ぼっちの俺、居候の彼女
act.15/こころ
人の表情や仕草から、人の気持ちがわかるというのは嫌な事だ。
相手が言葉にしてない事まで伝わってくる、しかしそれは言葉で表されてないのだから本当かわからない。
津月みたいに正直でハッキリした性格ならわかりやすいものを、なかなかしぶとく口にしないからヤキモキするんだ。
でももし、美頭姫が俺にその心を伝えたら、俺はどうするのだろう。
付き合うって、なんなのかわからない。
カラオケとかボーリングとか遊びに行って、メシ食って――キスとか、して……。
ガンガンガンガンッ!!!
「うわっ!? 何!!?」
気が付くと、俺は机に何度も頭を打ち付けていた。
ヘッドホンが外れてしまい、後ろで勉強している美頭姫が驚嘆して駆け寄ってくる。
「大丈夫? そんなに曲作りうまくいってないの?」
「……いや、なんでもない。虫がいたから潰そうとしただけだ」
「頭使って虫潰そうだなんて、普通しないよ……。悩みがあるなら、私が聞いてあげるけど?」
「いいです、マジで結構です。ちょっと頭がおかしかっただけだ、あっち行ってろ」
「そこまで邪険にされるとなぁ……。なに? 利明、照れてるの?」
「誰がお前なんかに……」
吐き捨てるように呟くと、ぐしぐしと髪を引っ張られる。
地味に痛いからやめてください。
「……そろそろ風呂沸いてんじゃね?」
「え、じゃあ一緒に入る?」
「お前はまたそうやって、俺の純真無垢な愛らしい心に汚い誘惑をしてくる。もういい加減聞き飽きたぜ」
「利明の心、全然愛らしくないから」
「わかったから先に入ってこい」
「はーいっ」
美頭姫は踵を返し、勉強道具を片付けて退室していった。
彼女の姿が扉の向こうに消えると、俺は深くため息を吐いた。
心を弄ばれてる気がする。
アイツは魔性の女だ、俺の眠れる野性に艶かしく語り掛けてくる淫魔のよう。
なまじ可愛いから距離が近いと緊張してしまう。
もう少し距離を置いた方がいいのだろうか?
津月の事もある、2人と上手く付き合って行くにはどうすればいいんだろうか。
「……それも、一弥に相談か」
ギイッと椅子が鳴るまで深く座り、俺は上の空でPCの画面を見ていた。
それからの作業は、ちっとも捗らなかった。
△
朝起きて目覚ましを止め、ポスターに母親が死ぬ事を願い、朝メシを作る。
1日のルーティンを今日もこなし、美頭姫が遅れながらも部屋にやってきて、ヘッドホンを付けた俺の肩を叩く。
ヘッドホンを取って挨拶だけすると、少しパジャマのはだけた彼女は洗濯をしに行った。
すぐに戻ってくると、美頭姫はうろちょろと俺の周りを右往左往して、俺の手元を眺めていた。
「……なんだよ」
「んー? 私も料理、勉強しようと思って」
「俺は豪勢なもん作れねぇし、本格的にやるなら料理本買えよ」
「えー……そんなお金ないって〜」
6万近くのヘッドホンを買ったのはどこのどいつだ。
嘆く彼女を無視して、俺は手を進めた。
「利明、なんかあった?」
「あ? なんもねぇけど?」
「……なんか、今日は冷たいね」
「いつもと変わんねぇよ。ほら、メシにしようぜ」
「うん……」
暗い表情のまま、美頭姫はローテーブルの前に座った。
俺は何も言えず、昨日とは変わって、静かな朝を過ごすのだった。
ポツポツと無難な会話をしながら美頭姫と登校した。
あれからどんどん空気が悪くなり、どうしてこうなったのか想像できないほどになっている。
ちょっと冷たくしただけで――そのちょっとがここまで響くとは、思いもしなかった。
「おっ、はよぉおおおおおおっ!!!」
「うぜぇ」
「むみゃっ!!?」
突然視界を遮る津月の腹に膝を入れると、彼女は面白い悲鳴を上げながら廊下を転がった。
今は気楽なコイツが羨ましい。
素直が一番って本当なんだな……。
朝から良い教訓を受け取りつつ、悶える津月を美頭姫が起こす。
「ツッキー、大丈夫?」
「あたたたた……。ちょっととっしぃー! 出会い頭注意だよっ!!?」
「飛び込んできた分際で何を……。その調子で新幹線のホームでも飛び出せよ。新しい世界にも飛び出せるぜ?」
「天国に向かって飛んで行く……だってツッキー、みんなの天使だもんっ!」
やっぱりウザいので津月を無視し、俺は教室の中に足を踏み入れる。
するといくつかの視線が俺の方を向いた。
超絶美少女ツッキーと仲が良いぼっち――俺に敵対心を持つ奴は多いはずだ。
