わがまま娘はやんごとない!~年下の天才少女と謎を解いてたら、いつの間にか囲われてたんですけど~
十四話「村の真実を探りましょう」上
急いで荷をまとめ、ネズミを三匹とも逃がしてから、平間たちが壱子に導かれるままに向かった先は、村の中心部・村長の皿江の屋敷だった。
壱子は屋敷の前で小さく息をつくと、平間に皿江を呼ぶように言った。
女である壱子がでしゃばるのを嫌う皿江の性格を考慮してのことだろう。
「お頼みします、皿江殿はいらっしゃいますか!」
平間がそう言ってしばらく待つと、とたとたと皿江の養女・鈴が出てきた。
「あ、壱子お姉さんに沙和お姉さん! それに壱子お姉さんのイイナズケの人も! こんにちは。どうしたの?」
「イイナズケの人」で済まされた平間に、沙和は同情的な視線を向ける。
が、壱子は淡々と鈴に言った。
「お主のお爺さんに会いたい。いるか?」
「分かった! ちょっと待ってね」
元気よく返事をして鈴は戻っていく。
が、壱子は浮かない顔だ。
先ほどから表情が険しい壱子に、平間はいぶかしんで尋ねる。
「壱子、いい加減教えてくれ。あのとき川原で、何に気付いたんだ?」
「そうじゃな……。お主は小さいモノが跳ねていくのを見たか?」
「ええっと、うん、確かに何かが跳ねていた」
「そうか。あれは恐らくネズミの体表に付着していたノミじゃ。そのノミが、私の持ってきた籠とは逆の方向に逃げて行った。それだけではない。どの檻に入ったネズミに付いていたノミも、全て籠からは遠ざかるように跳ねていったのじゃ」
「……それが何か?」
「あの籠はな、平間、昨日私が――」
壱子が何か言いかけたところで、屋敷の戸が開いた。
中から顔を出した鈴が、こちらに手招きする。
「平間、続きは中で話そう」
そう言うと、壱子は鈴に従って屋敷の中へと歩んでいく。
平間も仕方なく彼女に続いた。
――
「それで、私に何の用かな」
鈴に案内された座敷には、既に皿江が座っていた。
平間たち三人もそれぞれ腰を下ろす。
例のごとく鈴も同席しようとしたが、皿江の有無を言わさぬ剣幕で退出を余儀なくされた。
皿江の問いに、まず口を開いたのは平間だった。
「突然押しかけてしまってすみません。僕の連れのこの娘が、皿江さんに聞きたいことがあるみたいで」
指し示された壱子が、ぺこりと頭を下げる。
皿江は無言でうなずく。
それを承諾ととった壱子が切り出した。
「ツツガムシ病、ご存知ですよね?」
「……はて」
皿江は眉一つ動かさずに答えた。
「つつがむしと言ったか。聞いたことの無い虫だ」
「とぼけないでください。皿江様、あなたが『ヌエビトの呪い』の正体がツツガムシ病だと知っていたはずです」
「何を言っているのか分からんな。無学な一介の村長に、そんな病の知識などあろうはずも無い」
「ええ、その通りです。しかしそれは、あなたが本当に『無学な村長』なるものであったら、の話ですが」
壱子の不躾とも取れる物言いに、さすがの皿江もピクリと片方の眉を動かす。
我慢できず、平間は口を開いた。
「壱子、あんまり失礼なことを言うんじゃない!」
「主さま、私は思いつきで申し上げているのではありません」
余所行きの口調で平間の言葉を制すると、壱子は再び皿江に向き直った。
「皿江様、あなたがこの村の長になられる前、どこで何をしていらしたのですか?」
村長になる前って?
