ぼっちの俺、居候の彼女

川島晴斗

act.29/ヒヤシンス

「それから数日後に輝流は転校した。転校しても数日間、アイツからは裏切り者とか、酷い男だとか、いろいろメールが送られたよ。アイツの手を掴まなかった俺を恨んでるのだろう。だがそれと同時に俺の事が好きだったからか、被害はなかった。数ヶ月経って、俺はこの事件を忘れようとした。俺のせいで1人、人が死んだようなもんだ。俺が誰か1人を早く恋人にしてればよかったのに、どうしてこうなるんだろうな……」

 話が終わると、俺は過去の光景から6畳のキッチンに意識を戻す。
 目の前にいるのは輝流ではなく美頭姫で、悲しげな表情を浮かべて居た。

「……利明は今の状況、私とツッキーに好かれてる状況、嫌?」
「すげー嫌だ。また殺し合ったりしないか、正直怖い。もちろん、津月もお前も、そんなことしねーと思うけどさ……」
「…………」
「金を集めたのは、借金とか債務とかで、もう誰も自殺とかして欲しくなかったからだ。必死に株を勉強したよ。まさか億になるとは思わなかったけど」

 そう、揚羽を匿うためだけならこんな金額は稼がなかった。
 金なんかのせいで誰かが困るのが嫌だったから。
 結局世の中金なんだと、大人が子供に教え込む理由もわかったんだ。
 金で人を殺せる。
 金で人も救える。
 それが社会だ。

「美頭姫、もし輝流が俺を恨んでるなら、次に金銭的被害を受けるのは俺に一番近いお前だ。津月は稼いでたから金があるだろう。でもお前には無い。アイツは、それをわかってて俺にお前を寄越したんだ」
「それって、つまり……」

 美頭姫が息を飲む。
 あぁ、そうさ。
 わかった時にはもう後の祭り。
 つまり、俺たちは――

「最初からハメられてたんだよ。俺を恨む揚羽と輝流が組んで、な……」

 最悪だった。
 最愛の揚羽と俺を恨む輝流が組み、しかも津月まであちら側に加わろうとしている。
 揚羽は言っていた、これから始まるんだと。
 そして、終わりもあっという間……俺は、死ぬんだろうか?

 ブーッと、俺のスマートフォンが震えた。
 手に取って画面を見ると、この話終わったタイミングを図るようにメールが届いた。
 知らないアドレスだが、このタイミングで送れるのはアイツしか居ない。
 俺はメールの内容を確認した。

 テンプレートだろうか、メールは紫色のヒヤシンスの花を背景に、こんな文字が書かれて居た。

 〈背中の曲がった男が、曲がった道を歩いていた。

 男はコインで猫を買った。

 そして、傾いた小さな家で、曲がった男と曲がった猫は仲良く暮らしました〉

 文の中身はマザーグースに書かれる、The crooked manという童話の一部を取った物だった。
 crookedという言葉には曲がった以外の使い道があると教える童話。
 だけれど、この文章に込められた意味はそれだけじゃないだろう。
  
 曲がった男とは、きっと俺の事だろう。
 猫は美頭姫。
 最後の文章は、今の俺達の事だ。

 輝流は遊んでいる。
 俺を揶揄って、こんな文章を送りつけてきたんだ。

 それに、この背景はなんだ?
 輝流は馬鹿ではない、意味のないことはしないだろう。
 紫の花、ヒヤシンス……。

 輝流――お前は俺にどうして欲しいんだ?
 美頭姫を手放せば満足するのか?
 俺を殺せば満足なのか?

 狙いがわからない、だから俺も、どうしようもできず、スマートフォンをテーブルに置いた。

「……私は、どうしたら良いの?」

 ふと、美頭姫が尋ねてくる。
 そんな事俺が聞きたいぐらいだが、美頭姫を家族と一緒にすればそれはそれで危険だし、俺の所に居るなら津月や輝流に刺激を与える。
 どっちの道も蛇が待っている、俺達は噛まれて死ぬしかない。

 揚羽は、俺に気付かないでいればいいと言ったが、本当にそうだと思う。
 この最悪のケースに気付かなければ、楽に死ねただろうに……。

「……とりあえず、お前はここにいろ。何もしなくて良い。この前渡したイヤホンだけ、離さず持ってろ」
「……でも、それじゃあ……」
「……1つだけ、助かる可能性があるって俺は信じてる」
「……え?」

 素っ頓狂な声を、彼女は出した。
 この件は一弥に言っても、一弥では輝流を説得しきれないだろう。
 いや、輝流を説得しようなんて考えてはいない。
 むしろ、敵の中に――仲間が居ると、俺は信じるしかないんだ。

 俺の今考えてるのは最悪のパターン。
 もしかしたら揚羽も輝流も津月も組んでないかもしれない。
 組んでないなら、味方がいるんだ。

 そうだろ、揚羽――?