妹が生徒会役員でダンス部のリーダーと凄い奴だと知られてるから俺に詰問が来ないわけで……。
「……ん?」
ふと思った。
これは俺が、揚羽に守られてるんじゃないだろうか、と。
いや、アイツは俺のキーボードを笑顔でぶっ壊す極悪人になったんだ、そんな筈はない。
頭を振って邪念を払いのけ、俺は席に座った。
いつも通りPCを起動して、いつも通り静かにヘッドホンを付けて作業をする。
最近は美頭姫と一緒のせいで登校時間が少し早く、時間が余っていた。
程なくして、すっかり顔見知りの女子2人も教室に入って来た。
PCが立ち上がるまで来なかったのだ、何か話していたのだろう。
俺には関係ないことだ、すぐに目線をPCに戻すと、俺は作業に明け暮れた。
△
嫌なことは連続して起こる、という話を聞いたことがある。
理由は不明だが、実際そうなのだ。
なのに幸福は連続しないから、人生は嫌になる。
「……悪いけどさ、揚羽。今俺、お前に構う気分じゃねぇんだわ」
「何言ってるの兄さん? いつから兄さんは拒否権を使えるようになったの?」
「…………」
昼休み、目の前の空白になった席に、すっぽりと収まる1歳差の妹に、俺はローテンションで話し掛けた。
揚羽は相変わらずニコニコ笑顔だが、俺のPCに手を伸ばして来て、その手を俺は掴み取る。
いつも受けるだけの俺が、今日は破壊されるのを拒否したのが意外だったのか、揚羽の表情が強張った。
「なぁ、揚羽。俺はさ、本当に女ってものが信じられなくなって来たのかもしれない。なんなんだよ……どいつもこいつも……。いつまでガキの振る舞いをしてれば気が済むんだ」
「……何それ? 例の居候ちゃんの話?」
「それと津月だよ。なんであいつこっちに来たんだ? お前は理由を知ってるんだろ?」
「…………」
揚羽は作り笑顔をやめ、目線を前の席で人に囲まれながら弁当を食べる津月に移した。
津月はこちらに気付くことなく、明るく生徒達とお喋りしていた。
「……さぁ、私にもわかんない。兄さんの事が好きだから、戻って来たんじゃないの?」
そっけない態度だった。
吐き捨てるように言うと、揚羽は手に持った小さいパックの牛乳を、ストローで飲んだ。
知らないのが嘘くさい……だが、嘘をついてる確証も得られない、か。
「やっぱ女って信じらんねぇ。依頼だけくれればいいんだよ、もう知らん」
「兄さんは無駄に優しいから手玉に取られるんだよ。居候なんかと暮らしてないで、さっさとうちに帰って来ればいい。そうしたら、私も嫌がらせしないよ?」
「ヤダね。母さんが死ぬまでは帰らねぇ」
「…………」
揚羽は無言で机を蹴り倒した。
PCやキーボードが無残にも転び、机の中に置き勉してる教科書も散らばった。
……ああ、これだ。
こうしてるうちは自分が役割を果たせていると実感できて、生きる意味に繋がってる気がする。
妹を激昂させる兄なんて最低だが、俺はそれでいいよ。
ガタリと立ち上がり、妹は俯きながら肩を揺らして、俺に問い掛けた。
「……兄さんは、どうしてそこまでするの? 私達兄妹を育ててくれたお母さんなんだよ? あの人は家を開ける事が多かったけれど、ご飯は作って来れたし、家事も毎日やって来れた……。何がダメなの? 何が悪いの? 兄さんは女がわからないって言ったけど、私には兄さんがわからないよ……!」
悲痛な声が教室に響く。
ああ、俺は何をしてるんだろう。
俺を嫌ってる相手に、俺が騙してる相手に相談を持ちかけるなんて、気が狂ってたのだろうか。
揚羽は目から涙を零し、俺を睨みつけていた。
「……私、まだ兄さんのこと、信じてるから。兄さん、昔から優しかった……今でも人の事で悩んでる。だから……」
そこまで言うと、彼女はクルリと身を翻して、大股で教室を出て行った。
……はぁ。
「いっそ、取り違えだった、とかなら言えたのにな……」
寂しく呟くと、俺はバラバラに散らかった物を片付け出すのだった。
相手が言葉にしてない事まで伝わってくる、しかしそれは言葉で表されてないのだから本当かわからない。
津月みたいに正直でハッキリした性格ならわかりやすいものを、なかなかしぶとく口にしないからヤキモキするんだ。
でももし、美頭姫が俺にその心を伝えたら、俺はどうするのだろう。
付き合うって、なんなのかわからない。
カラオケとかボーリングとか遊びに行って、メシ食って――キスとか、して……。
ガンガンガンガンッ!!!
