには流石にテュールも苦笑いし、真の漢ヘンタイの称号を心の中で送るのであった。当然謝罪は取りやめることとする。


 そして、テュールは倒れたままフヘヘと笑うテップをまたいで教室に入る。レーベもテップに引いてしまい、興が削がれたのか、おとなしくテュールと並んで教室へ入る。アンフィス達もテップをまたいで入る。起き上がったリリスもテップをまたいで──むぎゅ。


「にょわーー!! うぇーーん、踏んじゃったのだぁ」


 テップが急に動きだし、リリスのまたごうとした足の落下地点に身体を移動し踏まれている。リリスはパニック状態で泣き叫ぶ。


「ふへへ~、ドロワーズぅ、イズ、えくせれんっ!!」


(ダ、ダメだ、こいつ早くなんとかしないとっ──!)


 素晴らしい笑顔で親指を立てているテップに、危機感を持ってしまうテュールであった。


「って、そうじゃない! カグヤ! どういうことだ! って言いたかったけど、みんないるし、えぇ……。もうわけがわからないんだが……、いつも俺だけ置いてけぼりなんだが……」


 ナチュラルに普段の感じで遊んでいたテュールだが、ここがハルモニア校でこのクラスにカグヤ達五人がいることの違和感を思い出す。そして、カグヤに事情を聞こうと勢いよく詰め寄る。だがカグヤからは──。


「え? わけがわからないってテュール君知ってたんじゃないの? ベリト君から合格祝いをみんなのも兼ねてしましょうって、この間誘ってくれたよね?」


 うんうんと頷くセシリア、リリス、レーベの三人。レフィーは大体察していたのだろう。壁によりかかり、腕を組みながら不敵に笑って、こちらを眺めている。そしてテュールは、そんなレフィーが腕を組むことによって強調される胸をつい見てしまう。隣を見ると復活したテップも同じところを見ていた。テュールは死にたくなった。


 テュールはそうじゃない、と煩悩を振り払い、今回の悪だくみをグルになって仕掛けたアンフィス、ヴァナル、ベリトの三人を睨む。音がスカスカの下手くそな口笛を吹くアンフィス、ヴァナル。しかし途中から慣れてきて楽しくなってきたのか綺麗なハーモニーで曲を奏ではじめる。ベリト? 彼は最初から完璧な口笛を吹き、三度上を綺麗にハーモナイズしている。


 ──え、この曲良くない?


 ──すごい、カッコいい……。


 ──あれ、なんか涙が、自然と。



 教室にいる初めましての皆様が、いつの間にか聞き入って感動していた。


 そんな中、一人の男子学生が椅子から立ち上がり、綺麗な姿勢で歩いて近付いてくる。


「話の腰を折ってすまないが、少し時間を頂けるだろうか?」


 中性的な顔立ちでキレ長の目のクラスメイトから声を掛けられるテュール。芝居がかった動きと上質で凝った意匠の衣服、まさに教科書に載っている貴族そのものだ。


 彼はテュールに対し、丁寧に接しているようだが、目には侮蔑の色を潜ませていた。そんなクラスメイトの潜ませた感情にテュールは気付いており、良い印象は受けなかったが、同じクラスでこれから生活する仲間だからと、丁寧に応対をする。


「えぇ、大丈夫ですよ。何か用ですか? その、うるさかったなら申し訳ない」


 テュールが先手を打って謝っておく。謝れと言われてから謝るより先に謝った方がお互い嫌な気持ちをしないで済む、そう思ってのことだった。


「いや、いいんだ。そのもし良ければ君の名前を教えてもらえないだろうか? 僕の名前はクルード。クルード・フォン・シュナイツ。エスペラント王国の公爵家であるシュナイツ家の次男だ」


 そう自己紹介してくるクルード。


(ふむ、やはり貴族か。俺が主人公属性マックスだったら今すぐ殴って喧嘩だが、残念ながら俺は小市民なのだよ)


 と、言うわけで、鼻持ちならない貴族の登場だが、テュールはいきなり喧嘩を売るわけもなく、自分の名を名乗る。


「あぁ、俺はテュールって言います。よろしく、クルード」


 ピクッ。テュールが差し出した手を見ながら、クルードの顔が強張る。


「すまない、無知な僕は君の名前に心当たりがないんだ。家名を教えてもらえないだろうか?」


 いつの間にかアンフィス達も口笛を吹くのを止め、こちらを注視している。周りの生徒もザワザワし始め、クラスに緊張感が漂いはじめる。だが、テュールはクルードに対し、何をしたわけでもないし、家名がなくとも実力で入学したんだ。恥じることはない、そう思い正直に答える。


