ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~
Task12 グリッド・ライナーを引き付けろ
「依頼主サマがお前さんに顔見せしてこいとさ」
こっちには紀絵とロナと元カレくんもいるんだ。
まさに、そうそうたるメンバーだろう。
出方次第じゃ話し合いから初めてやってもいいぜ、チェック野郎。
「えェ゛い、構えろ! ブッ殺せ!」
チェック野郎の合図と共に、視界を埋め尽くさんばかりに飛んでくるのは、燃やした豆みたいな火の飛沫だ。
(しかも奴らときたら、スプレー缶みたいな洒落た触媒で飛ばしてきやがる!)
こいつはご挨拶ですこと!
とりあえず煙の壁でガードしながら、このベイビーちゃん共をあやしてやるか。
「早漏を恥じる事はないぜ。遅漏で互いの腰を痛めて、とっとと終わらせたいと思いながら出し入れする奴よりは」
「噂通りのクソみてェ゛なボキャブラリーだなァ゛、おい! こォ゛の、ダーティ・プーがよォ゛!」
糞だとよ。
笑わせやがるぜ。
クソに触る気が起きないのは、古今東西どこに行ってもそうだろうよ。
(少なくとも八割ぐらいは。残りの二割はやむを得ない事情って奴だ)
幼稚な口喧嘩をしようってんなら、俺もやぶさかじゃあないぜ。
付き合ってやろうじゃないか。
「ァガァラガラガラガラ、グゴロロロロ! あ、お前さんの真似をしてみたが、どうだい、チェック野郎。
話し合いをしようともせず喧嘩しようとするのは結構だが、それも作戦の一つなのかい」
「がァ゛アアアアアアッ!! ブッ殺せブッ殺せブッ殺せブッ殺せェ゛!」
騒音もここまで極めちまったらある種の個性だ。
耳栓を用意しておく必要まで出て来るとは、難儀なもんだね。
で、お決まりの火の粉の雨。
俺は煙の壁でそれを防ぎながら、少しずつ前に進む。
その間に、チェック野郎は少しずつ出入り口に近付いている。
ズドン!
プラズマカートリッジの強烈なビームの一撃だ。
進行方向にぶっ放してやるだけで牽制には充分だろう。
「悔しかったら、俺達を消し炭にする秘密兵器でも用意しやがれ」
ズドン!
ズドン!
天井を狙って、削り取る。
「――散開だ」
「了解です!」
「了解ですわ!」
俺は正面突破。
紀絵は側面の雑魚共を魔法で一掃する。
ロナは、紀絵の派手な技に隠れるようにして、チェック野郎との距離を詰めていた。
元カレ君は、ああ、どうやら頑張って進んでいるようだ。
「頼むから、下手な茶番は止してくれよ。チェック野郎」
「チェック野郎じゃねェ゛! グリッド・ライナーだァ゛!」
「何? グリッチ・ライヤーだって?」
「てめェ゛エエエエエッ!!」
ふはは!
挑発に乗ったな、この三下め!
……なんて、俺がそんな茶番に最後まで付き合ってやるとでも思ったかい。
このタオルはサービスだ。
ライオンのあくびみたいな口で受け止めてくれ。
「むぐごご……」
「――ん」
チェック野郎が砂になって消えやがった。
つまりダミーだ。
ほらね。
やっぱり対策してくる。
と、いうことは、次は俺達の誰かを狙って近付いてくるか、或いは逃げる。
それとも他の手でやってくるかもしれん。
例えば挑発だ。
ハウリングのキーンとした音と、ノイズが交じる。
スピーカーなんて御大層なもんを設置しやがって。
ここは博物館じゃないんだぜ。
『よくもまァ゛、俺の領土にズカズカと踏み込んで来やがったよなァ゛!!』
「ダチ公の家に遊びに行くのがそんなに気に入らないのかい。バーベキューに使う肉でも持ってくるべきだったかね! ふはははは!」
俺様が仁王立ちの高笑い。
「オーッホッホッホッホ!」
紀絵は扇子を開いて、腰に手を当てて高笑いだ。
「……」
ロナは気まずそうに顔を背ける。
「ロナ」
「す、すみません……頑張って笑います」
ああ、実にぎこちない笑顔だ。
引き攣ったような、口の端をひくつかせて釣り上げたツラは……ああ、まったく。
「お前さんのやりたいようにやればいい」
気は引けるが、肩に手を置くくらいの事はさせてもらう。
ゲスに餌を与える必要は無いんだぜ、ロナ。
俺の頼みを無理して実行しなくても、俺はお前さんを受け入れる。
「ひ、怯むな、撃て!」
子分どもは涙ぐましくも、掃射を再開する。
しかし、それにしてもスプレー型火炎魔法放射器か。
いい武器じゃあないか、俺にも一つ寄越せよ。
……だが交渉は万に一つもありえないだろう。
何せ、出会い頭にブチかましてくれやがった連中だ。
今は亡き依頼主サマから俺のようなツラをした連中を根こそぎ掃除するよう頼まれていたに違いない。
慈愛溢れる紳士的なこの俺様としては実に心苦しいが、ブン取るとしよう。
煙の槍を大量に展開だ。
パチンッ!
