ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task2 門番共に格の違いを思い知らせてやれ


「オイ!? 通れないって、どういう事だよ!?」

 早速トラブル発生とはね。
 確か“先方との約束があるから引き返せない、だから街に入って顔合わせをして、同行者を置いて行ってからじゃないと難しい”なんて抜かしていた筈だ。
 その結果がこれなんだから、やっぱりボンセムの野郎は持ってやがる・・・・・・と言わざるをえない。
 出発前に小細工をしておいて正解だったぜ。

 まず俺は、ボンセムの馬車の荷台に隠れておいた。
 紀絵は二両目の馬車で一芝居打つ。
 商人の護衛で雇われた冒険者って設定を、でっち上げる。
 レース付きの帽子で、貴婦人の他所行きじみた雰囲気も出せる。

 ロナは訳アリ子持ち女と一緒に二両目に積まれた木箱の中だ。
 下手に手出しをしてきた間抜けを血祭りに上げるのが、こいつの仕事さ。
 サーマルセンサー付きサングラスは俺が装着しておいて、ロナが感覚共有で俺の目や耳を使う・・
 お互い、音だけを頼りにするよりは確実だろうさ。

「なぁ門番さんよ、こりゃいったいどういう事ですかねぇ?」

「ナボ・エスタリクという殺し屋が近くに来ているとの報せが入ってな。街には入れられん。奴のターゲットも同じく、な」

 ここでもナボ・エスタリク。
 いきなり線が繋がった。

「クソッタレ……ここまで来て引き返すだと……!?」

「悪く思うなよ、行商人。ルーセンタール帝国は秩序を重んじる。
 かつてここを統治していたグランロイス共和国のような、異種族連中に国力を吸わせた挙句に魔物共の侵攻を許した馬鹿共とは違うのだ」

 人間じゃない連中に、いい顔をしてやる義理をそもそも作らない訳だから、さぞかしやりやすかろうよ。

「引き返すしかないか……途中の村から手紙の一つでも寄越すかな」

「ご理解いただけたなら、積荷を確認するから退け」

「門前払いするってェのに、見る必要がありますかい?」

「回り道で侵入してくる輩がいないとも限らん」

 間抜けが。
 関門に寄った奴だけ調べた所で、本物はお前さん達の目の届かない場所からやってくるだけだぜ。

「ったく、あんまり時間掛けさせないで下さいよ。鮮度が命なんですから」

「秩序の維持に必要な措置だ。あまり非協力的な態度を見せるなら、この場で打ち首にしてやってもいいぞ」

 なるほど。
 門番でこの態度なら、さぞかし腕っ節にも自信があるんだろう。
 付き添いはロナと紀絵に任せて、俺は少し憂さ晴らしでもしてやるかね。

 ボンセムは一秒ちょっと黙ってから、

「へいへい」

 とだけ返答した。
 荷台の中ここからじゃあツラを拝めないが、釈然としないツラに違いない。

 ふはは!
 気の毒な野郎だぜ!
 ややあって、布を破いて剥がす音がする。

「あ、ちょっ! 壊さないで下さいよ!」

「取り外せる構造にしなかったのが悪い。諦めろ」

「ンな横暴な――あ、痛ぇ!」

 お。
 あの門番、ボンセムを殴りやがった。

「我々は国民を守る責務があるのだ。外人共に口を差し挟む義理などあると思うなよ。それとも何か……」

 カランカランと、ベルが幾つも重なって鳴り響く。
 サーマルセンサー越しの視界でも、穏やかじゃない様子は見て解る。
 数秒と待たずに、門番の仲間連中が小窓を開けてクロスボウを構えてきた。

「この人数を相手に喧嘩を売るつもりか?」

「な、あ……」

「監査を続けさせてもらうぞ」

 馬車の荷台を覆っていた布切れは、簡単に取っ払われた。
 あっという間に丸裸だ。
 そして門番の一人は、荷台の中にいた俺と目が合う。

「まったく、見るに堪えないね。荒事が手足生やしてやって来やがった」

「お、お前は……――!」

 パチンッ。
 煙の槍で、その不幸な門番君を引き寄せた。
 片足を掴んで逆さ吊りにする。
 フリーな左手でサングラスを上げた。

「ごきげんよう、俺だ」

「ヒッ!? だ、ダーティ・スー……くそ、ふざけるな! どうしてこんな奴を連れてきた!? 誰に雇われた!? 皇帝派の連中か!?」

 俺が門番君を放り投げると、そいつは尻餅をついたまま動かない。
 そんなに空を食うもんじゃあないぜ、みっともない!

