ぼっちの俺、居候の彼女

川島晴斗

act.19/勉強会

 夕方になると、一弥の奴はバイトがあると言って帰ってしまった。
 美頭姫は「何しに来たんだろうね?」と不思議そうだったので、「暇だったんだろ」と相槌を打っておいた。

 日が暮れ、夜に突入すると風呂を沸かし、飯を作ってと家事をこなした。

「お勉強をしましょう」

 美頭姫のその言葉に、俺はあやかった。
 聞けばコイツ、成績上位者らしいから勉強を教えてもらえるのは嬉しい限りである。

 と思っていた。

 カリカリカリカリ

「…………」
「…………」

 カリカリカリカリ

『…………』

 バンッ!

「わっ、何!?」
「何、じゃねーよ! 勉強しようって誘っておいて、なんだよこのクソつまんねー感じ!! こんなの読者にとって、なんにも面白くねーんだよ!!!」
「何もメタ発言しなくても……」

 リビングのローテーブルで、いつものように向かい合って座る俺たちは、お互いに教科書やノートを広げ、無言で勉強していた。
 勉強しよう、なんて誘うからてっきり、哀れな俺に教えてくれるもんだと思っていた。
 しかしその実、彼女は無言で黙々とシャー芯を無駄にし、黒字でノートを埋めるだけだった。

「お前さ、他の女子にも勉強しよう?って誘ってこんな感じなの!? さてはお前、友達いねーな!?」
「友達なら居るけど、勉強しようって誘う事はないなぁ〜。でも、利明は9教科合わせて100点取れるかわからない惨状だから……」
「そこまでわかってるなら教えるとかしようぜ!」
「ヤダ。私、家庭教師じゃないし」

 プイッと他所を見て、またシャーペンを手に取る美頭姫。
 クソが……高校生というレッテルは欲しいし、退学にはなりたくない。
 今から頑張れば、なんとか赤点を免れて補習に行くこともなかろうが……。
 美頭姫の力を借りれば絶対に効率がいいだろうし、やる気も少し、1mmぐらいは上がるはずだ。

「頼むよ美頭姫。なんで目の前に人がいるのに無言で黙々とやり続けなきゃいけねーんだよ」
「私は喋りながらやってもいいんだよ? でも、私が重要語句を言い続けてたら、利明どっか行っちゃいそうだし」
「俺に教えてくれたらどこにも行かねーからさ。というか、お前が隣に座って教えてくれれば、だいぶ密着できるじゃん」

 ボンッ

 何かが爆発した。
 いや違う、美頭姫の頭から煙が出ているだけだった。
 もちろんそれは嘘で、彼女が顔を真っ赤にして俯いた事を示すだけだ。

「……無理。絶対集中できないもん」

 弱々しい声で、俺の目を見ずにそう言った。
 途端に小さくなる彼女が可愛く見える――というかもともと可愛いが、そんな様を見せられては勉強に集中できない。

「よし、じゃあ勉強は明日にするか」
「……え?」

 俺が勝手に決めると、美頭姫はどこか残念そうに顔を渋らせて顔を上げた。
 今日はこの時間だから呼べないけど、

「明日は立会人を呼ぼう。そうすれば、一緒に勉強してても苦じゃねーだろ」
「……それって、まさか――」

 どうやら、立会人の検討はついてるらしい。
 そう、俺が呼ぶのは――



 ○



「ツッキーだお☆」
「うん、ベランダから飛び降りていいぞ」
「ここ3階だけど、当たりどころ悪いと死んじゃうよ!!」
「美頭姫、これ何? 俺見たことねーんだけど」
「対数だよ。乗数を面白おかしく変形させたもの。底がeだと、自然対数と言って――」
「無視しないでよーっ!!」

 机を3人で囲う、うち1人はガーガーうるさかった。
 俺は昨日の夜、津月を呼んだのだ。
 なんか予定があったらしいけど、「お前も補習からの退学になるんじゃね?」と進言したら来てくれた。

