ぼっちの俺、居候の彼女

川島晴斗

act.6/彼女との関係

 女子というのは過酷だ。
 私がそう感じたのは、いつからだっただろう、もうずっと昔かもしれない。
 とりとめのない会話をして時間を潰し、お互いの寂しさをぬぐい合う。
 感情をぶつけ合ったり、本心を言ったりもする。
 でも、話してたってどうにもならないし、辛いことがあったなら話すより行動すれば良いのに――。

 だから私は家出したし、拾ってもらった。
 いつも1人で居る少年、明星利明くんに。
 他人を寄せ付けず、いつもパソコンを触って居るクラスメイト。
 時たま電話に出ると、敬語で仕事の話をしているし、それ以外は席を立たずにずっとパソコンを眺めている。

 不思議だった。
 友達を作らず、ずっと1人で過ごす。
 一見死んでいるようで、よく見ると彼の表情は千変万化して、本当に周りの事が見えてないよう。

 ずっと、話し掛けたいと思っていた。
 居候になって、それが叶って、見た目よりも随分純情で優しい、ちょっと趣味が悪い人だってわかった。

 高校生にして仕事をし、家庭の事情も複雑で、私なんかより全然凄い人だった。
 彼の事を知ると、私の悩みがちっぽけにすら思えてしまう。

 ――私の名前は――

 ――今までの私は、死んだ――

 ……色々あったけれど、それで私はもろく崩れた。
 私も複雑な環境だったけど、彼は複雑な環境の中でも強く生きている。
 だから少し憧れた。

 男なんて、女の事を体だけの奴だって思ってるケダモノ。
 そう考えてきたのに彼は誠実で、私が何を言っても、抱き付いても、私の方を見ない。

 大人な彼に、心が惹かれるような気がした。
 これが恋、なんだろうか。
 今までにない感情を胸に、昼休みに友達との会話を縫って彼を見る。
 机に深々と座り、どこかに電話する彼に目を向けていた。

 誰と話してるのか、きっとまた仕事なんだろう。
 フフッと微笑むと、彼と視線が重なった。

 しかし、一瞬で逸らされてしまう。
 それからも彼は電話を続けていた――。



 ○○○



「だーかーらーっ、彼女じゃねーつってんだろ」
 《嘘吐くなって。人とつるまない利明が髪の長い女の子と一緒に登校してたんだ。いやぁ、お前に春が来たようで嬉しいよ、俺は》
「あんな能無し、俺と釣り合わないから。マジで何にもできねぇぞ? 居候の話はしたじゃん? 家事全然手伝わねぇし」
 《その分、夜は楽しんでるんだろ?》
「死ね」

 携帯の向こうに最大級の罵倒をぶつけるも、通話越しに高笑いが聞こえてくるばかりで、アイツはこの話題を楽しんでいた。
 通話相手はコンビニ店員であり同級生の津久茂一弥だ。
 今朝偶然にも俺と水姫の登校姿を目撃し、俺に彼女との関係を追求してきている、というわけだ。

 《しかし、お前は女嫌いだと思っていたが、違うんだな》
「俺が嫌いなのは母親だけだ」
 《じゃあその子――水姫だっけ? 十分好きになる可能性はあるよな》
「いや、なんとなく金目当てっぽいんだよなぁー。付き合うにしても表面上だろ? 身震いするわ」
 《女はそこがおっかねぇからなぁ。見た目じゃ良いか悪いか判断できない》
「激しく同意だわ。妹が最近マジヤベェよ。わざわざ教室来て、俺のキーボードぶっ壊しやがった。どーしたもんかね?」
 《本当の事言えば良いじゃん》
「……まだ無理だわ〜」

 そう言って俺は机の上に倒れこむ。
 昨日の今日だから無いと信じたいが、念のため今日は机にパソコンだけ置いて過ごしている。

 《お前ん家もめんどいな〜》
「どこもそうだよ。なんで子供って親と対立するように出来てるんだろうな」
 《お前が対立してんの、親じゃねぇだろ》
「でも親の事情9割じゃん」
 《そうか? 全部妹のためだろ?》
「…………」

 喉から空気を吐けなかった。
 絶句、その言葉で今の状態を表せてしまう。

 《俺、お前のそういう優しい所は本当に尊敬するよ。そのために必死こいて金も集めたんだしな》
「……るせぇー。もともと金持ちだし、そこは関係ねぇよ」
 《シスコンって言葉は嫌いだけど、お前の事は嫌いじゃないぜ》
「それ俺の事嫌いって言ってるのと同じだから! 好きと嫌いで相殺してんだろ!」
 《ぼっちが声荒げんなよ。見苦しいぞ?》
「……お前、覚えとけよ。今度コンビニで会ったら3時間近くクレームしてやるからな」
 《それは勘弁な》

 急に冷静に対応して来やがる。
 まったく、この男は世間話するために昼休みを潰しやがったのか?

