ぼっちの俺、居候の彼女
act.23/待つ
学校から帰ると、俺と美頭姫はリビングに居た。
期間の長い依頼が来ていたので、それだけ目を通してからOKと返事を返し、ノーパソ越しに居る美頭姫へと目を向ける。
「しょんぼりすんなよ。当事者の俺より暗い顔してるぞ」
「だって、ツッキーや揚羽ちゃんが……」
「ババアが死んだら全て話す。そうすれば津月は満足してくれるし、揚羽は親父も交えて説得するさ」
「…………」
励ましても、美頭姫の表情が浮かぶ事はなかった。
どんだけ気落ちしたって仕方ないし、俺はあまり気にしてないんだがな。
……まぁでも、機嫌なおしてくれるだろう。
今日はアレが届くからな。
――ピンポーン
「来たか」
「え?」
美頭姫の驚きを無視し、俺は印鑑とペンを片手に玄関へ向かった。
扉を開くと宅配便屋が居て、薄く横長で面の広いダンボールを抱えていた。
サインと印鑑を押し、すぐに宅配便屋を返してやる。
玄関の戸を閉めると、リビングからひょっこりと美頭姫が顔を出した。
「それ何?」
「リビングで開ける。上のやつ持って」
「……メール便?」
美頭姫は大きなダンボールの上にある、A4サイズの入る封筒を取った。
それは今日使わないが、この大きいものはリビングに向かうと、ガムテープをすぐに剥がした。
「……利明、これって……」
封筒をローテーブルに置いた美頭姫がダンボールを見る。
開けるまでもなく、ダンボールに製品の絵と名前が書いてあった。
中を開くと、平たい液晶のパネルが姿を現わす。
40インチだったか、最近のテレビは軽いな……。
というわけで、注文していたのはテレビだった。
ドーンとローテーブルの端に置き、アンテナケーブルをマンションに付いてるアンテナ端子に繋ぐ。
その際、目を爛々と光らせる美頭姫がリモコンに電池を入れる。
チャンネル設定を済ませると、部屋がうるさいぐらいにテレビから音が出る。
静かなのが当たり前の空間には、騒音機のように思えた。
「ふふーん♪」
テレビが点いて満足したのか、美頭姫はニコニコと笑いながらローテーブルに肘をついてその手にアゴを乗せていた。
機嫌も直ったようだし、よかったよかった。
「でも利明、届く時間がわかった風だったよね? 今日帰るつもりだったの?」
「揚羽と津月が、昼間ゆっくり詰問してくると知ってたからな。帰るだろうな〜とは思ってた」
「へ〜……」
手品の種明かしではないのだが、感心するように美頭姫が目を丸くして俺の顔を見る。
だからって宅急便が来る時間までは分からなかったけどな、たまたまだ。
「……んじゃ、俺も仕事があるから部屋にこもるぞ」
「えー? あっ、メール便開けてないよ?」
「それもお前にやる。いつでも付けてろよ? これからの為にな」
「えっ? それって……」
みるみる顔を赤くさせる美頭姫。
……わけがわからん、何か勘違いしてないか?
「お前、中身なんだと思ってんの?」
「……結婚指輪?」
「アホか。それなら手渡しするだろ」
「なーんだ」
違うとわかると、彼女はビリビリと封筒を破り、中を開けるのだった。
その中身とは――
「……イヤホン?」
ワイヤレス対応の、コードの無いイヤホンだった。
○○○
あれから部屋にこもり、俺はずっと作業をしていた。
1つだけ、作らなければいけない曲ができたから。
それなのに、夕方から電話が掛かってきた。
今日も仕事の電話はあったが、そうじゃない、昨日の夜に掛けてきた相手だった。
「……なんだよ揚羽?」
電話の向こうに居るであろう人物に問い掛ける。
その人物は居るらしく、俺の妹の声で答えた。
《母さんの見舞いに来て。もう、死んじゃうんだよ?》
「昼にも言ったが、俺は行かない。それにもう時間は遅いしな……」
壁掛けの時計に目をやれば、短針を5、長身を7に指していた。
午後5時36分……今から病院まで行って面会、そんな時間はないだろう。
しかし、妹は反論した。
《看護師さんからは、もういつ死ぬかわからないから、親しい人に限り面会を常時許可してくれるって。特別、許してくれたんだよ》
「ほぉ……随分交渉が上手いんだな、お前。俺が居ない間に成長したんだな」
《そうだよ、私は成長した。だから、兄さん……来て……!》
「…………」
揚羽の掠れる声に、俺の体はピクリと反応する。
まだ兄さんと呼んでくれる妹に、俺は歯がゆい思いになる。
今すぐ言う事を聞いてあげたい、でも……。
本当に大切な妹なんだ、だからお前のためにも俺は、後悔のない選択をしなきゃいけない。
「ダメだ。俺は行けない。母さんに会うぐらいなら、死んだ方がマシだ」
《なんで……なんでそんなに自分勝手なの? お願い……来てよ……》
「……津月も、居るんだろ。俺は顔を合わせられない。喧嘩したからな」
《……ツッキーなら居ないよ。私が放課後帰って見舞いに来る前に、来たみたい。どうして私達3人、こんなにチグハグなの……? どうして私達、仲良くできないのかな……? 母さんも死んだら、私……どうしたら良いの……?》
「――ッ!」
悲痛な妹の声に、俺は拳を壁に叩きつけた。
肌が裂けて徐々に血が浮き出る。
今すぐ、俺がなんとかしてやるって言いたい。
また仲良くできるって言ってやりたい。
でも、今の俺が言ったところで、揚羽にはわけがわからないはずだ。
俺が揚羽を遠ざけたのに、幸せにする――?