「うわっ!? 何!!?」
気が付くと、俺は机に何度も頭を打ち付けていた。
ヘッドホンが外れてしまい、後ろで勉強している美頭姫が驚嘆して駆け寄ってくる。
「大丈夫? そんなに曲作りうまくいってないの?」
「……いや、なんでもない。虫がいたから潰そうとしただけだ」
「頭使って虫潰そうだなんて、普通しないよ……。悩みがあるなら、私が聞いてあげるけど?」
「いいです、マジで結構です。ちょっと頭がおかしかっただけだ、あっち行ってろ」
「そこまで邪険にされるとなぁ……。なに? 利明、照れてるの?」
「誰がお前なんかに……」
吐き捨てるように呟くと、ぐしぐしと髪を引っ張られる。
地味に痛いからやめてください。
「……そろそろ風呂沸いてんじゃね?」
「え、じゃあ一緒に入る?」
「お前はまたそうやって、俺の純真無垢な愛らしい心に汚い誘惑をしてくる。もういい加減聞き飽きたぜ」
「利明の心、全然愛らしくないから」
「わかったから先に入ってこい」
「はーいっ」
美頭姫は踵を返し、勉強道具を片付けて退室していった。
彼女の姿が扉の向こうに消えると、俺は深くため息を吐いた。
心を弄ばれてる気がする。
アイツは魔性の女だ、俺の眠れる野性に艶かしく語り掛けてくる淫魔のよう。
なまじ可愛いから距離が近いと緊張してしまう。
もう少し距離を置いた方がいいのだろうか?
津月の事もある、2人と上手く付き合って行くにはどうすればいいんだろうか。
「……それも、一弥に相談か」
ギイッと椅子が鳴るまで深く座り、俺は上の空でPCの画面を見ていた。
それからの作業は、ちっとも捗らなかった。
△
朝起きて目覚ましを止め、ポスターに母親が死ぬ事を願い、朝メシを作る。
1日のルーティンを今日もこなし、美頭姫が遅れながらも部屋にやってきて、ヘッドホンを付けた俺の肩を叩く。
ヘッドホンを取って挨拶だけすると、少しパジャマのはだけた彼女は洗濯をしに行った。
すぐに戻ってくると、美頭姫はうろちょろと俺の周りを右往左往して、俺の手元を眺めていた。
「……なんだよ」
「んー? 私も料理、勉強しようと思って」
「俺は豪勢なもん作れねぇし、本格的にやるなら料理本買えよ」
「えー……そんなお金ないって〜」
6万近くのヘッドホンを買ったのはどこのどいつだ。
嘆く彼女を無視して、俺は手を進めた。
「利明、なんかあった?」
「あ? なんもねぇけど?」
「……なんか、今日は冷たいね」
「いつもと変わんねぇよ。ほら、メシにしようぜ」
「うん……」
暗い表情のまま、美頭姫はローテーブルの前に座った。
俺は何も言えず、昨日とは変わって、静かな朝を過ごすのだった。
ポツポツと無難な会話をしながら美頭姫と登校した。
あれからどんどん空気が悪くなり、どうしてこうなったのか想像できないほどになっている。
ちょっと冷たくしただけで――そのちょっとがここまで響くとは、思いもしなかった。
「おっ、はよぉおおおおおおっ!!!」
「うぜぇ」
「むみゃっ!!?」
突然視界を遮る津月の腹に膝を入れると、彼女は面白い悲鳴を上げながら廊下を転がった。
今は気楽なコイツが羨ましい。
素直が一番って本当なんだな……。
朝から良い教訓を受け取りつつ、悶える津月を美頭姫が起こす。
「ツッキー、大丈夫?」
「あたたたた……。ちょっととっしぃー! 出会い頭注意だよっ!!?」
「飛び込んできた分際で何を……。その調子で新幹線のホームでも飛び出せよ。新しい世界にも飛び出せるぜ?」
「天国に向かって飛んで行く……だってツッキー、みんなの天使だもんっ!」
やっぱりウザいので津月を無視し、俺は教室の中に足を踏み入れる。
するといくつかの視線が俺の方を向いた。
超絶美少女ツッキーと仲が良いぼっち――俺に敵対心を持つ奴は多いはずだ。
妹が生徒会役員でダンス部のリーダーと凄い奴だと知られてるから俺に詰問が来ないわけで……。
「……ん?」