「もっとなんか言うことねぇの? なんのための電話だよ?」
 《用事がなきゃ電話しちゃいけないか? そんなんだと友達できねーぞ?》
「……コピー機の前に1時間立っててやる」
 《クレームくるような事は勘弁》

 用がないとわかるや否や、電話をぶつ切りする。
 ふと時計を見れば昼休みはもう終わりで、俺は渋々パソコンを閉じるのだった。



 ×



 放課後、案の定というか、水姫に捕まった。
 今日も清々しいほどの晴天、徒歩で来たためにぼけーっとしながら一緒に歩く。

「お前、本当に評判落ちるぞ? ざまぁ」
「…………」

 隣に立つ美少女に言うと、彼女は無言で俺の靴の先を踏みつけてきた。
 いてぇ……どうしてこう、女ってのは無言で非情なことができるんだ。

「利明はもっと女心を理解したほうがいいよ?」
「なんだよ、女心って。心すらわからないのに女心とかどうすればいいんだよ」
「そして利明は、心を探す旅に出るのでした……」
「完」

 漢字一文字で話を終わらせ、隣に立つ水姫の顔を見ながら思う。
 一弥かずやとの話で、コイツがどういう奴なのか、本気でわからなくなってきた。
 どうせそのうち出て行く奴のことなんてどうでもいいんだけど、悪い虫に付かれるのは嫌だし、疑いの目は晴れそうにない。

「……ん、何?」

 俺の視線に気付き、小首を傾げる水姫。
 直接「お前、金目当てなの?」とは聞けないので、なんでもないと言ってはぐらかす。
 水姫も、そう、と言って前を向いた。

 すると無言になってしまい、どこか気まずかった。
 無言で歩く男女、隣に立っているのに無言。
 …………。

「おい水姫、なんか喋れよ」
「は、はぁ? そんな投げやりに言われたって、最近はテレビも見てないし、話題無いよ」
「うち新聞取ってるの知ってるよな? それ読んで今日から話題作れ。一緒に世界情勢について語ろうじゃないか」
「絶対つまらないでしょ。それなら晩御飯の話でもした方が楽しいって」
「作るの手伝いもしないくせに、何を言うか」
「…………」

 水姫が立ち止まり、俺は数歩前に出てから振り返る。
 水姫の表情には影が落ちていて、イタズラがバレた子供みたいだった。

「……や、やっぱり、家事やった方が……いいよね?」

 おそるおそる尋ねてくる。
 ふむ。

「お前、料理下手くそだろ」
「うっ……」

 予想が当たり、水姫はピシャリと跳ねた。
 家事の代表である料理、おれが調理している間、彼女は勉強してるかスマフォを弄るかのどちらかだった。

「……期待してなかったから、気にすんなよ」
「じゃっ、じゃあ! 洗濯やる!」
「全自動だし、干すのだけな」
「畳むのもあるでしょー!? 今朝だってやったの私だし!」
「そうだなー」

 洗濯といえば、1つ引っかかる事がある。

「今更だけどお前、俺に下着見られても平気だよな」
「はっ!? そ、そんなわけないでしょ!?」
「いや、だって俺、干してあるの見るし」
「ッ〜〜〜〜!!!」

 顔を真っ赤にさせ、声にならない悲鳴をあげる水姫。
 刹那、彼女は俺の胸ぐらを摑みかかり、こう言った。

「責任取って!」
「それはおかしい」

 あくまで冷静に答えてしまった。
 次の瞬間飛んできたビンタを俺は避ける事が叶わず、地面に寄り添うこととなるのだった。



 △



「それで、俺は何故こんな所に居るんでしょう」

 エスカレーターに乗りながら、前に居る水姫に問う。
 すると彼女は振り返り、ニンマリと笑って言う。

「ショッピングモールで放課後デート。いいでしょ?」
「……仕事が――」
「服買わないと〜」
「…………」

 聞く耳持たないようだ。
 俺は深くため息を吐き、ペラリと目の前にあるスカートをめくった。
 水色か、名前の通り――

「この変態っ!!」
「ブッ!?」

 パンツの色を確認すると、裏拳が俺の顔面にクリーンヒットする。
 はぁ……今日も一日、面倒だ……。

「現代ドラマ」の人気作品

コメント

コメントを書く