ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task5 野伏せりトカゲの群れを駆逐しろ


 ボンセムの野郎、想定外だったというより、うんざりしているといった様子だ。
 なるほど“野伏せりトカゲ”ねえ。
 いかにも陰険そうな名前だ。

「マズい相手ですか?」

「とびきりヤバい相手だ! 数匹出てきたら、その十倍くらいの数が死角から忍び寄ってきていると思ってもいい!
 焚き火にもビビらない! 追い払おうとすると、最後っ屁とばかりに麻痺性の毒霧を撒き散らす尻尾を置いて逃げる!
 冒険者がアレのせいで死ぬのを何度も見た……しかも魔物ですらない、単なる野生動物だ! あんな生き物を作った神様はホントどうかしてる!」

 矢継ぎ早に叫ぶサマは、まるで演目を述べるサーカスの座長だ。
 ロナも心底ゲンナリしたツラで俺を見る。

「……だ、そうですよ。スーさん」

「ボンセム。奴らはどれくらいの速さで追いかけてくる」

「飛ばせば半分くらいは撒ける・・・が……」

「じゃあ、奴らの好きな匂いは?」

「無い! 奴らは五感で人間を捉える! 死体と生者の区別もできる!」

「ふはは! 優秀じゃないか!」

「ただただ厄介なだけだ!」

「厄介なら厄介で、本能的に手出しする気が失せるよう計らってやりゃあいい」

 パチン。
 煙の壁でボンセムと馬を囲む。

「これは?」

「お守りみたいなもんさ。噛みつかれても奴らの歯を押しのけてくれる筈だ」

「どうも……」

「ロナ。お前さんは荷台の中で女を守ってやれ。俺は屋根で奴らと遊ぶ」

「うーい」

「保険は掛けておく」

 俺は煙の壁で妊婦の入った木箱を囲んでから、屋根の上に昇る。
 これで準備完了だ。

 今夜は俺達がもてなしてやるとしよう。
 たっぷり楽しんでくれ。
 ズドン!
 ズドン!
 ズドン!

 プラズマの塊が泥と倒木を焼いて、勢い良く燃え盛る。
 奴らが火を恐れないとしても、足止めくらいはできる。


 まずは二匹が、俺の両足に飛びかかってきた。
 これをそのままにしておく。

 続いて、十匹あまりがまとわり付いて、噛り始める。
 煙の槍で下から上へ、何本かを馬車、それから俺自身の身体に沿って捻り上げる。
 一纏めにして、落っことす。
 馬車に纏わり付いてきた連中は、これでだいたい片付けた計算だ。
 サーマルセンサーも、馬車の外側は捉えていない。

「一丁上がり」

 固まってバタついているならチャンスだろう。
 距離を取ったら、一気に走って――、

「フットサルしようぜ。ボールはお前さんだ」

 蹴飛ばす。

「グエェ」

 遠ざかる景色の中で、木にぶつかった一塊がそのままズルズルと落っこちていた。
 痙攣したまま、その場からは動こうともしない。
 尻尾が千切れて、緑とも黄色ともつかない嫌な色の煙が出てやがる。

 自爆を覚悟とは穏やかじゃないね。
 或いは、てめえの毒にはやられない体質なのか。

「次の出し物をお披露目しよう」

 放射状に煙の槍を配置だ。
 そいつを拡散、収束させて周りの野伏せりトカゲを根こそぎ手元まで運ぶ。
 うち一匹を俺の目の前、空中に固定する。
(もちろん馬車の速度に合わせて動かしているから、置いてけぼりにはしない)
 そいつの視界の中で、他の野伏せりトカゲの首と胴体を一匹ずつ引き千切る。

「生で喰ったらどんな味がするのかね」

 そして、ナイフで中身を削って喰う。
 食感は筋張っていて、味は泥臭い。
 なるほど、ボンセムが嫌な反応をするわけだ。

 ふと思ったが、薬草と一緒に調理したら尻尾を無毒化できないかね。
 もし誰も手を付けていないなら、ナターリヤにでも研究してもらうとしよう。
 とも思ったが、その手の研究は既に先客の転生者共が始めてやがるだろうね。

 空中に固定した一匹を残して、第二波は全滅だ。

「見ろよ。お前さん達が誰に喧嘩を売ったのか。その結果を見てみろ」

 空中に浮かせたままの生き残り君。
 その尻尾を叩き斬って、遠くに放り投げた。


 次は首根っこを掴んで、何度も振り回す。

「イーヤホーゥ!」

 時折、腹を殴る。
 哀れな生き残りの野伏せりトカゲは、早々に胃液を撒き散らしてやがる。

「不条理の、その先に待ち受ける悪意と、無駄と、摂理から外れたあまりにも奇怪な光景をお前さんは目にして、それから挽肉へと変わるのさ」

 そう囁いて、屋根のへりに足をかけながら逆さ吊りに。
 ロナは元気に牽制中のようだ。


「あ、なんだ、スーさんか……脅かさないで下さいよ。なんで回転しながら飛んでくるんですか。
 ていうか、なんで胸元にトカゲを抱き寄せ――!? おえっ、ゲロくっさ!?」

