ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~
Extend16 儚い虚像
「ちひろ!?」
驚愕を露わに、あたしの名を呼ぶ男がいた。
姿は変わったけど、声は聞き覚えがある。
……こいつ、元カレだ。
【↑そうだよ。お前がフッた】
隣には、あたしの偽者。
【↑お前も偽者だろ】
ああクソ、イライラする!
うるせぇ!
「キャラ消して作り直しました? クソな手段で溜め込んだ名誉値が勿体無いですね」
他人行儀にしよう。
だって、こいつはもう、あたしの人生には関係ない相手だし。
「やり直す事にしたんだ。あの時破った約束を、もう一度果たす為に。もう二度と、間違えない為に」
「そりゃ見上げた心掛けですね。で? ご丁寧にあたしそっくりな新しい女を引っ提げて、元カノに挨拶しに来たと」
「そんなんじゃない。俺に……そんな資格はない」
「男の綺麗事は信用しませんよ。ほら、正直に言ってみろよ。そいつ、何なの」
「う……えっと……」
その偽者ちゃんには、さんざん世話になってるんだよ。
親子の絆を再生するだのという茶番を見せつけられたり、過去の記憶をフラッシュバックさせられたりさ。
「どうしてあたしなんかの偽者やってるのか知らないけど、ナインをいじめないで」
「それが、元カレの新しいアバターの名前ですか」
「そう。フルネームはナイン・ロルク。ステータス、見えない?」
「……はぁ」
スキル“ステータス・ビューワー”を買わないと、ゲーム的な世界のステータスを見られないんだよなぁ。
使える世界が限定されるから、買う気もしない。
スーのやつ、今にして思えばどうやってステータス表示をバグらせたんだろ。
……いや、忘れよう。
それより今は、ナイン・ロルクなんてふざけた名前を名乗る元カレの相手をしなきゃ。
あまりに馬鹿馬鹿しくて、言葉を失うよ。
「未練タラタラかよ。フッたのはあんただろ。あたしを自殺に追い込んだのも。そんなんであたしが喜ぶとでも?」
「いや、その……」
「言い淀むなよ。やましいって言ってるようなものじゃん。結局、自己愛に服を着せただけじゃん。そんなのって――」
――言いかけたところだった。
偽者ちゃんが、あたしの腕を掴んだ。
「やめてよ」
なんて、挙句の果てにそうほざく。
どの口が抜かすのか。
やめるのはお前だよ。
あたしは、パッと手を払い除ける。
「ほら、さっさと傷の舐め合いでもしてりゃいいじゃないですか。
それとも、またやる? 親父を殺した時みたいにさ? っはははは! あハァははハハハ! もう頭痛に悩まされないぞ、このパチモン女!
道を開けろ! ゆぅいをこま切れにした後は、次はお前をミンチにしてやる!」
「……どっちも嫌だと言ったら?」
偽者は、神妙な顔でそう返してきた。
不敵に笑って挑発するのでもなく、まるで“是非もない、こうするしかない”とでも言わんばかりの表情だった。
単に余裕のないふりをしているだけなのか、それとも本当に余裕が無いのか。
……後者、だろうな。
昔のあたしなら、そうだ。
普段は涼しい顔でそつなくこなすふうに見せているくせに、余裕がなくなるとすぐ表情に出る。
昔のあたしはそういう時、誰かに道を示してもらわないと何も言えなかった。
だから、こう言ってやろう。
「その時は、殺す順番が変わるだけ」
翼手を大きく展開する。
その気になれば頭蓋骨を引っ掴んで握り潰す程度は造作もない。
「やめろよ! こんなの、間違ってるよ!
