ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Final Task 奴らのリベンジマッチに勝利をくれてやれ!


「ファイヤーボール! フロストアロー! ライトニングボルト!」

 言葉通りの内容だ。
 魔法使いのマキト君が使う魔法は、実に教科書的で、野犬を相手に使うようなもので俺に打撃を与えようと、或いは(より好意的に解釈するなら)牽制しようという姿勢が見られる。

 間抜けが。
 こんなのは、俺というイベントボスを相手に一つも意味を成さない。
 甘党がバケツいっぱいのコーヒーを飲まなきゃならないとして、砂糖をひとつまみしか入れない馬鹿がどこにいる?

「……カウンターマジック」

 俺は煙の壁でそれらを受け止め、でまかせで相手の魔法を再現する。
 カウンターマジックの魔法はオーダーもしていないし、自力で覚えてもいない。
 だが、そういった事情を目の前の連中は少しも知らないだろう。

 今夜出会ったばかりの見知らぬ異物について、初めから充分な知識を持つ事を誰が可能とするのかね?

「お返しだぜ」

 それぞれ三つの基本的な魔法を、煙で真似て飛ばす。
 色と威力以外は殆ど一緒だ。
 こけおどしにもならん威力だろうが、サプライズは視覚効果が何よりも大きな比重を占めているものさ。

「ココを使えって言っただろう」

 俺はこめかみをトントンと、人差し指で叩いてみせた。
 うーん!
 実に爽快だ!

「く……!」

 緊迫した表情のまま、誰も動かない。
 別に俺から仕掛けてやってもいいんだが、そうすると勝負が早くにつきすぎる。

 かといって、直前で手を緩めるのもどうかね。
 これは勘だが、窮地に陥れば何らかの合図はするだろう。


 ……もっとも、それは二手に分かれて探そうとするだけの知恵があったらの話だ。
 先ほどの女騎士イスティの反応を見るに、それは無い。

 もしも一連の流れが演技だったら、大根役者の汚名は撤回してやるよ。
 さて、証明できるかな?

「時間稼ぎのつもりだったら、逆効果だぜ」

「本当にそうでしょうか? もしも彼を取り逃がしても、わたくしたちは追いかける事が可能です。保険なら、手は打ってあります」

「リツェリディエル……それはまことかのう」

 トンガリ耳の大見得に、寸胴爺さんが首を傾げる。
 そこでトンガリ耳は、得意気に右手を広げた。

「ええ。金貨を五枚ほど賞金に。生け捕りが条件ですけども」

 金貨といえば、そうそう使えるようなものじゃあない筈だ。
 この世界での価値観がどうだかは知らんがね。

「リッツ! またそんなに使って! 三枚でも充分だったろうに!」

 などと獣人――リコナが激昂したところを見るに、前世の世界と価値は変わらないようだ。
 あのしょぼい小悪党に使う金額としちゃあ破格だが……いかんせん取り扱っている品物がな。
 奴は魔道具と言っていたが、明らかにこの世界にとっては異物だ。
 生け捕りにするのは、その背後関係を洗うためだろう。

 おお! 試練をもたらす者よ!
 頼むから週休三日にしてくれ!
 俺は無神論者だから礼拝には参加したくないんだ!
 ローストチキンをテーブルに置いて、さっさと出て行ってくれ!

