男女比が偏った歪な社会で生き抜く 〜僕は女の子に振り回される

わんた

23話

 中間テストの最終日。
 はやる気持ちを抑えて、一人、自室で考えごとをしている。もちろん、勉強について考えているわけではない。

 一体、何のために生きているのだろう。

 僕はそろそろ、その答えを出すべきなのだろう。
 母さんや絵美さんに勧められるままに生きてきた二回目の人生。前世とは道筋は違うものの、死ぬ直前の疑問に答えを出せなければ、同じことを繰り返してしまう。そんな予感が、僕にはある。

 彩瀬さんは自分の居場所と僕を守るために生きると決めたように、僕も何のために生きるのか。その意味を見つけて、神山ユキトとしての人生を歩みたい。

 生きる意味――そのことについて考えるヒントは、この前の事件にある。騒動が終わった後、「彼女たちを助けたい」と思い行動した。強い気持ちを持って積極的に動いたのは、あの時が初めてだったのかもしれない。

 前世の記憶がなければ、助けようとは思わなかった。これは間違いない。記憶が残っているからこそ、この世界に違和感を覚えるし、それを含めて神山ユキトという人間は成り立っている。この違和感こそがアイデンティティだと、今なら胸を張って言える。

 男性を求める欲望が満たされず、迷走する女性と社会

 男性が少ないが故に女性は「何としてでも手に入れなければならないと囁く本能」と「もしかしたら、手に入らないかもしれない漠然とした不安やプレッシャー」と戦っている。そして、一部の女性はそれに振り回されてしまい、不幸な結果を生み出していた。

 これが、違和感の正体だろう。

「男性を求める欲望。男性欲に振り回されて不幸になる女性を助ける」

 思わず口にしてしまったけど、悪くはない考えだ。

 彼女たちを全て救うことは不可能かもしれないけど、出来る限り多くの女性が持つ、男性欲を満たして不幸になる人を減らしたい。もちろん、楓さんや彩瀬さんといった身近にいる女性についても同じだ。

 一人でも多くの男性欲を満たしてあげる。そのために人生を使ってみるのも悪くはない。

「まずは、ハーレムを作るべきなんだろう」

 今までは、失敗した結婚生活を思い出してしまって、恋愛について一歩踏み込むことができなかった。でも、それは楓さんや彩瀬さんのことが嫌い・無関心というわけではない。むしろ愛情に近い感情は抱いている。これは間違いない。だからこそ、彼女たちの愛情に応えるためにも、今度は僕の方から歩み寄るべきだろう。

 中間テストが終わって落ち着いたら、指輪を買ってハーレムに入ってくれとプロポーズをしよう――と、そこまで考えて、飯島さんの顔が頭の中に思い浮かんだ。

 彼女は、恋愛してハーレムに入りたいという願いと、お見合いとの間で板挟みになって苦しんでいる。彼女は何度も「お見合いはしたくない」といったサインを出していた。彼女らしい控えめな方法だったけど、僕にアピールしていたのは、勘違いじゃないと思う。