何も言えない。
揚羽にこんなひどい事を言わせて、泣かせてしまっているのに、俺は何も言えなかった。
《――ねぇ、兄さん》
急に落ち着いた揚羽の声に、俺の思考は完全にクリアになる。
怒りとか悲しみを差し置いて、揚羽の言葉だけが脳を支配した。
だって、それは――
《――お見舞いに来なかったら、ツッキーに輝流の事、話すから――》
掘り返してはならない、俺の過去だったから。
「――わかった、見舞いに行く」
今までの全てを崩すかもしれない、それでも俺は見舞いに行く事を選択した。
人なんてバカなものだ、いざ自分の都合を前にすると他人より優先してしまう。
中学でのあの事件を津月が知れば、アイツは間違いなく俺に問いただす事だろう。
そして、今の状況に泣くだろう。
2人から好きになられる。
それはあの時と、同じなのだから――。
×
タクシーを使って損をするなんて、バカみたいな話だ。
母親の入院してる病院は家から近く、2km程度だった。
「で、なんでお前が付いて来る」
「当たり前だよ! 私を家で1人にするつもり?」
「エンジョイぼっちライフ。体験版は俺の家で」
「ぶん殴るよ?」
とか言いつつ、既に俺の腹に拳が突っ込まれていた。
マイボディは痛いと叫ぶも、俺の口は叫ぶ気分じゃないらしく、美頭姫から1m離れるだけで終わる。
現在は病院の中で、階段を上がってすぐの病室に入った。
薄暗い個室の部屋には、ベッドが1つといすが2つあった。
ベッドには肌がボロボロで体が細い女が1人、インスピロンや点滴を刺して眠っていた。
俺の母親だ。
随分見ないうちに痩せこけてしまったらしい。
椅子に座っていたのは、妹の揚羽だった。
ポニーテールに、慎重に不釣り合いな発育の良い体。
普段見る制服とは違い、黄色の薄着の上から半袖のパーカー、太ももがよく見えるデニムを履いている。
妹は俺を見つけるなり、寂しそうな顔をした。
「遅いよ……。ずっと待ってたのに……」
「……まだ、生きてるのか?」
「うん。よかったね、生きてるうちに会えて」
その言葉から、俺は意図を汲み取った。
話せるうちに――とは言わなかった。
つまり、もう母さんは、起きる事がないのだろう。
なら、もう話しても良いだろう。
「……なぁ、揚羽」
「私なんかいいでしょ? それより、母さんに触ってあげて」
「……。わかった」
言い出すよりも、揚羽の言葉に従った。
よく考えれば、意識がないとはいえ、この母親の前で言うことではなかったと自分を叱責する。
実家に突然帰って、その時にゆっくり話そう。
俺はそっと、母さんの手を握った。
この母親には随分俺たち兄妹が引っ掻き回された。
積もる恨みはあるし、この手でトドメをさせるならさしたい。
だけど、俺は悪魔の子じゃなかった。
俺も揚羽も優しかった。
俺は無表情だけど人のために動くし、
揚羽はバカだけど人のために泣ける。
だったら、人を産んだこの人も、また同じ人間なんだ。
「俺が悪魔になりきってたら、こんな顔してなかったよな……」
母親の顔を見て、俺はそう思う。
薄く笑った母親の顔。
それは子供に会えて喜ぶ、親の微笑みにも思えた――。
期間の長い依頼が来ていたので、それだけ目を通してからOKと返事を返し、ノーパソ越しに居る美頭姫へと目を向ける。
「しょんぼりすんなよ。当事者の俺より暗い顔してるぞ」
「だって、ツッキーや揚羽ちゃんが……」
「ババアが死んだら全て話す。そうすれば津月は満足してくれるし、揚羽は親父も交えて説得するさ」
「…………」
励ましても、美頭姫の表情が浮かぶ事はなかった。
どんだけ気落ちしたって仕方ないし、俺はあまり気にしてないんだがな。
……まぁでも、機嫌なおしてくれるだろう。
今日はアレが届くからな。
――ピンポーン
「来たか」
「え?」
美頭姫の驚きを無視し、俺は印鑑とペンを片手に玄関へ向かった。
扉を開くと宅配便屋が居て、薄く横長で面の広いダンボールを抱えていた。
サインと印鑑を押し、すぐに宅配便屋を返してやる。
玄関の戸を閉めると、リビングからひょっこりと美頭姫が顔を出した。
「それ何?」
「リビングで開ける。上のやつ持って」
「……メール便?」