壱子は何を――。
「皇国薬学術院の教官をしていた。もっとも、成果を出せずに首を切られたがな。いまから七年前のことだ。それからすぐに、生まれ故郷のこの村に腰を落ち着けた」
皇国薬学術院は、皇国きっての名門の学術機関だ。
その名の通り、薬学や医学に付いての知識を教えたり研究を行ったりする機関だ。
入門を許される者の数は少なく、それもほとんどが貴族や地方の有力者などの子弟くらいの、いわば名門中の名門である。
皿江の返事に、壱子はさらに続けた。
「そんな皿江様なら、ツツガムシのこともご存知なのでは?」
「知らぬ。薬学術院は多方面の分野を研究しているが、研究成果は国の機密として扱われる。いくら教官といえども、専門以外の内容を知る由も無い。それにそのツツガムシ病とやらは、本当にあるものなのか? あるとして、なぜ君のような娘がそれを知っている?」
突き刺すような皿江の問いに、壱子が口ごもる。
皿江の言うことももっともだ。
普通に考えて、壱子のような庶民の少女があれこれと病に付いて知っていることのほうがおかしい。
さすがの壱子も分が悪いと思ったようで、手早く別の話題に入った。
「質問の仕方を変えましょう。皿江様、私たちがこの村に到着した時、あなたが鈴ちゃんを通じて渡してくださったものがありました」
「この村に伝えられていた資料のことか」
「いえ、いま問題なのはそちらではありません。私がお訊きしたいのは――」
そこまで言って、壱子は傍らに置いた自分の荷の中から、小さな木箱だった。
「この香です。実際には鈴ちゃんと沙和を経由して私や平間の下に来ましたが、それは大した問題ではないでしょう」
「ああ、それか。若い娘御には私の古臭い趣味は合わなかったかな」
「いいえ、たいそう助かりました」
壱子はにっこりと笑ってみせた。
が、平間には分かる。
あれは壱子が貴族の世界で揉まれながら身につけた、彼女の歳不相応に巧みな作り笑いだ。
そしてその作り笑いをする時、決まって壱子は何か激しい感情を押し込めている。
しかし壱子の言う「助かった」とはどういう意味か。
平間は首を傾げるが、壱子と相対した皿江は押し黙ったままだ。
壱子はさらに続ける。
「あの日の晩、私は嫁入りした時の後学のために、早速いただいた香を焚いてみました。香の焚き方は様々ありますが、一般的には香を火で熱して煙を出し、それを着物などに当てて香りを付けます。そうですよね」
「そうだな。それがどうした」
「その時、焚いた香の上に逆さにした竹籠をかぶせて、その上に着物を載せて香りを付けたのです。そしてその籠は今日、私たちが別の用途に用いました」
「ほう、別の用途?」
「ええ、ツツガムシが森のネズミに付いているか、という調査です」
壱子がそう言った時、平間の中で繋がるものがあった。
つまり、壱子は森のネズミを殺して吊るすために、香を焚いた籠を使いまわしたということだ。
……で、だから何?
壱子の言いたいことがよく分からない平間は、仲間を探すために沙和のほうをちらりと見る。
すると、目を合わせた沙和はキリリと眉を寄せて、力強く頷いた。
多分これは、よく分かっていない顔だ。
そう結論付けて平間は安心すると、壱子が再び口を開く。
「残念ながらその調査を行うことは出来ませんでした。が、その代わりに予想外の、しかし大きな成果が得られました。私の用意した籠から遠ざかるように、ネズミに付いていたノミが逃げ出していったのです」
壱子の言葉に、黙り込んだ皿江は額の深いシワをさらに深くした。
「それだけではありません。小バエなどの羽虫も籠には近付こうとしていませんでした。これが何を意味するか。主さまはお分かりでしょう?」
「え、僕?」
突然話を振られた平間はうろたえる。
しかし、壱子の「女の自分がでしゃばるのは皿江の機嫌を損ねる」という意図を察した平間は、恐る恐るうなずく。
「も、もちろんです」
壱子の配慮が健全かどうかは別として、皿江は協力者だ。
その機嫌を損ねるのは得策ではないだろう。
……多分。
それにしても、壱子は何を言いたいのかよく分からない。
今までの話をまとめれば、香を焚くのに使った竹籠から虫たちが逃げていった、ということだが……つまり、香には虫除けの効果があったってことか?
いやいやいや、こんなに単純な結論を出したら、きっと馬鹿にされてしまう。
おそらくそれ以外だ。
いや、でも虫除けである以外思いつかないな……。
平間は必死で頭を回すが、壱子と皿江、ついでに沙和の視線が痛い。
逃れたい、というか、これ以上引っ張ったら不自然に思われる。
ああもう、言ってしまえ!
