わがまま娘はやんごとない!~年下の天才少女と謎を解いてたら、いつの間にか囲われてたんですけど~

Mt.hachi_MultiFace

十五話「木を見て森を見て、足元を見ましょう」中


「壱子、落ち着いて一つ一つ整理してみよう。ヌエビトらしき何かが村の広場に首を晒したのは、いつごろのことなんだ?」
「時間か。ヌエビトの影を見た村人は二人いて、一人は四十くらいの農夫、もう一人は三十前後の女じゃ。目撃した時間はいずれも真夜中、丑三刻うしみつどきじゃった」
丑三刻うしみつどき……いかにも妖怪らしい時間だ。そういえば隕鉄さんは昨日、皿江さんの屋敷を見張っていたって言ってませんでしたっけ?」

 どかっと部屋の隅に腰を下ろした隕鉄は、重々しくうなずいた。

「確かにそうだ。しかし皿江の屋敷には何も動きがなかった。皿江はヌエビトとは関係ないだろう」
「広場の方の様子は……?」
「生憎だが、広場が死角になる位置を取って見張っておった」

 申し訳無さそうに隕鉄は首を振る。
 もし隕鉄がヌエビトを見ていたら、その情報はかなり確度が高い。
 しかしそれが無いということは、まだヌエビトの存在を疑う余地があるということだ。

「沙和さん、ヌエビトを見た人は、どういう姿だったって言っていました?」
「二人とも『二つの頭を持った巨大な人影が森のほうからやってきて、しばらくしてから帰っていった』って言ってたけど……まあこれまで通りだよね」
「巨大って、どれくらいですか」
「うーん、七尺とかって話だからなあ。隕鉄さんより大きいくらい?」
「それは巨大ですね……」

 平間はチラリと隕鉄の方を見ると、視線を向けられた隕鉄は大げさに慌ててみせる。

「言っておくが、我はヌエビトではないぞ?」
「大丈夫です、分かっていますよ。ねえ壱子……壱子?」

 しばらく黙っていた壱子に目をやると、壱子はちゃぶ台に突っ伏して固まっていた。
 平間の呼びかけにも動かず、くぐもった声を上げる。

「平間、私は分からぬ。私はてっきり、皿江が何かを隠しているのではないかと思っておったし、何かしらヌエビトに関与しているものと思っておった。しかし今朝の一件で、その線も無くなってしまった」

 そう言って壱子はズルズルとちゃぶ台から滑り落ちると、横にいる沙和の膝にうつぶせに寝そべった。
 予想外の接近に、沙和がパァッと顔を明るくさせると、うっとりと壱子の艶やかな髪を撫で始める。
 ずいぶんと打ち解けたものだ、と平間が改めて感心した。
 嬉しいような寂しいような、複雑な心地が平間の胸の端に沸いて出る。

 沙和にも心を許した壱子は、いまや完全にダメ壱子に戻ってしまった。
 ぼちぼちおやつを要求し始めるんじゃないか、という予感さえする。

「平間、何か食べたい。頭に栄養が必要じゃ」

 そら見たことか。
 平間は苦笑して、何を用意しようか考えていると、隕鉄と目が合った。
 見た目に似合わず台所に立つと辣腕を振るう隕鉄のことだ、もしかすると何かいい考えがあるのかもしれない。

「隕鉄さん、行きますか」
「ご指名とあらばそうしよう。沙和殿の至福の時を邪魔するのも悪いしな」
「あはは、お気遣いありがとうございます」

 本当に嬉しそうに笑う沙和を置いて、平間と隕鉄は台所へと向かった。


――


うじじゃ! 蛆が鍵であった!」
「壱子、いま食事中だから」
「すまぬ、しかし蛆のことを忘れておった!」
「そうだね、でもいまは食事中だから黙って」

 ぴしゃりと平間が言うと、壱子が頬を膨らませてにらんでくる。
 が、迫力と呼べるものは皆無で、むしろ可愛らしい。

 さきほど平間と隕鉄で話し合って、結局早めの昼食にすることになった。
 いまはの昼食のさなかで、壱子はいつもどおりに見ていて気持ちが良くなるほどパクパクと口を動かしていた。

「では、その名を言わなければ良いか? アレはハエが死体に卵を産みつけることで出てくるものじゃ」
「名前を言わなくても、話が十分にえぐいけどね」
「まあそう言うな。そういう性質ゆえ、アレは生きているものには出てこない。私たちが普通に生活していて体からアレが出てきたら嫌じゃろ?」
「嫌すぎるよ。……で、それがなんなの」
「ふふふ、平間、お主はヌエビトと聞いてどんな姿を想像する?」
「どんな姿って……」

 予想外の壱子の問いかけに、平間は口ごもる。
 しばし考えた後、平間はゆっくりと口を開いた。

「そりゃあ、頭が二つあって、大きくて、森に住んでいて、夜に現れて……」
「外観はそうじゃな。では、知性はどうじゃ?」
「知性? 話を聞いている限りでは動物的な印象が強いから、あまり頭がよさそうには思えないな」
「そうじゃ。しかし今朝の一件では、その印象が大きく覆る」
「覆るって、つまりヌエビトには知性があるってこと?」