 ×××××



 その翌日、母親が死んだ。
 命尽きるのはわかっていたし、仕方ないだろう。
 俺は葬式の日程だけ告げられ、父親からの電話を切った。

 携帯を机の上に置くと、俺は部屋の中を見渡す。
 今日は美頭姫と学校をサボり、2人で家に居た。
 彼女は俺のベッドでゴロゴロしながら新聞を読んでいる。

 襲われなければヤバい状況とはわからないし、美頭姫の緊張感がない態度もわかる。
 俺も絶望したというよりは、落ち着いていた。

 これから何が起きるのかわからないけれど、気付かないでいろとか、病院で話したりとか、揚羽は俺の味方な気がする。
 すっと突き放してきた……一年と3ヶ月、もうそれだけ過ぎたのかと驚愕するぐらいだ。
 揚羽ならきっと、一弥が通うようなエリート校に入学できたはずなのに、俺なんかを追っかけてレベルの低い高校に来てしまった。散々迷惑もかけたし、金のかかる物を壊されたり、散々嫌われたけど……最後の最後では、アイツを信じるしかない。

 揚羽に何が出来るのかと言われれば、何もできない。
 彼女はダンス部の一年生リーダーで生徒会の書記、そんな肩書きは輝流にとって無価値だから。
 だが、半分は俺の血を引いてる。
 何かしら策を講じてくるはずだ。

「だと、いいんだけどな……」

 ギィッと椅子に深く座ると、暗いPCの画面には口がへの字に曲がる俺の顔が映る。
 その上に設置してあったwebカメラは布で伏し、一応マイクも切っている。
 スマートフォンの充電も脱衣所にある場所限定にし、録音機の類もBluetoothを使うものは移動させてある。
 輝流に俺達の会話は聞かれないだろう。
 今の所、自宅が一番平和だった。

「……ねぇ利明。暇なら勉強したら?」
「する気起きねーよ。人生掛かってんだからお前も緊張感持てって」
「そんなこと言ったって、私はハッカーが怖いとかよくわからないもん。高額請求なんて無視すればいいんだ」
「無視したら黒服のイカツイ男がいっぱいくるぞ。マジだからな、輝流なら絶対やる」
「でもさ、その子も利明が好きなんでしょ? 今の所請求もないし、こないんじゃない?」
「俺はアイツをフったんだ。そして恨みのつらつら書かれたメールがいっぱい送られて来た。アイツは俺を恨んでる。あと、請求は月末だから、月初の今はこねーよ」

 何かしらアクションはあるだろう。
 実際メールを送って来た訳だし、まだ俺達を泳がせるつもりなのだろうか。
 ……いや、津月が向こうにつけば、すぐにでも接触を図ってくるはずだ。
 津月は実直で待てない性格だから、今日乗り込んで来たっておかしくない。

「……やべぇ、ハゲる」
「嫌な方向にばかり考えてるからだよ。でも、みんなが利明の敵になったら、利明は私のものだね?」
「やめろそれ輝流の発想じゃねーか……」

 みんな死んだら残りは私だけ、というのに近い。
 美頭姫まで狂ったら手に負えないし、どうしたものか。

「国外逃亡しようかな……。何もかも捨てて、それで良くね?」
「もーっ! 元気だしなよっ、へこたれてても仕方ないじゃん」
「言われなくてもわかってんだけどさー……」

 不幸がっていてもいい事は何もない、そんな事はわかってるんだ。
 でも人間は感情に逆らえないし、悲しいときは悲しむしかない。

 ――ブーッ、ブーッ

 机の上に転がるスマートフォンが震える。
 2回で済むのはメールの合図で、俺はスマートフォンを手に取った。
 送り主は津月だった。

 〈今夜9時、屋上で待ってる〉

「…………」

 短い一文だったが、全てがわかる一文でもあった。
 公立高校は基本的に屋上を開放してないし、うちもその類だ。
 夜は防犯システムもあるし、侵入するためにはハッキングでもしなきゃ入れないから。

「……何のメール?」
「人生の終わりが書いてあった」
「えー、何それ?」

 面白がって聞いてくる美頭姫にはメールを見せないで削除する。
 津月なら俺と心中を図ってもおかしくないし、今夜が命日になる可能性だってあった。

 静かに時間だけが過ぎて行く。
 時々美頭姫から振られる会話だけを返し、当たり前のような1日は、過ぎて行ったんだ――。

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