とある英雄達の最終兵器
第07話 目は口ほどに物を言う
「ホホ、帰ったぞい」
「たでぇま!」
「ただいまー」
アンフィスとの邂逅を終えた三人は自宅へと戻る。出迎えるのはルチアとツェペシュ。二人はテュールを見るなり──。
「おかえり。……おや、楽しい出会いがあったようさね」
「おかえりー、フフ、本当だ。テュール随分男前が上がったねー。そして、久しぶりファフニール。後ろの子はファフの子だねー。ボクのこと覚えているかな?」
楽しそうに笑い、そして後ろから付いてきたファフィニール達に挨拶をする。
「あぁ、久しいな、ルチアにツェペシュ。アンフィスとはあまり会わせていなかったな。良き友人ができたので挨拶をな、ほら、アンフィス」
「こんちは! 俺アンフィス! テュールみたいに強いヤツは好きだ! よろしくお願いしますっ!」
ファフニールの影から飛び出したアンフィスは、尻尾があればブンブン振る勢いで挨拶をする。
「ハハ、元気そうでいい子じゃないか、あぁ、うちのテュールにもお前さんみたいな強くて元気な子が友達になってくれてありがたいよ。これからもよろしく頼むよ」
そう言って、ルチアは優しい笑みを浮かべ、アンフィスの頭を撫でる。
「フフ、いい友達ができたね、テュール。ボクはツェペシュって言うんだ。アンフィス、改めてよろしくねー」
「ホホ、挨拶も済んだようだし、本題になるかのー。ファフニールや、おまいさんとアンフィスさえ良ければまた、こっちに一緒に住まんかね? アンフィスも大きくなって力も制御できるようになってきただろう?」
「む? ……そうだな。もうこの歳になれば力が暴走して屋敷を壊すこともあるまい。……それに折角できた友人だ。アンフィスにとっても刺激のある生活になるだろう。十年前こちらから出ていったのにムシが良いとは思うが……アンフィスはどうだ?」
「父さん、俺もこっちがいい! テュールと一緒に遊べるし!」
「ハハ、そうか……。ではモヨモト、リオン、ルチア、ツェペシュ、そしてテュール。誠に勝手ながらこちらに住まわせてもらってもよいだろうか……?」
ファフニールがやや照れくさそうに五人に尋ねる。尋ねられた師匠たちはと言うと──。
「もちろんじゃ」
「当たり前だ」
「ったく、男ってのはめんどくさいさね。この家は元からあんたんちでもあるんだよ」
「フフ、おかえりなさい、ファフ、アンフィス」
そんなことは聞くまでもないと言った風に答える。
「俺も、その嬉しいです。これからよろしくお願いします」
「ハハ、みんな……ありがとう。そして、テュール……。ここに戻ってくるからには家族として接してくれ。もちろんアンフィスも君の兄弟であり友人だ。いいだろうか?」
「は──」
咄嗟にハイと答えようとし、テュールは一瞬止まる。
(家族か……。なら遠慮するのは無粋だな)
「あぁ! アンフィスもよろしく!」
「おう! みんなよろしくお願いしますっ!」
こうして、新たな家族がニ人増え、いつもより少し豪勢な夕食を作り、イルデパン島の夜は賑やかに過ぎていく。
──モヨモトおかわりっ!!──
そして、みんなのオカン役のモヨモトは家族が増えてもモヨモトであったとさ。
「おんしら……」
そして、翌日──。
早速テュールは、新しくできた兄弟であり友人である黒龍アンフィスと一緒に修行をしようと思い外へと出た。だが、そこに待っていたのはリオン──。
「おい、テュール? おめぇ友達は一人より二人、二人より三人の方がいいよな?」
そして、唐突にそんなことを言ってくる。いや、師匠陣が唐突なのは今に始まったことではないのだが。
「え? ま、まぁ、一人だけって言うよりはもうちょっといた方がいいとは思うけど……」
「あん? おめぇは相変わらずこまっしゃくれた言い方しやがんなぁ、欲しいのか!? 欲しくないのか!? 欲しいな!! そうだな!? そうなはずだ!!」
「う……うん」
これ以外の返事をする勇気が出ないテュール。その返事に、よーし、よし、そうだよな、そうだよな。と腕を組みながら頷き満足げなリオン。