「そうでした? わたくし、またやっちまいました・・・・・・・・?」

「それはもう。アタイがあんたらに付くまでの飯代で考えれば半年分はまかなえる」

 リコナは食い意地を張っているし、周り(リッツとリコナを除く三人)の表情から察するに、相当な大食いなんだろう。

「だって、やられっぱなしは性に合いませんもの。早くそこの黄色い殿方をズタズタに引き裂いてやりたいと思いませんか?」

「いやぁ~……その、ね」

「儂はさっさと終わらせて、酒が呑みたい」

 寸胴爺さんが苛立たしげに地面をトントンと足で叩き、イスティはそれに頷く。

「賛成だ。無視して帰る訳には行かない。そうだろう、マキト?」

 女騎士の言葉に頷く坊や。
 まだ、杖は油断なく構えたままだ。

「この手の悪党は、野放しにすれば次の誰かに寄生する。危険の芽は摘まなきゃ駄目だ」

 つまり、ボンセムは泳がせておいて、危険な護衛である俺を排除したいと。
 その天秤に狂いはないだろう。
 もっとも、おもりが二つだけとは限らんがね。

「熱烈なラヴコール、恐れ入るぜ。それで、五人揃って俺と遊ぼうってか?」

「茶化すな! そちらが二人揃っていれば、リコナとリッツがあのボン……ボンバー、えっと」

「ボンセム」

「そう! ボンセを捕える算段だった! 台無しにしてくれたのは貴様だ! メルティ・スー!」

 キレ気味に指差す女騎士に、マキトの坊やは冷静に、

「ダーティ・スー」

 と指摘する。

「ふはは! 勝手に罠に掛かっておいて、随分と威勢がいいじゃないか!」

 だが、口だけだ。
 こっちがお膳立てしてやっているのに、ちっとも動く気配を見せてくれない。
 仕方ない。片付けるか。

「……退屈なコメディ映画を見せたければポップコーンとコーラを用意しろ。
 それとホットドッグも。ケチャップとマスタードのやつがいい。
 隣に女がいてくれると最高だ。
 会話のネタに困らないし、チケットの半券を片手に惨めな帰り道を歩かずに済む」

 まずはトンガリ耳から。
 俺は長講釈を垂れつつ、その方角へゆっくりと歩く。

「あなたは、何をおっしゃって……――!」

 矢が何本も飛んで来る。
 避けながら、俺は距離を詰める。
 足元に魔法陣が幾つも出てくるが、それなら俺はこうしよう。

 その魔法陣の上に、煙の足場を作る。

「独身男の救いは女である」

 さて。
 妊婦じゃない事を祈ろうか。
 リッツ――リツェリディエルの首を掴む。

「――しかしこの・・女ではない」

「う、ぐ……!」

 みぞおちに一発。
 放物線を描いて飛んで来るナイフは、リッツの矢筒で受け止める。
 続いて、斧を構えてやってくるドワーフには……。

「特別にお披露目してやろう」

 ボンセムはこれを魔道具の一つだと言っていた。
 だが、俺は知っている。

 これは銃だ。

 ズドンと火薬の破裂する音が、倉庫内に響く。
 ドワーフは肩口から血を、稲妻のような軌跡を描いて飛ばす。

 驚いているな。
 その顔が大好きだ。
 お前さん達、最高だぜ。

「ほら、次の一手をやってみせな」

「……アイス・バインド!」

 俺の全身が、氷のツタのようなものに巻き付かれる。

「なるほど、これを狙っていたのか」

「僕達を侮ったのが、お前の敗因だ。僕はコンセントレーションで魔法の発動を“予約する”事ができる。
 さっきは大雨で邪魔されたし、やる前に倒されたけど――」

「――OK、もう充分だ」

 黙れよ、坊や。

「原理がどんなものかはこの際、少しも重要じゃない。
 軍馬の栗毛がどれだけ手入れされているかについて気にするのは、ゲームに興じる政財界人だけさ。
 俺達は、そうじゃないだろ。転生者・・・マキトくん」

「お前……!?」

 坊やは今更、何かに気付いたらしい。
 この俺から発せられる違和感に。

「本音で言えば、ここをクールに氷をぶち破りたいが、どうやら無理らしい。それに……」

 懐中時計が光っている。
 依頼を達成したらしい。

「時間切れだ」

「くそ! 逃げるのか! させるか!」

 イスティの振りかぶったブロードソードが、すぐそばで空を切る。
 正確に表現するなら、俺の首をすり抜けた。

 あと数秒、お前さんが早かったらな?
 問答無用でやっちまえば良かったのさ。

「そっちが勝ったって事にしていいぜ。茶番がもっと短けりゃな!」

 視界が暗転する。
 そこに痛みは無い。

 ……拠点に帰るだけだ。



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