「虫除け、ですよね?」
ごまかしの半笑いで、平間は言った。
皿江は相変わらず険しい顔のままだ。
が、壱子はやわらかい笑みを浮かべる。
「主さまの言うとおりです。皿江様、あなたが私たちに渡した香には、虫除けの効果が、それもかなり強力なものがありました。これが意味するものは一つです」
どうやら、平間の心配は杞憂だったらしい。
しかし、いまだに壱子の意図は見えてこない。
壱子は屋敷の前で小さく息をつくと、平間に皿江を呼ぶように言った。
女である壱子がでしゃばるのを嫌う皿江の性格を考慮してのことだろう。
「お頼みします、皿江殿はいらっしゃいますか!」
平間がそう言ってしばらく待つと、とたとたと皿江の養女・鈴が出てきた。
「あ、壱子お姉さんに沙和お姉さん! それに壱子お姉さんのイイナズケの人も! こんにちは。どうしたの?」
「イイナズケの人」で済まされた平間に、沙和は同情的な視線を向ける。
が、壱子は淡々と鈴に言った。
「お主のお爺さんに会いたい。いるか?」
「分かった! ちょっと待ってね」
元気よく返事をして鈴は戻っていく。
が、壱子は浮かない顔だ。
先ほどから表情が険しい壱子に、平間はいぶかしんで尋ねる。
「壱子、いい加減教えてくれ。あのとき川原で、何に気付いたんだ?」
「そうじゃな……。お主は小さいモノが跳ねていくのを見たか?」
「ええっと、うん、確かに何かが跳ねていた」
「そうか。あれは恐らくネズミの体表に付着していたノミじゃ。そのノミが、私の持ってきた籠とは逆の方向に逃げて行った。それだけではない。どの檻に入ったネズミに付いていたノミも、全て籠からは遠ざかるように跳ねていったのじゃ」
「……それが何か?」
「あの籠はな、平間、昨日私が――」
壱子が何か言いかけたところで、屋敷の戸が開いた。
中から顔を出した鈴が、こちらに手招きする。
「平間、続きは中で話そう」
そう言うと、壱子は鈴に従って屋敷の中へと歩んでいく。
平間も仕方なく彼女に続いた。
――
「それで、私に何の用かな」
鈴に案内された座敷には、既に皿江が座っていた。
平間たち三人もそれぞれ腰を下ろす。
例のごとく鈴も同席しようとしたが、皿江の有無を言わさぬ剣幕で退出を余儀なくされた。
皿江の問いに、まず口を開いたのは平間だった。
「突然押しかけてしまってすみません。僕の連れのこの娘が、皿江さんに聞きたいことがあるみたいで」
指し示された壱子が、ぺこりと頭を下げる。
皿江は無言でうなずく。
それを承諾ととった壱子が切り出した。
「ツツガムシ病、ご存知ですよね?」
「……はて」
皿江は眉一つ動かさずに答えた。
「つつがむしと言ったか。聞いたことの無い虫だ」
「とぼけないでください。皿江様、あなたが『ヌエビトの呪い』の正体がツツガムシ病だと知っていたはずです」
「何を言っているのか分からんな。無学な一介の村長に、そんな病の知識などあろうはずも無い」
「ええ、その通りです。しかしそれは、あなたが本当に『無学な村長』なるものであったら、の話ですが」
壱子の不躾とも取れる物言いに、さすがの皿江もピクリと片方の眉を動かす。
我慢できず、平間は口を開いた。
「壱子、あんまり失礼なことを言うんじゃない!」
「主さま、私は思いつきで申し上げているのではありません」
余所行きの口調で平間の言葉を制すると、壱子は再び皿江に向き直った。
「皿江様、あなたがこの村の長になられる前、どこで何をしていらしたのですか?」
村長になる前って?