「試験1週間前から勉強なんてしてたら、ツッキー100点とっちゃうお〜……」
「無理無理、お前にそんな脳みそねぇから」
「一応、この高校の編入試験は合格したんだけど……」
「はいはい津月ちゃんは頭いいですねー。わかったから勉強しろよ」
「うむっ」

 ドヤ顔を1つキメ、津月は机に向かってペンを走らせた。
 暗記って、見て聞いて話して書いて、それで覚えるもんだと思っている。
 50回書いたものは一生忘れないと聞いた事があるが、そんなの嘘じゃないだろうか。 
 いや、1つの単語を50回書けば、な……。

 そんな暗記の事を考えている俺だが、目の前にある数学のワークに絶望していた。
 暗記より計算の方がラクそうだ、という考えで理系を選んだのが間違いだったらしい。
  
「微分って何? 何の役に立つの?」
「傾きを求めるんだよ。微分をする事で最大値とかも求められるんだよ?」
「へー、どうでもいい」
「もし微分も積分もなかったら、パソコンはおろか、このマンションも建ってないからね?」
「そうか……数学って偉大だな」

 とか言いつつ、俺はノートの端っこに落書きを始める。
 すると美頭姫は身を乗り出し、俺の描いた、ほっぺが赤い電気ネズミみたいなキャラクターを塗り潰した。

「なんて事を……」
「だから、ちゃんと勉強してってば。折角ツッキーも来てるのに……」

 そのツッキーはノートに作詞してるぞ。

「でもさ、もう1時間ぐらい経つじゃん。10ページぐらいは終わらせたし、休憩しようぜ」
「ダーメッ。今休憩したら、絶対もう勉強しないでしょ。理系だからって数学だけじゃないし、ちゃんと勉強して」
「――と、犯人は供述を繰り返し、罪を否定し続けており、警察は取り調べを……」
「どっちかって言うと、警察が私だから」

 身を乗り出し、美頭姫は俺の両手を掴んでニヤリと笑った。

「逮捕しました」
「チッ……法廷で覇王!」
「会おう、ね? 法廷壊す気?」
「いいから手を離せ。なんかキモい」
「女子高生のすべすべな肌に触れる時期は短いんだよ? 今のうちに堪能した方がいいよ?」
「ほう。どれ」

 掴まれる右手を、美頭姫へと伸ばす。
 右手を伸ばせば彼女に触れるのは左側の方で、そして大体胸のあたりで……。

 もにゅん

 そんな柔らかい感触が、手のひらから伝わった。
 ほう……なかなかの弾力――

「ああぁっ!! とっしぃーが、おっぱい触ってるぅううう!!!?」

 突如津月が俺を指差し、今にも掴みかからん勢いで立ち上がった。

「布越しだから問題ないへぶっ!?」

 適当な事を言っていると、右の頬を美頭姫に、左の頬を津月にぶん殴られた。

 美頭姫……色仕掛けして来るくせに、俺から触ると暴力で返すって、なんなん……だ。

 俺は胡座をかいたまま倒れ、空を仰ぐのだった。



 △



 俺たちは全員根が真面目だからか、それなりに勉強した。
 津月にはこの前約束した通り、家でメシを食ってもらう。
 もちろん、サラダだけではなく、白米も味噌汁も生姜焼きも付けた。

「全部手料理だ。とくと味わえ」
「とっしぃーの女子力には参りますにゃー♪ うまうま」

 栗色ツーサイドアップのバカは肉を頬張りながら頬を緩ませていた。
 料理が出来たら女子力あるって、偏見だよな……。
 俺男だし。

 美頭姫は黙々と1人黙々と食べ、時々津月から振られる話に笑って返していた。
 俺が言うのもなんだが、恋のライバルだし、仲違いすると思っていたが、杞憂のようだ。

 メシを食い終わって、俺が洗い物を終えると19時を過ぎる。
 そんな時、ふと気付いた。
 津月はこの前、俺の家でメシを食わず、日が暮れる前に俺と別れた。
 あの意味はよくわからないが、憶測だと、小学生の頃を懐かしんだからだろう。
 幼い頃は、日が暮れる前に帰らないと、叱られたから。

 しかし、今津月はリビングで美頭姫とスマホゲームを興じている。
 4コンボ!とかいうマヌケなキャラの声がこちらにまで聴こえてきた。
 アイツ、いつまで居るつもりだ?