「ふはは! 傷付くね! このゲロは俺のじゃあないんだぜ!」

「言うほど傷ついてないくせに」

「ロナ。荷台の中に侵入されないよう、見張っておいてくれ」

「はいはい」

 いつもの気怠げな返事を確認したから、俺は早速作業に取り掛かるとしよう。
 尻尾を握りつぶされた挙句に振り回された、可哀想な野伏せりトカゲ。
 気絶しているこいつを、馬車の荷台の後ろに、縄で縛り付けて放り捨てた。
 地面に何度も叩き付けられる。

「何やってるんですか、それ」

「見せしめさ。ついでに、よく刺激を与えてから酒に漬けたら、いいのが出来上がるかもしれん」

「その前にすり身・・・になりそうですけど」

「その時は漢方薬にでもするさ」

「身体には良さそうですね」

「試してみるかい」

「おぇッ……遠慮しときます」

 懐中時計から通販メニューを久しぶりに開く。
 流石に、この場ですぐに信管付きの爆発物をこしらえるだけの技術は無い。
 無いなら直接買うだけだ。

 もちろん、戦うほうを疎かにしちゃあいけない。
 煙の槍で一箇所にまとめて、蹴落とす。
 その繰り返しだ。

「ようし、あった。こいつでもっと楽しめる」

 焼夷手榴弾。
 しかもカメラのフィルムに似せた、後進国をいたぶる為の目的に特化した代物だ。
 こいつをこしらえたクソ野郎は、いい趣味してやがるぜ。

 あとはドラム缶とスチールワイヤーだ。
 馬車まで燃え広がっちまうのは良くない。
 購入したらすぐさま、ワイヤーをドラム缶と荷台の骨組みに括り付ける。

『また何かしようとしてます?』

『楽しい楽しいキャンプファイヤーをするのさ』

 放射状に作った煙の槍で掻き集めて、ドラム缶の中に放り込む。
 そして仕上げに焼夷手榴弾を入れて、蓋をする。

「キメてみろよ。ブッ飛ぶぜ」

 ボンッ……――ベコンッ。
 ひときわ大きな音を立てて、ドラム缶は地面に凹みを作った。
 よしよし、中で必死に暴れてやがるな。

 周りを確認だ。
 火を目印に、わんさか寄ってくる。
 お前さん達は“報復”がお望みかい。
 それとも“降伏”という言葉は頭の辞書に無いのかい。

 どっちにしたって、無謀ってもんだ。
 減らしても増やしゃあいいとでも思っているのかね。

 よろしい。
 そろそろ飽きてきたから、まとめて処分だ。

 煙の槍を空中に大量展開……数にして、およそ千本だ。
 たっぷり味わってくれ。
 煙の槍の、豪雨を。

「――カーテンコールだ」

 パチンッ。
 泥、土煙、肉片、血飛沫、内臓、枯れ葉、木屑、そういったものが飛び散って、辺りは滅茶苦茶になった。
 今まで必死に走っていた馬共も流石にビビったらしく、馬車が止まった。

「その遺伝子に刻みやがれ! 恐怖を! 屈辱を! ふはは……ふははははは!!」

「すげェ……ますますもってバケモノじみてやがる……!」

 もう野伏せりトカゲはいないようだ。
 サーマルセンサーには、俺達以外の反応が無い。

 残念ながら野伏せりトカゲは俺のタイプじゃないね。
 ビーチのサメのほうがまだ楽しませてくれたぜ。
(ペットにでもすりゃあ、見る目が変わってくるだろうか)

「紀絵さん、ここまでの一部始終見たら卒倒してただろうな……」

「あのお嬢様は爬虫類がお好きなのかい」

「特に大きいのが好きらしいです」

「そりゃあ気の毒に。だがあいつとて相手を選びはするだろう」

「まぁそうでしょうけど……で? スーさん、死骸はどうします? あたしは手伝いませんけど」

「畑のタマネギはスープにする分も薬屋に売る分も収穫した。
 残りは畑泥棒共にでもくれてやりゃあいい。連中にとっては、いい余興と腹ごしらえになるだろう」

「……力の誇示と素材提供ですか。なるほど、あたしが神様なら目を覆いたくなりますね。
 紀絵さんが追手のパーティに潜入してない事を祈るばかりです」

 うち一匹に爆弾でも仕込んで、欲張りな奴の両腕を吹っ飛ばしてやりたいが、それのために積み荷の女を危険に晒すのも本末転倒だ。

「女将の作った肉料理を楽しみたけりゃ、市場でパンを買うのは我慢しておけ」

「ごめんなさい、久しぶりにちょっと意味わかりません」

「独り言さ。ボンセム、代わるぜ」

 手綱を横から引っ張ると、ボンセムは存外あっさりと手放した。

「すまんな。方向は指示する」

 そういえばこの馬車を牽いている馬共は、俺の初仕事の時に一緒だった奴らだ。
 道理で肝が据わってやがるわけだぜ。

「おお、ここだ、ここ。ほらな? 沼地がカラッとなってるだろ? こういう地形があと五つくらいあるんだよ」

 干上がってひび割れた灰色の泥が、ずっと奥まで広がっている。
 少しばかりカビ臭い上に、辺りは暗くなって見通しも悪い。
 あちこちに背の高い木がまばらに生えているのもいけない。

「目印に、木の幹に旗を打ち込んであるから、その旗の指す方向に向かってくれ」

「ああ」

 逃亡一日目は、こんな所か。
 俺はビヨンドだから眠らないが、ボンセムと女はそうじゃない。
 さあ、存分に眠れよ。



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