 壱子は大きくうなずくと、漬物を箸で取って口に入れる。
 それをのんびりと咀嚼して飲み込むと、目を輝かせて言った。

「隕鉄、この漬物は美味いな!」
「お嬢にお褒めに預かり光栄だ。ここに着いてからすぐに仕込んで置いたもので、まだ付け具合が浅いと思っていたが、問題ないようだな」
「うむ、箸が進むぞ。まだあるか?」
「裏にはあるが、あまり食べ過ぎるとなくなってしまう」
「そうか……では仕方ない。我慢する」

 しゅんと肩を落とす壱子に、平間は辛抱ならずに大声でつっこむ。

「何の話をしているんだ壱子、ヌエビトはどうなった!?」
「そう大きな声を出すな。食事中じゃから話題に気を付けろと言ったのは、他でもないお主ではないか」
「それは、そうだけどさ」
「どうじゃ、お主がどうしてもと言うのなら、教えてやらぬことも無い」
「む、ずいぶんと高飛車じゃないか」
「そう言うな。しかし私は寛大じゃから、代わりの案も用意してある」

 壱子はそう言って、視線を平間よりも下のほうに向けた。
 ちょうど平間の食事の皿があるところだ。
 ……何を言い出すか、なんとなく想像がつく。

「お主の漬物をくれ。そしたら話す」
「……あのねぇ」
「お嬢、そこまで気に入ったのなら、お代わりを持ってくるが――」
「良いのじゃ隕鉄、私は平間がこの漬物を手放してでもヌエビトを知ろうとしているのか試したい。それだけじゃ」
「いやいや壱子ちゃん、漬物を食べたいってのは絶対にあるでしょ」
「……」

 苦笑して言う沙和の声を無視して、壱子は立ち上がる。

「……さあどうする、平間っ」

 左手は腰に当て、右手で勢い良く平間を指差して壱子は言う。
 その姿は中々にサマになっているが、これが貴族の娘らしいかと言われると、百人が百人とも首を横に振るだろう。

 さてどうしたものか。
 平間がそう思案していると、壱子の横に座っている沙和が壱子の膝裏ひざうらに手刀を食らわせた。
 その勢いのまま膝を曲げて、壱子はすとんと正座して元の位置に戻る。
 あまりの鮮やかさに何をされたのか分からなかったのだろう、壱子はしばらく豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、ハッとして沙和にくってかかる。

「なにをする、沙和!」
「ダメだよ壱子ちゃん」
「……な、何がダメなのじゃ」
「お行儀悪い。自分でも分かってるでしょ?」
「う、それはそうじゃが……」
「じゃあほら、変な意地張ってないで壱子ちゃんの考えを言ってあげてよ。私の漬物を代わりにあげるからさ」
「……しかたない。それで手を打とう」

 しぶしぶ承諾する壱子の頭を、沙和がぽんぽんと撫でた。
 壱子もまんざらではなさそうだが、それ以上のことに平間は気付いた。

 壱子が、手懐けられている……!

 何年もかけて平間や隕鉄が御し得なかった壱子を、沙和はたった数日で完全に手の上で転がしている。
 一体どんな方法を使ったというのか。

「沙和さん、前に子守の仕事とかやってました?」
「やってないけど、どうして?」
「いや、だったらなんでもないです」

 不思議そうに首を傾げる沙和を横目に、壱子が口を開く。

「ヌエビトに話を戻そう。私はヌエビトに知性があるのではないか、と言ったが、その理由は犬の首の状態にある」
「首の状態? 杭に刺さってたってこととか?」
「いや、杭はあまり関係ない。先ほども言ったが、問題はうじじゃ。あ、アレと言わねばならなかったか。アレが出てくるには親が卵を産み、それがかえる、という経過を踏まなくてはならぬ。つまり、死体の主が死んでからおよそ一日、早くても半日かかるのじゃ」
「なるほど、つまりヌエビトがあの犬が殺してから、最低半日は経っているってことね。だとすると発見したのが今朝だから、ヌエビトは昨日の夕方より前に犬を殺したと」
「そういうことじゃ。もし一日前なら、ちょうど昨日の明け方辺りになる。それだけではないぞ」

 そう言って、壱子はニヤリと笑う。

「さっき私は『目は濁っているか』と聞いたじゃろう? あれは、死ぬと涙が止まって目が乾き、表面が白く濁って見えるのじゃ。そしてその度合いは、時間に比例する」
「時間に?」
「そう、そしてお主は『普通では考えられないくらいに濁っている』と言っておった。今思えば、私が直接見た方が良かったかも知れぬが……まあ良いじゃろう。さて、あの犬が白内障しろそこひであった可能性もあるが、そうではないとすれば、そこまで濁るのには死後数日はかかる」
「ということは……」
「ヌエビトはわざわざ数日前に犬を殺して用意しておった。そういうことになるな」

 数日前といえば、平間たちがこの勝未村に来た日か、初めて森に入った日だ。
 そのくらいからヌエビトが犬の死骸を用意していたとなると、ずいぶんと計画的な印象を覚える。
 壱子が「ヌエビトには知性がある」と言っていたのは、こういうことか。

そう考えると、ヌエビトが本当に妖怪なのか怪しくなってくる。
いや、その正体はむしろ――。

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