 もうその先を想像して怖がるのはやめよう。僕のハーレム候補になることで、彼女の恋愛欲が満たさせるのであれば、彼女の願いを叶えてあげたい。

 彼女と出会って一ヶ月弱。楓さんや彩瀬さんほどの愛情を抱いているわけではないけど、彼女を見捨てられないほどには、好意を抱いている。

◆◆◆

「うーん。テスト終わったー!」

「最後までやる気を切らさずに頑張ったね。平均点は超えそう?」

 少しからかうようなトーンで質問をする。

「うーん。どうだろう? 自信はあるけど……ちょっと不安かな」

「いつもみたいに《自信あるよ!》って、言い切ると思ったのに意外だね。彩瀬さんでも不安になることあるんだ」

「不安に感じる時はあるよー! そんな不安な私を慰めて?」

 そういって抱きつこうとしてきたので、カバンを盾にして避ける。止まることができず、そのままカバンに抱きついている。

「慰めになるかわからないけど、テストが終わったし打ち上げをしようか! 実は、男性が同伴していないと入れない施設を予約しているんだ」

「やったー! もちろん行くよ! でも、ユキトからのお誘いなんて珍しいね? あ、嫌ってわけじゃないよ! ただ、何かあったのかなと思って……」

「テストが終わったら遊びに行きたくなるものでしょ? 細かいこと気にしないで遊びに行こうよ」

「うん!」

「飯島さんもどう?」

 テストが終わったのに帰ろうともせず、僕たちの会話をながめていた飯島さんにも声をかける。彼女には必ず来て欲しい。

「え? 私もいいの? でも、どうしようかな……」

 お見合いを希望する人にとって、男性と遊びに行くのはギリギリのラインだ。悩むのもわかる。でも、彼女ともっと近づきたいので、ここで逃すわけにはいかない。

 彼女の手を取って、もう一度、お願をいすることにした。

「実は、飯島さんもの分も予約しているんだ。友達と遊ぶだけと割り切って参加してくれないかな……」

 手を握られて驚き、助けを求めるように彩瀬さんの方を向く。

「え……どうしよう……彩瀬ちゃん?」

 彼女は、こういう時は必ず僕の意図を察して賛成してくれる。彼女に聞いても、僕の味方が一人増えるだけだ。

「さおりも一緒に参加しようよ! 一緒に遊びたいな!」

 そう言われてしばらく悩んでから結論がでた。

「……友達と遊びに行くだけだもんね。そうだね。何も問題ないよね。お邪魔じゃなければ、私も参加するね」

 その一言で、予定通り全員参加することが決まった。さっそく、絵美さん・楓さんに電話で事情を説明してから車でお台場方まで移動し、複合エンターテイメント施設ラウンドツーに到着した。

 室内に入ると受付があり、名前を告げてから鍵を渡しもらい、個室まで移動する。移動する途中に一人の男性とすれ違った。男性を中心に三人の女性が囲んでいて、その後ろを五人の女性が離されないようにと、必死に歩いてたいのが印象的だった。

 全員同じような年齢だったので、僕たちと同じでテストの打ち上げに来ていたのだろう。

 予約した部屋は、三十人は入れる広い部屋だった。床はフローリング、白い壁紙、おしゃれな照明。壁に掛けられたテレビ、コの字型のソファーとローテーブル。マンションの一室のような内装でだった。

 飯島さんはこの手の施設には慣れていないようで、「ふぁー」と口を開けてつぶやいている。普段はそつなくこなす彼女の少し間抜けな表情に、思わずドキッとしてしまった。

「ユキトは入り口で少し待っていてください。これから怪しいモノがないか調べます」

 どうやら、絵美さんと楓さんは隠しカメラや盗聴器が隠されていないか調べるようだ。そんなこと、一度も気にしたこともなかった。たまに反省するんだけど、僕は隙が多いのかもしれない……。

 部屋の隅々まで調べている二人をぼーっと眺める。調査が始まって五分、問題がないことがわかりようやく室内に入ることができた。部屋のなかには、マイクといったカラオケ機材の他に、ゲームや映画のブルーレイディスクなど色々とあり、長時間遊べそうな道具が揃っている。

「なんだか楽しくなってきたね! 思いっきり遊ぼうよう! まずは歌う? それともゲームでもする?」

 遊び道具を眺めていると、なんだかワクワクしてきた。箱入り息子だから、商業施設に入ったことすらほとんどない。前世の記憶がなかったら、小さい子どもみたい飛び跳ねていたかもしれない。そう思ってしまうほど、気分は高揚している。

「ユキトの歌が聞きたい!」
「いいよ。その前にジュースとお菓子を注文してもらえないかな?」
「そういう雑用は私がやるから」

 絵美さんは雑用係に徹してくれるようで、内線専用の電話付近の床に座って僕たちのことを見ている。

「絵美さんありがとう」

 そうお礼を言ってから曲を選び始める。男性の歌手はほとんどいないので、歌える曲が極端に少ない。少ない選択肢の中から、なんとか歌えそうな曲を見つけたので、マイクを持って歌い始めた。

 実は昔から歌は得意で、お風呂や部屋でよく歌っている。日々の練習のおかげか、音を外すことなく歌いきることができた。

「ユキト歌うまいね!」
「ユキトの歌声は心に染み渡りますね」
「男性の生歌って初めて聞いたけど、すごくいいね」

 彩瀬さんは拍手しながらはしゃぎ、楓さんは思い出すように目をつぶっている。飯島さんは目尻に涙を溜めながら褒めてくれてた。

 その後もジュースを飲んでお菓子を食べて、順番に歌い、一通りカラオケを楽しんだ。今は彩瀬さんと楓さんがテレビの前にまで移動して、格闘ゲームで対戦をしている。僕は飯島さんと一緒に、ソファーに座りながら一進一退の攻防を眺めていた。

