ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~
Task10 ロナを救出せよ!
「ごきげんよう、俺だ」
俺の呼びかけに、ロナは宙ぶらりんのまま見ていただけだった。
暫く、お互いに何も言わなかった。
俺がロナを引っ張り上げて、通路まで引き込む。
そうして、ようやくロナは口を開いた。
「スーさん……どうして……」
「ああ、その件についてかい」
ロナの所に辿り着くまでには、長い道のりが必要だった。
こんな面倒な回り道、後にも先にもこれっきりにしてほしいね。
瓦礫で塞がった通路をもう一度開通させるのに、それなりに踏ん張ったんだ。
「紀絵、説明してやれ」
「もうっ! わたくしも今回ばかりは言いたいことがたっぷりありますのに」
「眺める場所が違っても、座るベンチは同じだ。お前さん、手元の茶はよく冷えているかい」
「えっと……」
言いよどむ紀絵。
ロナは耳聡く気付いたのか、物言いたげな視線を寄越してきた。
「ロナ、いつもの解説をしてみな」
「……冷静に、なれ、頭を冷やすには、時間が、必要……です?」
まあ、そんな所さ。
加えて言うとすれば、俺自身も頭を冷やす必要があるということだ。
 “解ったつもり”が一番おっかない。
だからロナを質問攻めにしてやりたい気持ちでいっぱいだった。
双眼鏡を取り出して、遠くを眺めてみた。
ゆぅいの奴、両手両足を縛られて袋叩きにされてやがる。
紀絵に視線を移そう。
「そうですわね……ええ。スー先生とわたくしはあの時、一度退去しています。任務遂行という形で。
で、事前に、わたくし達が指名されるよう細工済みの依頼書を関係各所に配って、その中の一人によって召喚されました」
「今の依頼主は、レジスタンスの中でもとびきり過激な奴さ。俺にもう一度、ラスボスをやれと抜かしやがった」
「そうじゃなくて……」
ロナは俺の肩を掴んできた。
それからあちこちに視線を泳がせながら、たどたどしく言葉を紡ぐ。
「そう、じゃなくて……どうしてあたしなんか、助けたんですか……こんな、裏切り者のあたしを……だって、意味ないじゃないですか……一度裏切ったら、歯止め効かないんですよ……裏切り者の烙印は、一生、付いて回る……それに、ひと、たくさん殺しちゃったし……クソ親父、だって……あんな、浮気者でも、父親だったんだ……ゆぅいは、あたしの、腹違いの妹で……あたし……なんてことを……っ、――は、ははは……」
これじゃあ、指一本を丸ごと詰まらせたミキサーだ。
見ているだけで喉に刺さる。
この歪みが愛しいと同時に、胸の奥底に湧き上がる熱が、俺の心を締め上げる。
「あ、もしかして、謝らせる為に……いや、違うな、切腹したらいいのかな……目の前で、臓物を引きずり出すくらいはしないと、でもまず情報を共有しないと……それでもきっと、許されたりは、しないけど……」
ロナはそこまで言い終えると、目に涙をたっぷりと溜め込んで、へたり込む。
俺は久々に言葉を失った。
そんな俺を尻目に、紀絵はツカツカと音を立てて詰め寄る。
「わたくしたちがどれだけ心配したと――」
「――紀絵」
平手打ちをかますつもりだったんだろう。
が、俺はその振り上げた手を掴んで止めた。
「えっ」
「俺がやるよ」
気持ちは解るが、そいつは俺の仕事だ。
ロナの頭に、ゴツンとゲンコツを一発くれてやる。
「あ痛ッ」
「どうも忘れちまったらしいから、もう一度言うぜ」
「え……?」
「俺の許可なしに死ぬのは許さん」
「……」
ロナの奴ときたら、とうとう何も言えなくなっちまった。
もちろん、話には続きがあるんだ。
もう少し付き合ってもらおうかね。
「それと、もう一つだけ頼みがある」
屈み込んで、頭を撫でてやる。
「俺を……――俺達を、嫌いにならないでくれ」
「あ……」
ロナの目尻に溜まっていた涙は、とうとう溢れ出した。
「う゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……!! ごめんなさい!! ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい――!!」
泣き崩れたロナを、紀絵と俺とで抱きしめた。
紀絵の奴、もらい泣きしてやがる。
だが俺は、その涙に付き合ってやらない。
まだやることが残っているのさ。
壁の穴から外を見た。
ゆぅいは火炙りにされていた。
「それじゃあ、積もる話を聞かせてもらおうか」
情報共有は生命線だ。
しばらくして、ロナはぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
なるほど、幾つかピースが繋がってくる。
ロナの依頼主はイゾーラで、ここではジェーンと名乗っている。
ゆぅいに依頼を出すよう手配したのもジェーン。
奴はあちこちの世界を行き来しているらしい。
(そういう意味じゃあクラサスも充分イカれてやがるが、ジェーンはビヨンドですらない筈だ。どういうカラクリだろうね)
ロナは、奴から手渡されたディスガイズ・ダガーで変装していた。
生きた人間の心臓に突き立てることで、変身できるという。