「そこで、だ。テュールおめぇに紹介してぇヤツがいる。今から呼び出すからちぃと待ってろ。アンフィスはわりぃな。今日はモヨモトのジジィと遊んでてくれるか?」
「わかったー! モヨモトよろしく!」
「ホホ、どれちぃと遊んでやろうかの、ホホホ」
アンフィスとモヨモトは既に打ち解けており、本当の祖父と孫のように仲睦まじく修行へと赴く。修行の内容は常軌を逸したレベルなのだが、それすらお互い笑顔でやってしまうのが、イルデパン島クオリティだろう。
「さて、テュール。こっちもおもしれぇもん見せてやるよ」
そう言うとリオンは、左手を空へと伸ばす。そしてその左手の甲に魔法陣が浮かび上がり、輝きながら空へと投射される。
そして空へと投射された魔法陣が十m程の大きさに拡大されようやく紋様が分かってきた。だが、魔法陣に書かれてる紋様を読み解く勉強をしているテュールにも全く理解できない──というよりまるっきり未知の魔法陣に驚きが生まれる。
「ガハハハ、無理もねぇ。これはこっちの世界の住人には分からねぇよ。今から呼び出すのは俺が契約している。神獣様だ。契約しているとは言え、格は向こうの方が遥か上、失礼な態度とんじゃねぇぞ? ──サモン、フェンリル!!」
空に浮かんだ魔法陣がひときわ強く光を放つ。目を開けていられない程の光が収まった後、そこにいたのは体長十m程の銀色の毛並みをした狼であった。
「キレイ、だ――」
テュールはその神獣に目を、心を奪われた。恐ろしく澄んだ目、シルクのような毛並み、しなやかで強靭な四肢、神を冠する獣はただひたすらに美しかった。
「フェンリル、久しいな。呼び出しに応えてくれて感謝する」
そう言って、リオンは銀色の狼に頭を下げる。
「久しいな、リオン。そなたも壮健そうでなによりだ。して、我を呼び出したのは挨拶が目的ではあるまい? どのような用向きだ?」
「あぁ、そうだな。その前にまずはフェンリル。おめぇさんに紹介したいやつがいる。血は繋がっちゃいねぇが俺の息子であるテュールだ。ほれテュール」
バシンッ!! 背中を平手ではたかれる。リオンなりに軽いつもりだろうが、常人なら死んでいる威力だ。
「あ、えぇと、紹介に預かりましたテュールです。ち、父がいつもお世話になっておりますっ!」
「……ック、ハハハハ!! 面白い坊主だな。ッフ、我はフェンリル。幻獣界というこことは違う世界に住む者だ。そうだな、リオンの世話はよくしてやったものだ、クク」
で? という目でフェンリルがリオンに視線を向ける。
「あぁ、まぁおめぇさんのことだ。薄々察していると思うが、おめぇさんの息子のヴァナルとこいつを契約させて欲しい」
「……ほぅ」
フェンリルの目つきがやや鋭さを帯び、途端に空気が粘りつき重さを持ったようだ。
「まぁ、リオン、お前のことだ。伊達や酔狂でそのようなことは言うまい。いいだろう。そこの坊主が契約者の器たるか試すくらいはよかろう。しかし、その前に聞かせてもらおう。我が子を契約して何とする?」
「無茶なことを言ってすまない。寛大な心に感謝する。理由……そいつぁテュール。こいつだが、こいつはいつか何かデカいことをする。親バカですまねぇがそれは世界すら巻き込むようなとてつもないデカい何かだ。俺の勘がずっとそう言っている、そんな時に信頼できる力、いや、信頼できる友人としてこいつを支えてやって欲しい」
「ック、世迷い言を……と言い捨てるのは簡単だが、お前のその目。我はいつもその曇り一つ無いその目とお前の勘とやらに振り回されてきたな。だが、存外その目をしているお前の隣は居心地が良い。その目が曇らない内は我もお前とともにあろう」
そう言うと、銀色の狼は人の形をとる。銀髪の偉丈夫。切れ長の目で線の細いその男は中性的であるが、鋭さがあり、名刀の如く美しさと危うさを兼ね備えていた。そしてその銀髪の男、フェンリルが指を鳴らし、魔法陣を描くと──。
「ヴァナル来なさい」
そこに中性的な顔立ちの銀髪の少年が現れた。フェンリルと比べると少し目尻が下がっており優しそうな顔をした少年は口を開く。
「父さんが珍しく喚ばれたから何事かと思ったけど、ボクも喚ばれるとは思ってもみなかったなー」
