暗殺者である俺のステータスが勇者よりも明らかに強いのだが

赤井まつり

第69話 ~仁王立ち~



今、“とり万。”の一室はとても異様な空気に包まれていた。
仁王立ちした晶の前には正座をしたアメリアと夜。
夜の場合は猫の姿でただ座っているため、あまり罰には見えない。
余裕そうな夜の隣アメリアの足は限界に近く、ぷるぷると体が小刻みに震えていた。


「さて、言い訳を聞こうか?」


ニッコリと晶が微笑む。
微笑むと言っても口角が少し上がったくらいなのだが、目つきの悪さと普段は変わらない表情がために極悪人のような顔となっている。
流石のアメリアも、足のことがなくてもガクブルだ。


『あ、主殿?アメリア嬢の足がもう限界に近いのだが』


とりあえず夜がとりなすように言うが、温度のない瞳がアメリアが夜に向けられて、あまりの迫力に夜は口を噤んだ。
銀ランクの冒険者と魔王の右腕だった魔物を震え上がらせる瞳にもはや慈悲の色はない。


「何言ってんだ、限界は超えるためにあるんだろ?」


どこかの漫画でありそうなセリフが放たれるが、使い方が百八十度違う。


「まあ、反省もしているみたいだし、今後しないって約束するんなら、立っていいぞ」
「約束する」


ようやく地獄の拷問から開放されると、アメリアは瞳を輝かせて即答した。
むしろここからが地獄だとは知らずに。

時は二時間ほど遡る。

どうにかして先代の勇者のパーティーメンバーだったクロウから必殺技を教えてもらいたくて、粘っていたアメリアは時間を忘れていた。
とりあえずクロウの家に場所を移し、再び頼み続ける。
クロウの家は隣に立派な鍛冶工房があり、クロウが天才鍛冶師だということを思い出させた。
家は木造の平屋で、ベットと机、台所の他に物がなくとても質素だ。
木造と言っても、隣で火を使うのでもしもの為にこの世界に生えている絶対に燃えない木で作られているのだが、それは夜にも分からなかった。


『アメリア嬢、そろそろ帰らねば主殿が心配するぞ』


夜が警告するように声をかけるが、アメリアは頭を下げたままうんともすんとも言わない。


「いくらそうしてたって、私は何も教えないぞ」


クロウは椅子に座って優雅にお茶を楽しみながら、頭を下げるアメリアに目もくれず、高級そうな菓子を頬張った。


「お願いします。教えてください」


なおも頭を下げ続けるアメリア。
夜は呆れたようにクロウを見やった。


『ここまで頼んでもダメなのか?』


クロウが体をひねって夜を見る。


「いくら私でも、王女様の生死がかかっているとなると慎重にならざるおえないからな」


飄々と応じるクロウに夜はぴしりと額に青筋を浮かべる。
アメリアがぴくりと反応した。
その唇は悔しそうに噛み締められている。


「そうだ魔物、晩までに帰らないといけなかったのではなかったか?」


クロウが窓の外から外を眺めると、既に若干空が暗くなりかけており、とうに晩御飯の時間は過ぎていた。
もし夜の顔色が伺えたならきっと青ざめていく瞬間が見れただろう。


『アメリア嬢、今すぐに帰らねば。主殿が鬼になるぞ。いや、もう遅いが』


アメリアの頭が遂に上がる。
今まで頭を下げていて血が上がっているはずなのに顔は真っ青だった。


「明日また来るから」


クロウの家を出る時にそう言えば、クロウは限りなく嫌そうな顔でしっしっと手を振った。


「ヨル、宿までどれくらいかかる?」


全速力で走りながら聞くが、夜は顔を青ざめただけで答えない。
目は口ほどに物を言うではなく、顔色は口ほどに物を言うだ。

そして息も絶え絶えで宿に着けばなで肩亭主に心配され、返事を返しながら部屋に入ると鬼が仁王立ちして待っていたという。




「さあアメリア、立ってみろよ」


きっと誰もが一生のうちに一回は足が痺れたことはあるだろう。
そして、痺れたあとのあのなんとも言えない感覚がとても気持ち悪く、痛い事も知っていると思われる。
アメリアは四つん這いのまま生まれたての小鹿のように四肢をぷるぷると震わせて涙を浮かべた。


『アメリア嬢・・・』


夜は気の毒そうにアメリアを見やる。
王女のアメリアは、きっと生まれてこの方足が痺れるまで正座をしたことがないだろうから、少しやってみようと思ったのだが、思いのほか効果があり、今度から時間に遅れた罰はこれにしようと思う。


「さて、今度から晩御飯までには帰ってこいよ?」


念を押すように言うと、夜とアメリアは首をがくがくと振った。

しばらくしてアメリアの足が回復すると、遅めの晩御飯をとる。
一応宿でも食事をもらうことは出来るのだが、料金が別でかかる上にアメリアが屋台のご飯の方が好きだというので、朝昼晩全て屋台飯だ。
最も、屋台が多すぎるために一食ずつ屋台を変えても飽きることはないため、晶と夜も了承している。
そして、密かにアメリアが屋台の制覇を狙っていることにも気づいていた。

食べながら、今日あったことなどをみんなで話す。


「どうやら一気に黄ランクまで上げるにはギルドの信頼と黄ランク以上の実力を示さないといけないらしい。アメリアの時はどうだった?」


ハムスターのように口いっぱいに頬張っていたアメリアは全部飲み込んでから話し始める。


「分からない。エルフ族領の冒険者ギルドは活発な獣人族領の冒険者ギルドと違っていつも静かだから。クエストとかもほとんどなくて、倒した魔物の魔石と素材を換金する場所みたいな使い方しかしてない。そもそも黄ランクなんかずっと前すぎて・・・いつの間にか銀ランクまで上がってたことしか知らない」


そう言えばエルフ族は長寿だったな。
アメリアの行動が子供っぽすぎて忘れていた。
きっとアメリアも、銀ランクに上がったのはかなり前なのだろう。


「まあ、どうにかして黄ランクまで上げて材料取ってくるから、二人は今日みたいにしててくれ」


夜とアメリアは顔を見合わせる。
クロウを追いかけていったアメリアは知っているが、その後アメリアがずっとクロウに付きまとっていたことを晶は知らないのだ。
あるのはアメリアと夜に対する絶対の信頼だけ。
だから、アメリアが何をしていて晩御飯の時間に遅れたのか、晶は聞かなかった。

目配せでアメリアは夜に言わないでと伝える。
夜はその意味を正確に感じ取ってこくりと頷いた。


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