最近あった失踪事件は、殆どがロナの仕業だった。
ゆぅいが腹違いの妹だという証拠を見せてもらったが……そんなもんは焼いた。
安心してくれ。
クソに身内もへったくれも無い。
さて。
「――そろそろ隠れてないで、姿を見せたらどうだい。第二の依頼主さん、もとい……」
殊勝にも、わざわざ成り行きを見に来てくれたのは構わん。
が、盗み聞きとは感心しないぜ。
「元カレ君」
「……」
右腕を押さえているのはおおかた、ロナとやりあって大怪我でもぶっこいたんだろう。
情けない主役もいたもんだ。
で、傷を治す為に小休止でも挟んでやがったという線が濃厚かね。
「う、そ……なん、で……?」
ロナの奴、ぶったまげてやがるな。
紀絵は眉根を寄せて、ロナと元カレ君を交互に見比べてやがる。
「ちひろ、あ、いや――ロナの一番やりたい事を、俺なりに考えてみたんだ。そしたら、こうするのがいいのかなって……」
「あんたに……そんな義理は無い筈ですよね……? 罪滅ぼし?」
「そんなところ。俺なりの、けじめだよ。今までの秩序を壊したし、持っているものを何一つ生かせなかった。
俺は……傷付けたくないと嘯きながら、結局……元カノと瓜二つのイエスガールを引き連れて、正義の味方ごっこをしてただけだった。
誰が生み出したのか、誰が仕組んだのか。そこまで考えが及ばなかった……ごめん。俺は、許されないことをしてしまった」
「……そっか」
懺悔は終ったかい。
それなら結構だ。
超常現象は、それを起こした奴の手掛かりを探すべきだ。
ましてや狙い撃ちなんて喰らったなら、尚更。
そこに気付いたなら上々の結果じゃないかね。
またひとつ大人になったな、元カレ君。
「それにしても、大遅刻もいいところだ。あまりにも遅いからショーが終わっちまったぜ。残念だったな、坊主。あれは見ものだったってのに」
「何の……話だ?」
俺は壁に空いた大穴を指差す。
「聖女サマが落っこちたのさ」
「――」
覗き込んでも無駄だぜ。
そもそも、その距離で見えるもんでもあるまい。
「もう殆ど炭になっちまったよ。あいつらがよってたかって火にかけちまうもんだから。
綺麗な眺めだったぜ。汚く歪んだツラの亡者共が恨みを晴らした瞬間だった。
解りやすい特権階級を用意すりゃあ、あっという間に群がって、こぞって断罪ごっこだ。
奴ら、何を言い出すかと思えば、じきに他の幹部も探し当てて同じ目に合わすと来たもんだ。これだから人間観察はやめられない」
「そう、か……」
「ああ、そうそう。宣戦布告は明日にでも回してやろうと思っていたが、せっかく来てくれたんだ。今のうちに伝えておこう」
俺は元カレ君の肩に手を置いて、両目を見据えた。
「解析班は預かった。人質もデータも含めて、まるきり全部だ」
「……」
「返して欲しけりゃ、俺と決着をつけな。他のターゲットはもう残しちゃいない。あとはお前さんだけなんだ」
「……」
「何人連れてきても別に構わないぜ。俺は人質にゃあ手出ししない。これなら、宣戦布告の体裁は整っているだろう」
「はぁ……あんたのやり口というか、考えている事が、なんとなく解ってきたよ」
なんとなく、ね。
それが勘違いじゃなけりゃあいいが、さておくとしよう。
もっと話すべき事はある。
例えばだ……。
「それにしても、報酬を前払いにするとはね。しかも最後の戦いの勝敗は不問、つまり俺が負けても成功扱い……なかなか洒落たやり方をしやがる」
「急いでたんだ。じっくり考えてる暇なんて無かったし……」
「話が早いのは助かるよ。支払われる報酬の欄も細工させたから、お前さんの懐は少しも痛まないが、それを差っ引いても見事な決断力だ」
「スーさんが皮肉も無しに褒め言葉を……!?」
「明日は大雨か大雪ですわね」
「お前さん達、この俺様を誰だと心得てやがる」
俺だって、仕合う相手を褒めるくらいの事はするぜ。
基準が人一倍厳しいだけだ。
ほら見ろ。
元カレ君ときたら、どう反応していいか判らないってツラだ。
誤魔化すようにして口を開いた。
「とにかく……間に合って良かった」
まったく、元気そうで何よりだよ。
それより気掛かりなのは、別の気配が近付いてきていることだ。
このタイミングなら、誰だろうね。
月明かりで伸びた影が、廊下でちらりと動いたのを見たのは、俺だけだ。
俺以外の連中は、その方向を見ていない。
「――ご存知かしら? ロナは深刻な概念汚染を患ってるわ」
「お生憎様。何の事だかサッパリだ」
別にその話自体は今更、意外でも何でもない。
概念汚染については、既に紀絵の件でクラサスから聞いたし、どういう状態なのかも目の当たりにしている。
それよりも、他所の世界で聞いた声をここで聞く事のほうが、俺としちゃあ妙だ。
『紀絵。この間お前さんが言っていた“知らない女の声”ってのは、こいつの声じゃないかい』
『ええ、その通りでしてよ……』
『楽しみに待っていてくれ。たっぷりいたぶった上でパイを切り分けよう』
どれ、まずは事情聴取と洒落込もうじゃないか。
そうだろう、イゾーラ。
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