「あぁ、ヴァナル。こちらの獅子の獣人が我の契約者のリオン。そして、こっちの坊主がお前と契約をしたいと言っているテュールだ」
「契約? ボクも契約していいのー? 嬉しいなぁ。こっちの世界には何があるのかずっと楽しみだったんだよね~。よろしくね、テュール。ボクはヴァナル、じゃ早速左手を──」
「待て待て、ヴァナル。そうホイホイと契約を決めるでない。契約とは魂と魂に繋がりを持つものだ。誰でも良いというわけではない。ヴァナルお前の魂に耐えうるだけの器を持っているか、そしてヴァナルお前の魂がこいつを気に入るかが必要になってくるのだ」
「う~ん、父さん、気に入るかどうかは大丈夫そうだよー? テュールを見た瞬間に友達になりたいって思ったからね。器、器かぁ、じゃあボクの全力の攻撃を受け止めれたら──でいい?」
「そ、そうか。コホンッ、まぁそうだな。リオン、そういうことでいいか……? ただし子供とは言え、幻獣界でも最高位の神獣だ。下手したら塵一つ残らず消え去る可能性だってある。どうする?」
「って言ってるが、ど──」
「……やる。やらせて下さい」
リオンの言葉を遮り、静かな、けれども断固たる決意を持ってテュールが応える。
(リオンが無茶を言って、俺のためにここまでお膳立てしてくれた。これで引き下がったら俺はこの先、リオンの息子を名乗る資格はないな。俺はここの家族が何より大切だ。それに神獣に殺されるくらいでビビるような生活は送ってない!!)
何度も生死の境を行き来しながら修行していたテュールにとって今更死ぬ可能性と言われても、ピンとこない。彼の死生観は麻痺していた。
「ほぅ、いい目だ。どこぞのバカな獅子とそっくりな目をしている……」
「ッヘ、テュール最高の褒め言葉だぞ、喜べ! ガハハハ!!」
「うんうんー。やっぱり面白そうだ! てことで死なないでねー?」
ヴァナルはそう言って、三m程の銀狼へと姿を変える。
「幻獣界最強の神獣フェンリルの息子ヴァナル。神獣の名に恥じない一撃を……」
ヴァナルの口の先には見たことのない四m級の魔法陣が──。
「イルデパン島最強の獣人リオンの息子テュール。ここで死ぬとうちの家族が悲しむんでな、きっちり受け止めて、友達になったらぁ!! ……右手に火の壁、水の壁、左手に地の壁、風の壁──!!」
テュールの両手には合計四枚の魔法陣が……。
「終焉凍土の咆哮」
「四象聖獣の咆哮!!」
ヴァナルの口からは全てを凍らせる白く輝くダイアモンドダストが、テュールの両手の先からは四種の属性からなる厚い障壁が、そして発動して瞬き一つする間もなく衝突──。
その衝突音は凄まじく、それぞれの魔法があたかも意志を持って咆哮を上げているかのようにせめぎ合う。
意志をもった獣達はお互いの身を削りあい、そして、お互いの存在を示さんとばかりに一際大きな咆哮を上げ、そして──。
「……人の子よ、見事だ。確かに貴様の器見せてもらった」
「ガハハハ!! テュールよくやったな。いい根性だったぜ」
相討つ。
「耐えきってくれてありがとね、テュール。これからよろしくねー」
「あぁ、耐えきれてよかったよ。ヴァナル、これからよろしく」
こうして、二人は手を取り合い契約を結ぶ。テュールの左手には契約の証である魔法陣が刻まれ、魂に回廊ができ、ヴァナルの存在を感じる。
「ヴァナル、契約者を見つけたからにはお前も一人前だ。しばらくはこっちの世界のことを学んできなさい」
「いいのー? うわー、ありがとう! テュールこれから一緒だねー」
「そうだな! リオン、ヴァナルはウチに住んでもらっていいでしょ?」
「ん? ガハハハ!! もちろんだ。なんならフェンリルも──」
「……いや、我は遠慮しておこう。幻獣界も見ていなければならないからな。息子を頼んだぞ。レオン、テュール」
「おう」
「はい!」
「うむ、では達者でな」
そう言うとフェンリルは姿を消す。
そして三人は家へと戻り、神獣であるヴァナルを紹介する。当然温かく迎え入れられ、昨日に続いて今夜も宴会となるのであった。そして当然──。
──モヨモト、おかわりっ!!──
「もぅ、好きにせぃ、ホホホ……」
オカン役は揺るぎないのであった。
「たでぇま!」