美頭姫は大きなダンボールの上にある、A4サイズの入る封筒を取った。
それは今日使わないが、この大きいものはリビングに向かうと、ガムテープをすぐに剥がした。
「……利明、これって……」
封筒をローテーブルに置いた美頭姫がダンボールを見る。
開けるまでもなく、ダンボールに製品の絵と名前が書いてあった。
中を開くと、平たい液晶のパネルが姿を現わす。
40インチだったか、最近のテレビは軽いな……。
というわけで、注文していたのはテレビだった。
ドーンとローテーブルの端に置き、アンテナケーブルをマンションに付いてるアンテナ端子に繋ぐ。
その際、目を爛々と光らせる美頭姫がリモコンに電池を入れる。
チャンネル設定を済ませると、部屋がうるさいぐらいにテレビから音が出る。
静かなのが当たり前の空間には、騒音機のように思えた。
「ふふーん♪」
テレビが点いて満足したのか、美頭姫はニコニコと笑いながらローテーブルに肘をついてその手にアゴを乗せていた。
機嫌も直ったようだし、よかったよかった。
「でも利明、届く時間がわかった風だったよね? 今日帰るつもりだったの?」
「揚羽と津月が、昼間ゆっくり詰問してくると知ってたからな。帰るだろうな〜とは思ってた」
「へ〜……」
手品の種明かしではないのだが、感心するように美頭姫が目を丸くして俺の顔を見る。
だからって宅急便が来る時間までは分からなかったけどな、たまたまだ。
「……んじゃ、俺も仕事があるから部屋にこもるぞ」
「えー? あっ、メール便開けてないよ?」
「それもお前にやる。いつでも付けてろよ? これからの為にな」
「えっ? それって……」
みるみる顔を赤くさせる美頭姫。
……わけがわからん、何か勘違いしてないか?
「お前、中身なんだと思ってんの?」
「……結婚指輪?」
「アホか。それなら手渡しするだろ」
「なーんだ」
違うとわかると、彼女はビリビリと封筒を破り、中を開けるのだった。
その中身とは――
「……イヤホン?」
ワイヤレス対応の、コードの無いイヤホンだった。
○○○
あれから部屋にこもり、俺はずっと作業をしていた。
1つだけ、作らなければいけない曲ができたから。
それなのに、夕方から電話が掛かってきた。
今日も仕事の電話はあったが、そうじゃない、昨日の夜に掛けてきた相手だった。
「……なんだよ揚羽?」
電話の向こうに居るであろう人物に問い掛ける。
その人物は居るらしく、俺の妹の声で答えた。
《母さんの見舞いに来て。もう、死んじゃうんだよ?》
「昼にも言ったが、俺は行かない。それにもう時間は遅いしな……」
壁掛けの時計に目をやれば、短針を5、長身を7に指していた。
午後5時36分……今から病院まで行って面会、そんな時間はないだろう。
しかし、妹は反論した。
《看護師さんからは、もういつ死ぬかわからないから、親しい人に限り面会を常時許可してくれるって。特別、許してくれたんだよ》
「ほぉ……随分交渉が上手いんだな、お前。俺が居ない間に成長したんだな」
《そうだよ、私は成長した。だから、兄さん……来て……!》
「…………」
揚羽の掠れる声に、俺の体はピクリと反応する。
まだ兄さんと呼んでくれる妹に、俺は歯がゆい思いになる。
今すぐ言う事を聞いてあげたい、でも……。
本当に大切な妹なんだ、だからお前のためにも俺は、後悔のない選択をしなきゃいけない。
「ダメだ。俺は行けない。母さんに会うぐらいなら、死んだ方がマシだ」
《なんで……なんでそんなに自分勝手なの? お願い……来てよ……》
「……津月も、居るんだろ。俺は顔を合わせられない。喧嘩したからな」
《……ツッキーなら居ないよ。私が放課後帰って見舞いに来る前に、来たみたい。どうして私達3人、こんなにチグハグなの……? どうして私達、仲良くできないのかな……? 母さんも死んだら、私……どうしたら良いの……?》
「――ッ!」
悲痛な妹の声に、俺は拳を壁に叩きつけた。
肌が裂けて徐々に血が浮き出る。
今すぐ、俺がなんとかしてやるって言いたい。
また仲良くできるって言ってやりたい。
でも、今の俺が言ったところで、揚羽にはわけがわからないはずだ。
俺が揚羽を遠ざけたのに、幸せにする――?