さながら、マグロの泳ぐ水槽だ。
「ふぐぉ!」
「あぁう!」
「げぇえ」
周りの被害を気にしなくていいなら、こういうやり方も悪くないのかもしれん。
竜巻が出来上がったせいで、あちこちに本のページの切れ端みたいなもんが舞い散ってやがる。
角度を計算して足元に転がらせたスプレー缶を拾って、指輪に収納だ。
「さて、後半戦をおっ始めようぜ」
手分けして探すにしたって、時間が掛かりすぎるかね。
いや……そうでもないか。
まず俺の足元に、煙の槍を展開だ。
こいつを使って飛び回る。
「ちょ、ま、スーさん、三人も抱えて行くつもりですか!」
飛び回って、
「スーさん! 曲がり角! ぶつかる!」
飛び回って、
「先生、今の小部屋に人影が!」
飛び回って――、
そして、へばる。
「疲れたぜ。休憩しよう」
「あの、スーさん……? うん、まぁいいや……」
「ちょっと、先生……? 流石に、意図を読みかねる以前に、少々乱暴すぎませんこと?」
「罠を張って出迎えてくるかと思ったんだがね。アテが外れたか」
これで俺も三下のフリだ。
調子付いた若造が、偶然手にした力を振り回した挙句、結局は力に振り回されるというオチが付く。
俺みたいなぽっと出に対する世間様の評価なんざ、そんなもんだろう。
「なに、俺達をつまみ出すつもりなら、もっと万全の体制で出迎えてくれる筈さ。
それがないなら、そもそも大した連中じゃないって事だ。前祝いに、くつろいでいこうぜ」
サングラスを装着だ。
サーマルセンサーで透過できる範囲は限界がある。
が、それなら“目”を広げりゃいい話さ。
「お前さんたちも休んどけよ。この要塞も、ゲームと違ってトイレくらいは作ってあるだろう」
まずはロナが俺の意図を察したようだ。
早々に離れていく。
紀絵はそれを見て、少し迷ってから歩いた。
元カレ君は所在なさげに辺りを見回してから、ゆっくりと立ち去る。
哀れなもんだ。
さて、散歩でも決め込むとしよう。
『随分な余裕ぶりだなァ゛! ダーティ・プー! 猿芝居で俺を誘い込もうってかァ゛!? この、ホモ野郎がよォ゛!』
「そんな陳腐な挑発じゃあ、市民団体の反対を受けるだけで終わるぜ」
『おォ゛!? ならず者がポリコレ談義かァ゛? お利口さんぶりやがってよォ゛! 去勢したかァ゛!? カマ野郎がよォ゛!』
「空を回してガリレオを日干しにするくらいの想像力だ。恐れ入ったよ。
お前さんのオツムは何世代前かね。物持ちがいいのも考えもんだ」
『バカにしやがってェ゛! クソが! この俺が直々にブチのめしてやる!』
ようこそ、俺の隣へ。
お前さんは俺の好みからかけ離れているが、たっぷり愛してやろう。
正義を検証するのは、他のやつで済ませた。
要するに、お前さんはただの消化試合だ。
「ようこそ。何度でも小麦粉にしてやるよ」
ある気配を背中から感じる。
懐かしいね。
生前から久しく味わっていなかった感覚だ。
つまるところ“自分より格下の相手を徹底的にいたぶってやろう”という意志を、あいつは持っている。
仕返しはただひとつ。
「増援は呼んであるかい。何せ、場外逃げは通用しないぜ」
「うるせェ゛! くたばりやがれェ゛!!」
「「「「「であぁぁあああ!!」」」」」
手下共も一緒に、揃って押し寄せてくる。
囲い込むようにして――、
――いや、こいつらは囮だ。
銃をクルクルと回して、背後を確認。
ざっと25人、障害物に隠れながらゆっくりと近付いてくるのが見て取れる。
ズドン、ズドン!
後ろの天井を崩す。
ズドン!
前の床を壊す。
「今までにない長丁場なんだ。給料分以上の仕事をさせないでくれよ」
「駄目に決まってンだろォ゛?」
天井からぶら下がってやってきやがった。
目にも留まらない速さで、一気に距離を詰めてきたかと思えば、俺の首根っこが押え込まれた。
壁にデコを打ち付けられた感覚、そこから上手く仰向けに寝転がる。
そうとも。
俺はここにいる。
「俺の油断を誘ったようだがなァ゛、こういうのもあるんだよ」
懐から取り出したのは拳銃じゃあなくてリモコンだった。
レーザーで作られた壁が、俺の周りを囲んでいる。
なるほど、伊達にAランクじゃあないらしい。
だが悲しいかな。
「てめェ゛の連れどもの目の前で、じっくりといたぶってやるよ!」
……俺の相棒を見くびらないことだ。
あいつは俺の目を通して、ここを見ている。
「てめェ゛が二度とこの世界に来なくなりゃあ、ここは俺の天下――」
「――冗談はその化粧だけにしてくれます? 床みたいな模様しやがって」
茶番かマジなのか、チェック野郎はロナに後ろから掴まれた。
絵になる構図だね、まったく。
「な、に……!?」
サプライズはまだあるぜ。
「ちょっと詰めが甘かったわね、実際」
ジェーンが天井に穴を開けて飛び降りてきた。
現地人やら降り人やらと一緒に。
「ジェーン! てめェ゛!?」
可哀想なグリッド・ライナー。
お前さんの戦略は、梯子を取っ払っちまえばご破算になる。
まったく、ジェーンもひどい真似しやがるぜ。
俺の見立てじゃあ、こいつらはグルだった。
ジェーンは何かしらのデータ収集をしていた。
その実験にグリッチ・ライヤーも付き合わされていたんだろう。
用が済んだらさようなら。
男女を問わず、よくある話さ。
ろくなもんじゃないぜ!
ここまでは全て、どうせ茶番だ。
読み違えていなけりゃあ、俺もお縄になる手筈だろう。
だがそうはならない。
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