「ただいまー」
アンフィスとの邂逅を終えた三人は自宅へと戻る。出迎えるのはルチアとツェペシュ。二人はテュールを見るなり──。
「おかえり。……おや、楽しい出会いがあったようさね」
「おかえりー、フフ、本当だ。テュール随分男前が上がったねー。そして、久しぶりファフニール。後ろの子はファフの子だねー。ボクのこと覚えているかな?」
楽しそうに笑い、そして後ろから付いてきたファフィニール達に挨拶をする。
「あぁ、久しいな、ルチアにツェペシュ。アンフィスとはあまり会わせていなかったな。良き友人ができたので挨拶をな、ほら、アンフィス」
「こんちは! 俺アンフィス! テュールみたいに強いヤツは好きだ! よろしくお願いしますっ!」
ファフニールの影から飛び出したアンフィスは、尻尾があればブンブン振る勢いで挨拶をする。
「ハハ、元気そうでいい子じゃないか、あぁ、うちのテュールにもお前さんみたいな強くて元気な子が友達になってくれてありがたいよ。これからもよろしく頼むよ」
そう言って、ルチアは優しい笑みを浮かべ、アンフィスの頭を撫でる。
「フフ、いい友達ができたね、テュール。ボクはツェペシュって言うんだ。アンフィス、改めてよろしくねー」
「ホホ、挨拶も済んだようだし、本題になるかのー。ファフニールや、おまいさんとアンフィスさえ良ければまた、こっちに一緒に住まんかね? アンフィスも大きくなって力も制御できるようになってきただろう?」
「む? ……そうだな。もうこの歳になれば力が暴走して屋敷を壊すこともあるまい。……それに折角できた友人だ。アンフィスにとっても刺激のある生活になるだろう。十年前こちらから出ていったのにムシが良いとは思うが……アンフィスはどうだ?」
「父さん、俺もこっちがいい! テュールと一緒に遊べるし!」
「ハハ、そうか……。ではモヨモト、リオン、ルチア、ツェペシュ、そしてテュール。誠に勝手ながらこちらに住まわせてもらってもよいだろうか……?」
ファフニールがやや照れくさそうに五人に尋ねる。尋ねられた師匠たちはと言うと──。
「もちろんじゃ」
「当たり前だ」
「ったく、男ってのはめんどくさいさね。この家は元からあんたんちでもあるんだよ」
「フフ、おかえりなさい、ファフ、アンフィス」
そんなことは聞くまでもないと言った風に答える。
「俺も、その嬉しいです。これからよろしくお願いします」
「ハハ、みんな……ありがとう。そして、テュール……。ここに戻ってくるからには家族として接してくれ。もちろんアンフィスも君の兄弟であり友人だ。いいだろうか?」
「は──」
咄嗟にハイと答えようとし、テュールは一瞬止まる。
(家族か……。なら遠慮するのは無粋だな)
「あぁ! アンフィスもよろしく!」
「おう! みんなよろしくお願いしますっ!」
こうして、新たな家族がニ人増え、いつもより少し豪勢な夕食を作り、イルデパン島の夜は賑やかに過ぎていく。
──モヨモトおかわりっ!!──
そして、みんなのオカン役のモヨモトは家族が増えてもモヨモトであったとさ。
「おんしら……」
そして、翌日──。
早速テュールは、新しくできた兄弟であり友人である黒龍アンフィスと一緒に修行をしようと思い外へと出た。だが、そこに待っていたのはリオン──。
「おい、テュール? おめぇ友達は一人より二人、二人より三人の方がいいよな?」
そして、唐突にそんなことを言ってくる。いや、師匠陣が唐突なのは今に始まったことではないのだが。
「え? ま、まぁ、一人だけって言うよりはもうちょっといた方がいいとは思うけど……」
「あん? おめぇは相変わらずこまっしゃくれた言い方しやがんなぁ、欲しいのか!? 欲しくないのか!? 欲しいな!! そうだな!? そうなはずだ!!」
「う……うん」
これ以外の返事をする勇気が出ないテュール。その返事に、よーし、よし、そうだよな、そうだよな。と腕を組みながら頷き満足げなリオン。
「そこで、だ。テュールおめぇに紹介してぇヤツがいる。今から呼び出すからちぃと待ってろ。アンフィスはわりぃな。今日はモヨモトのジジィと遊んでてくれるか?」