「あぁ、家名はないんだ」


「家名がない? 称号も?」


「称号? あぁ、国から貰うやつね。持ってないけど?」


「つまり……平民だと?」


「あぁ、うん」


 プチンっ。問答はそこまでだった。わなわなと震えたクルードは、今まで我慢していたものを全て吐き出す。


「貴様ッッ!! ただの平民の分際で我がエスペラント王国皇女であらされるカグヤ様を呼び捨てにし、あの態度ッッ!! 一体どういうつもりだ!! 礼を失するにも程がある!! 釈明があるなら聞いてやる言え!!」


 テュールの胸ぐらを片手で掴み、クルードは激昂する。それを見てカグヤ達を含めたクラスメイト達はオロオロとし始める。通常運転なのは、アンフィス、ヴァナル、ベリト、テップ、レフィー、レーベ、そして──。


「え、いや、釈明って……。友達だし? あと呼び捨てなのは、カグヤからそう呼べって言われたことだしなぁ……」


 テュール本人だろう。


「友……達……だと? ただの平民が第一皇女であらされるカグヤ様と友達……だと? これは傑作だ、フフ、フハハハ!!」


「あ、あのー、クルード君? その、テュール君とは、ね、あの本当に……」


 行く末を見てオロオロしていたカグヤがテュールのフォローをしようと口を開くが──。


「分かっています」


 クルードに食い気味なインターセプトで無理やり黙らされる。


「分かっていますよ。カグヤ様は平民にも優しさを向けられる尊いお方です。私はそんなカグヤ様を幼少の頃より深く慕っております。そしてカグヤ様と釣り合うのはそれこそ──そちらにいらっしゃる王族の方々や最低でも私のような公爵家に名を連ねる者でしょう」


 そうカグヤに言った後、目線を横にスライドさせテュールへと言葉を続ける。
 

「テュールとやら分かるか? 平民である貴様には分不相応だとそう言っているんだ。カグヤ様の平民に向ける優しさを友達と勘違いするなど烏滸おこがましいにも程がある。幸いこのクラスに入れるだけの最低限の能力はあるんだ、言葉くらいは理解できるだろう? 理解できたなら今すぐ友達などという発言を取り消け。そしてカグヤ様から言われたことに対して最低限の返事と挨拶だけを返し、決して自分から話しかけるなど大それたことはするな」


 声のトーンは一段階下がったが、尚も怒り心頭の様子でクルードはテュールに忠告をする。この一方的な言い分にはテュールも少しムッとし、言い返そうとする。


「いや、リバティでは別に貴族とか関係ないし、ましてやクラスメイトだ──」


「黙れ、僕が聞きたいのは言い訳や屁理屈ではない。そんな言葉だけの建前で王族と平民が肩を並べられるなど有り得るわけがない。いいか? この世界は権力と富を持つものが平民である貴様らを囲い、守り、生きていけるよう苦慮しているんだ。ましてやカグヤ様は王族、そして僕は公爵家の人間だ。貴様からはまったく感じられないよ。あぁ教えてやる、貴様に決定的に足りないのは敬意だ。貴様、もしやまだ自分が己の力のみで生きてこれたとでも思っているんじゃないだろうな?」


 が、とても口が達者なクルードに反論をする暇を与えられずに捲し立てられる。


(う~ん、どうしよう。めんどくさいのに絡まれちゃったなぁ……)


 話しが通じないタイプと言うより、自分が絶対に正しいと思っているタイプであるクルードには何を言っても無駄だと悟ったテュールは、げんなりしながらどうしようか思案していた。


 だが、クルードはそんなテュールの態度が気に入らなかったんだろう。


「もういい、貴様には何を言っても無駄なようだ。どうやら貴様はまともな教育を受けていないようだ。仕方あるまい、下民の家族は所詮下民か。時間の無駄だったな。今後カグヤ様に近付くようなら僕が物理的に排除する。分かったなら消えろゴミ」


 クルードは、テュールの胸ぐらを掴んでいた手を突き放しながら、侮蔑の言葉を吐き捨てる。


「ちょ、テュール君のこと、そんな──」


 あまりにひど過ぎる言葉にカグヤが怒り、クルードを諌めようとする。だが──。


 カツン。


 カグヤが言葉を発しようとした時に、一つの靴音が教室に響く。教室が静かだったわけでもない、靴音が大きかったわけでもない。だが、不思議とその靴音は皆の耳によく通った。


 あまりにも静かに、あまりにも自然に、ただ歩く──それだけで人を魅了する執事が──いつもの笑顔でそこに立っていた。

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