壱子は何を――。
「皇国薬学術院の教官をしていた。もっとも、成果を出せずに首を切られたがな。いまから七年前のことだ。それからすぐに、生まれ故郷のこの村に腰を落ち着けた」
皇国薬学術院は、皇国きっての名門の学術機関だ。
その名の通り、薬学や医学に付いての知識を教えたり研究を行ったりする機関だ。
入門を許される者の数は少なく、それもほとんどが貴族や地方の有力者などの子弟くらいの、いわば名門中の名門である。
皿江の返事に、壱子はさらに続けた。
「そんな皿江様なら、ツツガムシのこともご存知なのでは?」
「知らぬ。薬学術院は多方面の分野を研究しているが、研究成果は国の機密として扱われる。いくら教官といえども、専門以外の内容を知る由も無い。それにそのツツガムシ病とやらは、本当にあるものなのか? あるとして、なぜ君のような娘がそれを知っている?」
突き刺すような皿江の問いに、壱子が口ごもる。
皿江の言うことももっともだ。
普通に考えて、壱子のような庶民の少女があれこれと病に付いて知っていることのほうがおかしい。
さすがの壱子も分が悪いと思ったようで、手早く別の話題に入った。
「質問の仕方を変えましょう。皿江様、私たちがこの村に到着した時、あなたが鈴ちゃんを通じて渡してくださったものがありました」
「この村に伝えられていた資料のことか」
「いえ、いま問題なのはそちらではありません。私がお訊きしたいのは――」
そこまで言って、壱子は傍らに置いた自分の荷の中から、小さな木箱だった。
「この香です。実際には鈴ちゃんと沙和を経由して私や平間の下に来ましたが、それは大した問題ではないでしょう」
「ああ、それか。若い娘御には私の古臭い趣味は合わなかったかな」
「いいえ、たいそう助かりました」
壱子はにっこりと笑ってみせた。
が、平間には分かる。
あれは壱子が貴族の世界で揉まれながら身につけた、彼女の歳不相応に巧みな作り笑いだ。
そしてその作り笑いをする時、決まって壱子は何か激しい感情を押し込めている。
しかし壱子の言う「助かった」とはどういう意味か。
平間は首を傾げるが、壱子と相対した皿江は押し黙ったままだ。
壱子はさらに続ける。
「あの日の晩、私は嫁入りした時の後学のために、早速いただいた香を焚いてみました。香の焚き方は様々ありますが、一般的には香を火で熱して煙を出し、それを着物などに当てて香りを付けます。そうですよね」
「そうだな。それがどうした」
「その時、焚いた香の上に逆さにした竹籠をかぶせて、その上に着物を載せて香りを付けたのです。そしてその籠は今日、私たちが別の用途に用いました」
「ほう、別の用途?」
「ええ、ツツガムシが森のネズミに付いているか、という調査です」
壱子がそう言った時、平間の中で繋がるものがあった。
つまり、壱子は森のネズミを殺して吊るすために、香を焚いた籠を使いまわしたということだ。
……で、だから何?
壱子の言いたいことがよく分からない平間は、仲間を探すために沙和のほうをちらりと見る。
すると、目を合わせた沙和はキリリと眉を寄せて、力強く頷いた。
多分これは、よく分かっていない顔だ。
そう結論付けて平間は安心すると、壱子が再び口を開く。
「残念ながらその調査を行うことは出来ませんでした。が、その代わりに予想外の、しかし大きな成果が得られました。私の用意した籠から遠ざかるように、ネズミに付いていたノミが逃げ出していったのです」
壱子の言葉に、黙り込んだ皿江は額の深いシワをさらに深くした。
「それだけではありません。小バエなどの羽虫も籠には近付こうとしていませんでした。これが何を意味するか。主さまはお分かりでしょう?」
「え、僕?」
突然話を振られた平間はうろたえる。
しかし、壱子の「女の自分がでしゃばるのは皿江の機嫌を損ねる」という意図を察した平間は、恐る恐るうなずく。
「も、もちろんです」
壱子の配慮が健全かどうかは別として、皿江は協力者だ。
その機嫌を損ねるのは得策ではないだろう。
……多分。
それにしても、壱子は何を言いたいのかよく分からない。
今までの話をまとめれば、香を焚くのに使った竹籠から虫たちが逃げていった、ということだが……つまり、香には虫除けの効果があったってことか?
いやいやいや、こんなに単純な結論を出したら、きっと馬鹿にされてしまう。
おそらくそれ以外だ。
いや、でも虫除けである以外思いつかないな……。
平間は必死で頭を回すが、壱子と皿江、ついでに沙和の視線が痛い。
逃れたい、というか、これ以上引っ張ったら不自然に思われる。
ああもう、言ってしまえ!
「虫除け、ですよね?」
ごまかしの半笑いで、平間は言った。
皿江は相変わらず険しい顔のままだ。
が、壱子はやわらかい笑みを浮かべる。
「主さまの言うとおりです。皿江様、あなたが私たちに渡した香には、虫除けの効果が、それもかなり強力なものがありました。これが意味するものは一つです」
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