何も言えない。
揚羽にこんなひどい事を言わせて、泣かせてしまっているのに、俺は何も言えなかった。
《――ねぇ、兄さん》
急に落ち着いた揚羽の声に、俺の思考は完全にクリアになる。
怒りとか悲しみを差し置いて、揚羽の言葉だけが脳を支配した。
だって、それは――
《――お見舞いに来なかったら、ツッキーに輝流の事、話すから――》
掘り返してはならない、俺の過去だったから。
「――わかった、見舞いに行く」
今までの全てを崩すかもしれない、それでも俺は見舞いに行く事を選択した。
人なんてバカなものだ、いざ自分の都合を前にすると他人より優先してしまう。
中学でのあの事件を津月が知れば、アイツは間違いなく俺に問いただす事だろう。
そして、今の状況に泣くだろう。
2人から好きになられる。
それはあの時と、同じなのだから――。
×
タクシーを使って損をするなんて、バカみたいな話だ。
母親の入院してる病院は家から近く、2km程度だった。
「で、なんでお前が付いて来る」
「当たり前だよ! 私を家で1人にするつもり?」
「エンジョイぼっちライフ。体験版は俺の家で」
「ぶん殴るよ?」
とか言いつつ、既に俺の腹に拳が突っ込まれていた。
マイボディは痛いと叫ぶも、俺の口は叫ぶ気分じゃないらしく、美頭姫から1m離れるだけで終わる。
現在は病院の中で、階段を上がってすぐの病室に入った。
薄暗い個室の部屋には、ベッドが1つといすが2つあった。
ベッドには肌がボロボロで体が細い女が1人、インスピロンや点滴を刺して眠っていた。
俺の母親だ。
随分見ないうちに痩せこけてしまったらしい。
椅子に座っていたのは、妹の揚羽だった。
ポニーテールに、慎重に不釣り合いな発育の良い体。
普段見る制服とは違い、黄色の薄着の上から半袖のパーカー、太ももがよく見えるデニムを履いている。
妹は俺を見つけるなり、寂しそうな顔をした。
「遅いよ……。ずっと待ってたのに……」
「……まだ、生きてるのか?」
「うん。よかったね、生きてるうちに会えて」
その言葉から、俺は意図を汲み取った。
話せるうちに――とは言わなかった。
つまり、もう母さんは、起きる事がないのだろう。
なら、もう話しても良いだろう。
「……なぁ、揚羽」
「私なんかいいでしょ? それより、母さんに触ってあげて」
「……。わかった」
言い出すよりも、揚羽の言葉に従った。
よく考えれば、意識がないとはいえ、この母親の前で言うことではなかったと自分を叱責する。
実家に突然帰って、その時にゆっくり話そう。
俺はそっと、母さんの手を握った。
この母親には随分俺たち兄妹が引っ掻き回された。
積もる恨みはあるし、この手でトドメをさせるならさしたい。
だけど、俺は悪魔の子じゃなかった。
俺も揚羽も優しかった。
俺は無表情だけど人のために動くし、
揚羽はバカだけど人のために泣ける。
だったら、人を産んだこの人も、また同じ人間なんだ。
「俺が悪魔になりきってたら、こんな顔してなかったよな……」
母親の顔を見て、俺はそう思う。
薄く笑った母親の顔。
それは子供に会えて喜ぶ、親の微笑みにも思えた――。
「現代ドラマ」の人気作品
-
-
363
-
266
-
-
208
-
139
-
-
159
-
143
-
-
139
-
71
-
-
139
-
124
-
-
111
-
9
-
-
39
-
14
-
-
28
-
42
-
-
28
-
8
コメント