ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task2 準備を整え、戦場へ向かえ


 何の気なしに、俺は砦の跡地から立ち去った。
 今はこうして、緑あふれる広大な平原をぶらついている。

『で? その背後霊状態も仕様のうちなのか?』

 倒した後も通話が可能なのは常識の範囲内として、移動しながらも俺の様子が解るらしいというのは。
 そりゃどう考えても、仕様とは思えない。

『バグ、じゃないでしょうか。あたしがここにいる事それ自体が、そもそも仕様の範疇では考えられませんが』

『そうかい。次は何をすればいい』

 仕事とは関係なさそうだし、さっさと本題に入ろうじゃないか。

『お待ちを。確かリストが……』

 こりゃあたまげた。
 ゲーム内でテキストファイルを管理して、それの受け渡しができるのか。
 何となくだが読めてきたぜ。
 この自由度の高さはテーブルトークRPGの延長線上にあるからだ。

 紙とペンと参加者の想像力と会話、それと多くの場合においてダイス。
 これさえあればTRPGは楽しめる。

 俺もこのゲーム……サウンド・オブ・フェイスだったか?
 遊んでみたかったな。

 ――いや現在進行形で遊んでいるじゃないか。
 それも、俺の好きなスタイルで。
 多くのプレイヤーが望まない形で。

『ありました。これを』

 何もない空間から、紙束が手渡される。
 なになに。

 これは、メンバーのリストか。
 バトル系ギルド最大手“Big Spring”とやらの。
 それと、主な狩場らしい地名も書かれている。

『ここに書かれた場所を襲撃すればいいのかい』

『えぇ。端的に言うと』

『この、右端の数値は?』

 地名らしき固有名詞の右端には、二つの数値が書かれていた。

 例えば、
 “クレストブルグ ・・・ 55 68”
 といった具合に。

『その砦を拠点としているメンバーの平均レベルと、人数です。左が平均レベル。右が人数』

『両方の数値が高いところを襲えばいいんだな?』

『そうですね。罪人レベルは、殺害したレベル数の合計が多いほど上がっていきます。
 そして、このBig Springはランクの高い罪人を優先的に討伐していきます』

 その罪人レベルとやらのシステムは知らんが、要するにロナの説明通りにやればいいんだろう。
 さして重要な事じゃない。
 それより問題は、ロナが連中について詳しすぎる事だ。

『随分と詳しいじゃないか』

 俺をハメようとしているのか?
 いや、まさかな。
 メリットが無い。

『そりゃあ不倶戴天の敵ですから』

『そうかい』

 個人的な復讐って事だ。
 依頼書には詳細な内容が書かれていなかったが、乙女のプライバシーに首を突っ込むほど俺はデリカシーの無い奴ではない。
 それに、放っておけばこいつが勝手に口を滑らせてくれるだろう。
 聞いて欲しいという欲望すら感じられる。

 どこで何をこじらせたのかは知らんが、せいぜい悪い虫に食われないよう気をつけるこった。
 出会い目的で近付いて来るゴミ虫は、いつなんどきいかなる場所にでも現れる。
 そういう奴さえ出なければ、前世の仕事もシフトに穴が空く事だって……!

 情熱は時として劇薬になりうる。
 酒の弱い奴に、度数の強い酒を呑ませるようなものさ。

『この手のゲームには、直接移動というものがあると思うが』

『砦に直接移動できるのは、ギルドメンバーか、パーティ契約を結んでいる方だけです』

『あちらさんから来るのを待とう。大きな街は?』

『真っすぐ行けば、そこにあります。あの、まさかとは思いますが……?』

 ロナの声音に、困惑の色が交じる。
 俺の考えを理解しているらしい。

『予想はしているんだろ? たかがゲームだ。俺は最初から最後まで、その姿勢でやるぜ』

『で、ですが、レベルの高いキャラはみんな砦に集中していますよ?』

『だったら数で補えばいい』

『それまでにあんたがやられたら話にならないんだって!
 どんなに強くても、数で押されたらそれまででしょうが! ほんっと、おめでてぇな!』

 しまいにゃキレた。
 復讐に付きあわせたのはお前さんだ。
 得体の知れない悪魔を呼び寄せたのも。

『おめでたいのはお前さんだろう。誰が正面から戦うと言った?』

『え、う……』

『それとも、何か別の理由があるのかね』

『……ない、です』

 ダウトだ。
 その妙な間が全てを証明しているぜ。
 この世界・・・・に未練がある証拠じゃないか。

 それはいい。
 だからこそ暴れまわる甲斐があるってもんだ。
 お前さんを含めたあらゆる連中の綺麗事を、片っ端から砂粒にしてやる。



 ―― ―― ――



『ここかね』

『……はい』

 城壁に囲まれた、大きな街。
 行き交う人々は仮初の平和を疑う事無く、悠々とした歩調だ。
 これから始まる惨劇に、否応なしに参加するなんて少しも考えちゃいないんだろう。

『街にモンスターは湧くか?』

『そうさせるアイテム、“召喚の石版”というものはあります。レアドロップアイテムですが』

『この手のゲームなら、お店を開くジョブくらいはあるだろう。あるよな?』

『さあ、どうでしょう』

『往生際の悪い奴だ。そら、見つけたぜ』

 露天商人が、頭上に平たい板のようなものを浮かせている。
 その板には品書きがつらつらと書かれていた。
 そんな感じの奴らが、大量に並んでいる。

『……はぁー』

 聞こえよがしにため息を付いて、俺が容赦をするとでも?
 これと、これを……よし、オーケーだ。

『悪い知らせが二つある。ちょっとクソッタレな話と、それよりももう少しだけクソッタレな話、どっちから聞きたい』

『どちらにせよクソッタレなんでしょ。お好きな順番でどうぞ』

『まずちょっとクソッタレな話だが、どうやら石版を売っているみたいだな。
 ランク別で価格も違うようだ。金色のは高いな』

『は!? 嘘!? 魔神の石版なんて、都市伝説じゃ……あ、いえ、続けて下さい』

『更にクソッタレな話は、俺がこれを買うことができるって話さ』

 前回の報酬を、外貨両替しといて良かったぜ。
 こっちは拠点じゃないと両替できないからな。

 金額については、ご想像にお任せしよう。
 数値を羅列したところで、喜ぶのは数学依存症のそろばん人間どもだけだろう。
 そんなもんは、銀行員にやらせときゃいいんだよ!

『マジでやるつもりですか』

『嫌なら他を当たってくれてもいいんだぜ』

『それは、その……困りますよ。あんたを雇ったの、高く付いたんですから。
 これでキャンセルしたら、割にあわないじゃないですか』

『それじゃあ、やらせてもらおう』

 ロナの口調で気付いたが、街の中でも戦えるんだな。
 襲撃イベントをやったりするからか?

 ありがとう、運営。
 ありがとう、プレイヤー諸君。
 これは形ばかりの、心にもない感謝だ。
 たっぷり受け取ってくれ。

「Ladies and Gentlemen! ごきげんよう、俺だ。これより始まるは、サプライズのショータイム。良い子は便所済ませてネンネしな! そうでない奴は俺と一緒に踊ろうか!」

 虐殺を続ければ、必ず奴らは目をつける。
 モンスターもPKキャラも、奴らBig Springの連中は討伐数トップだ。
 順位に至るまでの過程は、今更もう重要じゃない。

 奴らがその順位にこだわって、どのように動いてくるかがカギなのさ。

 親愛なる無辜の民の諸君は、ちょっとだけデスペナを享受してくれ。
 運がよけりゃ誰かが仇をとってくれるぜ。



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