「落ち着けよ。今回のターゲットにお前さん達は含まれていない。俺は、あくまで用心棒だ」

 正直に話をするのが一番いいだろう。
 だが、大切な情報は小出しにしておくのが一番さ。

「本当か……? この街で暴れたり、人を攫って滅茶苦茶にしたりしないだろうな……?」

 門番共は半信半疑らしい。
 ここが実績・・を積み上げた俺様の、辛い所だ。

「誓ってそれは無いぜ。そんな真似をしてまで得るものが、ここには無い。だが、俺達からお前さん達に与えるものはある……木箱を開けよう」

「ッヘヘヘ。賄賂でも寄越すつもりかよ、案外みみっちいな」

 他の門番が口を挟んできやがった。
 いかにもチンピラ上がりだが、素直に言うことを聞いてくれりゃあ素性は別にどうでもいい。
 そうだな、こいつの発言にはこう返事してやろう。

「そう言わずに喰ってみろよ。きっと気に入るぜ」

 果物を一つ引っ張り出して、チンピラ門番の口にねじ込む。
 形やツヤはプラムに似ているが、色はかなり茶色に近い黄色だ。
 味は、桃とオレンジの中間といった所だ。
 発酵させて果実酒にするのもいいらしい。

 積み荷の中じゃ最安値とはいえ、そこいらじゃあお目にかかれない味だろう。
 有難く食うがいいさ。

「むぐ、んん……ううむ、これは中々……」

 好評で何よりだ。
 たっぷり堪能してくれよ。

「一箱だけくれてやる。ほら、全員で分け合え。通行料だ」

『いいんですか? 気前よくあげちゃって』

 ロナからの念話に、俺はこう返してやる。

『キツネが人を騙くらかすのに、上等な葉っぱが要ると思うかい』

『ケースバイケースじゃないですか? まぁオチは読めてますが』

 行き渡った所で、辺りを見回してみよう。
 ……なかなか退屈しなさそうな光景だ。
 こいつらのいやらしい笑い方につられて、俺も口元が釣り上がってくる。

「で、お前さん達の返答は」

「確かに美味いが、それとこれとは話は別だ。帝国は賄賂で動くほど腐敗してはいない。
 差し入れ・・・・ありがたく頂戴した・・・・・・・・・がね」

『そら来ましたよ』

『面白みがない連中だ』

 門番共に余裕があるのは、秘策でもあるんだろう。
 お手並み拝見と行こう。

「本物の悪党はいつだって、こうして立ち往生をしている隙を狙ってやってくるものさ」

「それは貴様らがゴネるから――」

「――そこで一つ提案だ。俺様ほどの有名人なら、そいつをまんまとおびき寄せられるかもしれん。
 たとえば通してもらうついでに、殺し屋とやらの情報をいただこう」

「貴様、これ以上ふざけた真似を――」

 ズドン!
 バスタード・マグナムでプラズマカートリッジを使い、関門の一部に風穴を開けてやった。

「ふざけているのはお前さん達のほうさ。俺は真面目な提案を、なけなしの親切心でしてやっているんだ」

「やったな、このっ!」

 火の付いた太矢を馬車に向けて撃ってくる奴がいた。
 もちろん俺は、煙の壁で防ぐ。

「何……!?」

 パチンッ。
 更に、煙の槍を同時に百本ほど空中に展開だ。

「ひっ」

「最後のチャンスだ。もろとも血溜まりになるか、平和的に解決して明日の酒にありつけるかを、決めようぜ……今、ここで」

 あまりの出来事に短期記憶がブッ飛ぶなんて事は、ままある話だ。
 その脆さこそが人間じゃないか。

「殺し屋の情報だ。言ってみろ」

「ああ……殺し屋、ナボ・エスタリクは、穏やかな笑顔を浮かべながら、とんでもない殺し方をする輩だ。
 外見的特徴は……緑色の服を着ている以外は解らん」

 たどたどしく、様子を伺いながら言葉を紡ぐ。
 いい調子だ。

「いいぜ、続けな。やり口について興味がある」

「相手を拉致し、手足を縛った上で毒を飲ませ、無人の屋敷の何処かに置いた血清を探させる……力尽きる頃合いを見計らって、目の前で血清を捨てる。そういう殺し方をする奴だ」

「誰が伝えた?」

「運良く生き延びた奴が一人だけいて、そこから広まったらしい」

 運良く、ねぇ。
 まあ、どうせ名前は解らんだろう。
 殺し屋の野郎が敢えて広めたという線も……ありきたりすぎるが、無いとは言えまい。

「他には」

「な、無い! これ以上は何も!」

「そうかい。じゃあ、ご苦労さん」

 パチンッ。
 この期に及んで食事を楽しもうとしている間抜けがいる。
 そいつの手に持たれた果物めがけて煙の槍を飛ばしてやった。

「あっ……」

 小気味よい音を響かせてペシャンコになった果物と、それが手元からこぼれ落ちるのを呆然と眺める間抜け。
 いい気味だ。

「“ナボ・エスタリクよりおっかないヤツが来たから泳がせておけ”と、本部に伝えて貰おうか」

「あ、ああ……」

 もはや門番共は、誰も俺達を止めようとしなかった。
 少しだけアンモニア臭が鼻を突く。
 どうやら何人か漏らしやがったらしい。
(無駄な抵抗さえしなけりゃ、こんな茶番で恥をかくことも無かっただろうに!)



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