「津月、帰んねーの?」

 少し声量を大きくして彼女に声を掛ける。
 すると彼女は振り返り、俺に手を振って応えた。

「うん! 今日泊まっていくから!」
「……あん?」

 なんて言ったのか、俺の頭は理解してくれなかった。
 ……なんだって?

「ワンモア、プリーズ」
「今日泊まってくからね! ねー、みーちゃん♪」
「ねー♪」

 辺なアダ名で呼ばれる美頭姫が呼応する。

 美頭姫と話し合って決めたなら、俺に異論は無い。
 ちょっと不安要素が増えただけだし。

「お前ら、暇なら風呂沸かして来てくれよ。あっ、津月には一応言っとくが、沸かすのは軽く掃除してからだからな?」
「嫌でーす! わたしぃ、アイドルだからお風呂掃除なんてできなーい☆」
「花嫁修行するんじゃなかったのか」
「えー、とっしぃーが家事してくれればいいやぁ……」
「じゃあ美頭姫と結婚する」

 ガタリと2人がスマフォを投げて立ち上がり、風呂場に走って行った。
 なんだあいつら……俺に暴力は振るうくせに、俺の事好きって、どういう了見なんだ。

 洗い物が終わると、おそらくカオスになってるだろう風呂場には行かず、部屋に入ってPCを付ける。
 人気保持のため、テキトーにSNSで呟き、作り途中のオリジナル曲を一部分だけ投稿した。
 メールを確認すると、挨拶のメールが何件かと、夏の音楽祭に向けた誘いが1件、久々の依頼が1件、しかも結構急だった。
 俺のサイトには"1曲1日で仕上げます"なんて宣伝文句もあるし、それは仕方ないんだが、2日以内にこの歌の曲を〜、という依頼だった。
 基本は作曲の俺と作詞さん側で話し合ったり、1ヶ月ほど掛けるのが多いが、こういう依頼もたまにあるし、最近は暇な事も多かったからいいだろう。

『沸かしたよーっ!!!』
「…………」

 DAWソフトを立ち上げようとした刹那、部屋の扉が大きく開いて2人が入ってくる。
 ……コイツら。

「仕事入ったから向こう行ってろ。急ぎの用事なんだ」
「お風呂掃除したの私! 私が嫁だよね!」
「みーちゃん嘘吐くのよくない! 掃除したのも沸かしたのも私だもーん☆」
「ちょっと! ツッキーこそ嘘吐いてる!」
「みーちゃんこそぉ……!」
「…………」

 目の前でいがみ合う2人を見て、俺は絶句する他なかった。
 ああ、今なら揚羽の方が可愛く思える。
 俺はなんでこんな迷惑女共と仲良くなったのだろう……。

「なぁ。俺こんな事で結婚相手とか決めないし、見苦しい喧嘩はやめろよ。平和にいこうぜ、恋愛なんかで誰かが傷付くなんて、ホント最悪だからさ」

 ため息まじりに呟くと、津月は目を丸くして、獲物を俺に絞った。
 謎の怒りの矛先が、俺に変わったのだ。

「恋愛なんかって、私は幼稚園の頃からずっと好きだったんだよ!? なのに、利明はいつも私に振り向いてくれない! なんで……私、アイドルになれるぐらい可愛くなった! 凄い声も出せる、歌詞も作れる、最高の女なのに!!」
「お前のその気持ちのせいで人が死んだら、お前は悲しむのか?」
「――は?」

 わけがわからないというように、津月はポッカリと口を開いていた。
 俺の言葉の意味がわからないのだろう。
 恋心で人が死ぬ、そんなわけないもんな。
 ……そうだよな。

「……なんでもない、忘れてくれ」
『…………』

 それから2人は黙り、部屋を出て行くのだった。
 静かになった部屋で、俺は1人作曲を始める。
 画面に反射されて映る俺の顔は酷くやつれて見えた――。

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