ふと思った。
これは俺が、揚羽に守られてるんじゃないだろうか、と。
いや、アイツは俺のキーボードを笑顔でぶっ壊す極悪人になったんだ、そんな筈はない。
頭を振って邪念を払いのけ、俺は席に座った。
いつも通りPCを起動して、いつも通り静かにヘッドホンを付けて作業をする。
最近は美頭姫と一緒のせいで登校時間が少し早く、時間が余っていた。
程なくして、すっかり顔見知りの女子2人も教室に入って来た。
PCが立ち上がるまで来なかったのだ、何か話していたのだろう。
俺には関係ないことだ、すぐに目線をPCに戻すと、俺は作業に明け暮れた。
△
嫌なことは連続して起こる、という話を聞いたことがある。
理由は不明だが、実際そうなのだ。
なのに幸福は連続しないから、人生は嫌になる。
「……悪いけどさ、揚羽。今俺、お前に構う気分じゃねぇんだわ」
「何言ってるの兄さん? いつから兄さんは拒否権を使えるようになったの?」
「…………」
昼休み、目の前の空白になった席に、すっぽりと収まる1歳差の妹に、俺はローテンションで話し掛けた。
揚羽は相変わらずニコニコ笑顔だが、俺のPCに手を伸ばして来て、その手を俺は掴み取る。
いつも受けるだけの俺が、今日は破壊されるのを拒否したのが意外だったのか、揚羽の表情が強張った。
「なぁ、揚羽。俺はさ、本当に女ってものが信じられなくなって来たのかもしれない。なんなんだよ……どいつもこいつも……。いつまでガキの振る舞いをしてれば気が済むんだ」
「……何それ? 例の居候ちゃんの話?」
「それと津月だよ。なんであいつこっちに来たんだ? お前は理由を知ってるんだろ?」
「…………」
揚羽は作り笑顔をやめ、目線を前の席で人に囲まれながら弁当を食べる津月に移した。
津月はこちらに気付くことなく、明るく生徒達とお喋りしていた。
「……さぁ、私にもわかんない。兄さんの事が好きだから、戻って来たんじゃないの?」
そっけない態度だった。
吐き捨てるように言うと、揚羽は手に持った小さいパックの牛乳を、ストローで飲んだ。
知らないのが嘘くさい……だが、嘘をついてる確証も得られない、か。
「やっぱ女って信じらんねぇ。依頼だけくれればいいんだよ、もう知らん」
「兄さんは無駄に優しいから手玉に取られるんだよ。居候なんかと暮らしてないで、さっさとうちに帰って来ればいい。そうしたら、私も嫌がらせしないよ?」
「ヤダね。母さんが死ぬまでは帰らねぇ」
「…………」
揚羽は無言で机を蹴り倒した。
PCやキーボードが無残にも転び、机の中に置き勉してる教科書も散らばった。
……ああ、これだ。
こうしてるうちは自分が役割を果たせていると実感できて、生きる意味に繋がってる気がする。
妹を激昂させる兄なんて最低だが、俺はそれでいいよ。
ガタリと立ち上がり、妹は俯きながら肩を揺らして、俺に問い掛けた。
「……兄さんは、どうしてそこまでするの? 私達兄妹を育ててくれたお母さんなんだよ? あの人は家を開ける事が多かったけれど、ご飯は作って来れたし、家事も毎日やって来れた……。何がダメなの? 何が悪いの? 兄さんは女がわからないって言ったけど、私には兄さんがわからないよ……!」
悲痛な声が教室に響く。
ああ、俺は何をしてるんだろう。
俺を嫌ってる相手に、俺が騙してる相手に相談を持ちかけるなんて、気が狂ってたのだろうか。
揚羽は目から涙を零し、俺を睨みつけていた。
「……私、まだ兄さんのこと、信じてるから。兄さん、昔から優しかった……今でも人の事で悩んでる。だから……」
そこまで言うと、彼女はクルリと身を翻して、大股で教室を出て行った。
……はぁ。
「いっそ、取り違えだった、とかなら言えたのにな……」
寂しく呟くと、俺はバラバラに散らかった物を片付け出すのだった。
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