「今日の打ち上げは楽しんでる?」

 二人で話すには絶好のタイミングだと思い、意を決して話しかけることにした。

「うん! 今までで一番楽しい!」

 先ほどのカラオケで気分が盛り上がっているようで、いつもより少し大きな声で返事をしてくれた。視線をテレビから僕の方に向けた飯島さんは、ここ最近では珍しくなってしまった満面の笑みを浮かべている。

 これならいける! そう確信した僕は、さらに一歩、踏み込む。

「また一緒に遊ばない?」

「遊びたいけど……お見合いのことを考えると難しいかな……」

先ほどまでの笑顔から、一転して、悲しそうな表情になる。ここで話題を変えたくなるけど、今は我慢をして話を続ける。

「お見合いかぁ。やっぱり大変?」

「大変というか、私が望んだ形じゃないのが……残念かな。ずっと前に諦めていたんだけど……」

 そんな彼女を見て、強い既視感に襲われる。

 自分の気持ちや感情を押し殺して、周りの期待に応えるために生きようとする姿勢。何より自分の望みを諦めてしまったその目は、暖かい結婚生活を諦めて、ただお金を稼ぐために生きた前世の僕と同じだと気づいてしまった。

 きっと、ここで行動しなければ後悔する。そう思うとすんなりと決心がついた。

「飯島さんはどんなことを望んでいたの?」

「素敵な男性と恋愛して結婚する……ことかな。お母さんには、子供っぽいって馬鹿にされるけど、今でも、小さい頃に読んだ漫画の主人公にあこがれているの。学校で知り合って、仲良くなって、ハレームに入って結婚する。贅沢だと思っても、諦めがつかななかったの」

 ここが分水嶺だ。お見合いが決まってしまった彼女の望みを叶えてあげられるのは、僕しかいない。そう思い込むことで、少ない勇気を振り絞って、告白するように緊張しながら考えていた言葉を口にだす。

「……ねぇ。それって僕じゃダメかな?」
「え?」

 何を言われたのか理解できなかったようで首を傾げる。
 ちょっと唐突すぎたかなと反省しながらも、言葉を続けることにした。

「学校で知り合って仲良くなった僕は、夢の条件に合うと思うんだ。僕に不満がなければ、もう一歩進んだ関係にならない?」

「冗談だよね?」

 まっすぐな瞳で、僕を見つめてくる。

 心臓の鼓動は早くなり、全身から汗がふきだしてくるのを感じる。「言うんじゃなかった!」と後悔する気持ちが湧き上がってくるけど、それ以上に「うまくいきたい」という気持ちが強かったので、なんとか最後の一言を口に出すことができた。

「こんなこと冗談でも言わないよ。僕は本気。断っても恨まないから、お見合いをするか、僕のところに来るか考えてもらえないかな?」

「でも……」

 そういって周囲を見渡す。
 今朝、学校に行く前に「飯島さんをハーレム候補に入れるかもしれない」と宣言していて、みんな賛成してくれている。特に、母さんと彩瀬さんは積極的だったのが印象的だった。

「さおりとずっと一緒にいたいな!」

 そういって彩瀬さんが抱きつき、それがきっかけになって、彼女から涙がとめどなく流れ出す。いつの間にか、格闘ゲームは遊び終わっていたようだ。

 しばらくのあいだ、格闘ゲームの音楽と控えめな泣き声だけが聞こえていた。

「いいのかな……。男性に迫られるなんて、贅沢なことをされてもいいのかな……」

「良いんだよ。文句を言う人がいれば僕が守ってあげる」

 心が通じた嬉しさのあまり、飯島さんの背中に腕を回して抱き込んだ。綾瀬さんや楓さんが何か言っているけど、聞こえないふりだ。後でなんでもするから、今は飯島さんとの時間を大切にしたい。

 彼女の体温を十分に感じてから、体を少し離して見つめ合っていると、ようやく告白の答えを口にしてくれた。

「ふつつか者ですが、末長くよろしくおねがいします」

 そう言い切った飯島さんは、今までで見た中でも一番の笑顔だった。

 ……さて、これで終わりだったら気が楽なんだけど、そうもいかない。
 すでに決まってしまったお見合いを、どうやって断るかだ。男性のプライドに関わる問題だ。慎重にことを進めなければいけないだろう。

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