「わかったー! モヨモトよろしく!」
「ホホ、どれちぃと遊んでやろうかの、ホホホ」
アンフィスとモヨモトは既に打ち解けており、本当の祖父と孫のように仲睦まじく修行へと赴く。修行の内容は常軌を逸したレベルなのだが、それすらお互い笑顔でやってしまうのが、イルデパン島クオリティだろう。
「さて、テュール。こっちもおもしれぇもん見せてやるよ」
そう言うとリオンは、左手を空へと伸ばす。そしてその左手の甲に魔法陣が浮かび上がり、輝きながら空へと投射される。
そして空へと投射された魔法陣が十m程の大きさに拡大されようやく紋様が分かってきた。だが、魔法陣に書かれてる紋様を読み解く勉強をしているテュールにも全く理解できない──というよりまるっきり未知の魔法陣に驚きが生まれる。
「ガハハハ、無理もねぇ。これはこっちの世界の住人には分からねぇよ。今から呼び出すのは俺が契約している。神獣様だ。契約しているとは言え、格は向こうの方が遥か上、失礼な態度とんじゃねぇぞ? ──サモン、フェンリル!!」
空に浮かんだ魔法陣がひときわ強く光を放つ。目を開けていられない程の光が収まった後、そこにいたのは体長十m程の銀色の毛並みをした狼であった。
「キレイ、だ――」
テュールはその神獣に目を、心を奪われた。恐ろしく澄んだ目、シルクのような毛並み、しなやかで強靭な四肢、神を冠する獣はただひたすらに美しかった。
「フェンリル、久しいな。呼び出しに応えてくれて感謝する」
そう言って、リオンは銀色の狼に頭を下げる。
「久しいな、リオン。そなたも壮健そうでなによりだ。して、我を呼び出したのは挨拶が目的ではあるまい? どのような用向きだ?」
「あぁ、そうだな。その前にまずはフェンリル。おめぇさんに紹介したいやつがいる。血は繋がっちゃいねぇが俺の息子であるテュールだ。ほれテュール」
バシンッ!! 背中を平手ではたかれる。リオンなりに軽いつもりだろうが、常人なら死んでいる威力だ。
「あ、えぇと、紹介に預かりましたテュールです。ち、父がいつもお世話になっておりますっ!」
「……ック、ハハハハ!! 面白い坊主だな。ッフ、我はフェンリル。幻獣界というこことは違う世界に住む者だ。そうだな、リオンの世話はよくしてやったものだ、クク」
で? という目でフェンリルがリオンに視線を向ける。
「あぁ、まぁおめぇさんのことだ。薄々察していると思うが、おめぇさんの息子のヴァナルとこいつを契約させて欲しい」
「……ほぅ」
フェンリルの目つきがやや鋭さを帯び、途端に空気が粘りつき重さを持ったようだ。
「まぁ、リオン、お前のことだ。伊達や酔狂でそのようなことは言うまい。いいだろう。そこの坊主が契約者の器たるか試すくらいはよかろう。しかし、その前に聞かせてもらおう。我が子を契約して何とする?」
「無茶なことを言ってすまない。寛大な心に感謝する。理由……そいつぁテュール。こいつだが、こいつはいつか何かデカいことをする。親バカですまねぇがそれは世界すら巻き込むようなとてつもないデカい何かだ。俺の勘がずっとそう言っている、そんな時に信頼できる力、いや、信頼できる友人としてこいつを支えてやって欲しい」
「ック、世迷い言を……と言い捨てるのは簡単だが、お前のその目。我はいつもその曇り一つ無いその目とお前の勘とやらに振り回されてきたな。だが、存外その目をしているお前の隣は居心地が良い。その目が曇らない内は我もお前とともにあろう」
そう言うと、銀色の狼は人の形をとる。銀髪の偉丈夫。切れ長の目で線の細いその男は中性的であるが、鋭さがあり、名刀の如く美しさと危うさを兼ね備えていた。そしてその銀髪の男、フェンリルが指を鳴らし、魔法陣を描くと──。
「ヴァナル来なさい」
そこに中性的な顔立ちの銀髪の少年が現れた。フェンリルと比べると少し目尻が下がっており優しそうな顔をした少年は口を開く。
「父さんが珍しく喚ばれたから何事かと思ったけど、ボクも喚ばれるとは思ってもみなかったなー」
「あぁ、ヴァナル。こちらの獅子の獣人が我の契約者のリオン。そして、こっちの坊主がお前と契約をしたいと言っているテュールだ」
「契約? ボクも契約していいのー? 嬉しいなぁ。こっちの世界には何があるのかずっと楽しみだったんだよね~。よろしくね、テュール。ボクはヴァナル、じゃ早速左手を──」
「待て待て、ヴァナル。そうホイホイと契約を決めるでない。契約とは魂と魂に繋がりを持つものだ。誰でも良いというわけではない。ヴァナルお前の魂に耐えうるだけの器を持っているか、そしてヴァナルお前の魂がこいつを気に入るかが必要になってくるのだ」
「う~ん、父さん、気に入るかどうかは大丈夫そうだよー? テュールを見た瞬間に友達になりたいって思ったからね。器、器かぁ、じゃあボクの全力の攻撃を受け止めれたら──でいい?」
「そ、そうか。コホンッ、まぁそうだな。リオン、そういうことでいいか……? ただし子供とは言え、幻獣界でも最高位の神獣だ。下手したら塵一つ残らず消え去る可能性だってある。どうする?」
「って言ってるが、ど──」
「……やる。やらせて下さい」
リオンの言葉を遮り、静かな、けれども断固たる決意を持ってテュールが応える。
(リオンが無茶を言って、俺のためにここまでお膳立てしてくれた。これで引き下がったら俺はこの先、リオンの息子を名乗る資格はないな。俺はここの家族が何より大切だ。それに神獣に殺されるくらいでビビるような生活は送ってない!!)
何度も生死の境を行き来しながら修行していたテュールにとって今更死ぬ可能性と言われても、ピンとこない。彼の死生観は麻痺していた。
「ほぅ、いい目だ。どこぞのバカな獅子とそっくりな目をしている……」
「ッヘ、テュール最高の褒め言葉だぞ、喜べ! ガハハハ!!」
「うんうんー。やっぱり面白そうだ! てことで死なないでねー?」
ヴァナルはそう言って、三m程の銀狼へと姿を変える。
「幻獣界最強の神獣フェンリルの息子ヴァナル。神獣の名に恥じない一撃を……」
ヴァナルの口の先には見たことのない四m級の魔法陣が──。
「イルデパン島最強の獣人リオンの息子テュール。ここで死ぬとうちの家族が悲しむんでな、きっちり受け止めて、友達になったらぁ!! ……右手に火の壁、水の壁、左手に地の壁、風の壁──!!」
テュールの両手には合計四枚の魔法陣が……。
「終焉凍土の咆哮」
「四象聖獣の咆哮!!」
ヴァナルの口からは全てを凍らせる白く輝くダイアモンドダストが、テュールの両手の先からは四種の属性からなる厚い障壁が、そして発動して瞬き一つする間もなく衝突──。
その衝突音は凄まじく、それぞれの魔法があたかも意志を持って咆哮を上げているかのようにせめぎ合う。
意志をもった獣達はお互いの身を削りあい、そして、お互いの存在を示さんとばかりに一際大きな咆哮を上げ、そして──。
「……人の子よ、見事だ。確かに貴様の器見せてもらった」
「ガハハハ!! テュールよくやったな。いい根性だったぜ」
相討つ。
「耐えきってくれてありがとね、テュール。これからよろしくねー」
「あぁ、耐えきれてよかったよ。ヴァナル、これからよろしく」
こうして、二人は手を取り合い契約を結ぶ。テュールの左手には契約の証である魔法陣が刻まれ、魂に回廊ができ、ヴァナルの存在を感じる。
「ヴァナル、契約者を見つけたからにはお前も一人前だ。しばらくはこっちの世界のことを学んできなさい」
「いいのー? うわー、ありがとう! テュールこれから一緒だねー」
「そうだな! リオン、ヴァナルはウチに住んでもらっていいでしょ?」
「ん? ガハハハ!! もちろんだ。なんならフェンリルも──」
「……いや、我は遠慮しておこう。幻獣界も見ていなければならないからな。息子を頼んだぞ。レオン、テュール」
「おう」
「はい!」
「うむ、では達者でな」
そう言うとフェンリルは姿を消す。
そして三人は家へと戻り、神獣であるヴァナルを紹介する。当然温かく迎え入れられ、昨日に続いて今夜も宴会となるのであった。そして当然──。
──モヨモト、おかわりっ!!──
「もぅ、好きにせぃ、ホホホ……」
オカン役は揺るぎないのであった。
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