俺にとっては、どっちのちひろも大切なんだ。死なせたくないし、殺し合うなんて――」
「――黙れよ」
自分でも信じられないくらい低い声が出た。
翼手を構えて、拳を握る。
「偽者とクソババァの家族ごっこをあたしがどんな気持ちで見てたのかを知りもせず、よくもまぁ“大切”だの“死なせたくない”だのと抜かしたもんだ」
【↑そいつは所詮、偶像でしかない】
「あんただってお父さんを殺したくせに!」
……。
痛いところ、突くよなぁ……でも、でもさ。
「……胸とかヘソとか触ってきた気色悪いセクハラ親父なんて、知るか!」
あんたは都合のいい部分を切り貼りして、誰かの望むままに動くだけの人形でしかない。
何をされても、どんな目に遭っても、許すしか能がない。
だからあたしは、この手で否定してやるんだ。
幻想に縋り付く、あきらの目の前で。
「初めから、こうすれば良かったんだ。殺してしまえば、悲劇なんて何も、何も起きなかった。
クソババァも、お前達も、ゆぅいも、そこに引っ付いているだけのカス共も、みんな一人ずつ、ブッ殺してやる……」
翼手で殴る。
偽者ちゃんには屈まれた。
元カレには飛び退かれた。
もっと速さが必要だ。
殴る。
殴る殴る。
殴る殴る殴る。
当たらない。
【↑当たる筈がない】
翼手の掌を開いて、動きを封じる。
その間に、丸鋸を偽者ちゃん目掛けて投げた。
「ぐっ……!」
負けじと向こうも丸鋸を投げてくる。
ジャリリッと音を立てて、ぶつかりあった二枚の丸鋸はそれぞれ別の方向へと吹っ飛んだ。
二人程度の相手でも苦戦する。
やっぱりそこそこ強いな、こいつら……。
普通にこっちは殺すつもりで、手加減しないで戦ってるのに。
【↑雑魚】
「んっ」
パンツァー・ファウストを構えて、射出。
石造りの天井にぶち当てて、崩す。
「――!」
そぅら、びっくりしただろ?
ここはゲームじゃないんだ。
やりようは幾らでもある。
あたしは偽者ちゃん目掛けてショットガンを構えた。
「あっつ!」
腕を掠ったか。
ざまぁみろ!
「っはははは!」
「くそっ……!」
「ほら、いい子ちゃんぶってるからそうなるんだよ?
そうやって、クソみたいな大人に押し付けられた作法の中で、いつまでもお上品な戦い方をしてればいい!
死んだ後も、生まれ変わったその後も!」
翼手で胴体を掴む。
元カレがフリーザー・ショットを何発か飛ばしてきた。
牽制のつもりだろうけど、翼手で防いだからちっとも痛くない。
もう片方……防御に使ったほうの翼手で壁を引っ掴んで剥がして、投石の要領で放り投げる。
土煙にまぎれて近付いて、至近距離でショットガンを。
あ……れ……?
元カレ?
偽者?
どっちを相手に撃ったんだっけ?
【↑思い出せないのかよ】
ふん。
まぁいいや、どっちでも。
「偽者。作り物。まがい物」
横薙ぎに掻っ攫うように掴む。
さぁどっち?
「あ……ぐ……ち、ひ……ろ……」
んん、元カレのほうだったかぁ。
ちょっと肉の盾になってもらおう。
その前に、弱らせなきゃ。
「あたしを、その名で、呼ぶな」
翼手で肘から先を握り潰す。
「が、ああああぁぁぁァ……ッ!!」
うーん、いい悲鳴。
思わず涎がたれそうだ。
舌なめずりをしてしまう程には食欲をそそる。
いたぶりたい。
なぶりたい。
けど駄目だ。
まだ駄目。
偽者ちゃんが近くにいる筈だ。
どこだ。
「――」
壁を埋め尽くすほど、つららが飛んできた。
見覚えのある戦い方だった。
確か、ギルド対抗戦に合わせてリビルドした時だ。
当時の流行より一歩遅れた形でリビルドして、ヒール・スポットの代わりにフリーザー・ショットを習得した。
その後、運営のクエストをこなして“アタック・オーバーチャージ”というスキルを習得して組み合わせた戦い方がこれだ。
アタック・オーバーチャージはその名称から想像できるように、攻撃系のアクティヴスキルの効果を倍加させる。
ただし、代償がある。
アタック・オーバーチャージを掛けてスキルを使用した場合、元の威力と同じダメージを使用者が受ける。
「あんたの格好は氷属性攻撃への耐性が低い。進退窮まって自爆攻撃にでも切り替えた?」
それとも、或いは。
……元カレがナイン・ロルクなんてふざけた名前でキャラを作り直したって事が、気にかかる。
もしかして、ヒール・スポットを取っていたりしないよね?
「……あはは、嫌な予感って当たるもんだね」
【↑嫌な予感がしたなら、それを放っておくな。また過ちを犯す気?】
瓦礫を引き剥がしたら、光の中心で震えながらうずくまっている偽者ちゃんがいた。
まずは勢いを付けて――腹を蹴る。
「げぅ……!」
血でも吐くと思ったけど、意外とタフじゃん。
翼手で抱えて、元カレの所まで持っていく。
やることは一つだ。
「あたしの勝ちだ。自分が何者なのかを教えろ」
「……」
「だんまり決め込んだら、お前の大好きな王子様の頭が、溢れたサルサソースみたいになるよ。
もしも正直に話すなら、片方だけは生かしてやる。あたしは本気だぞ」
いい気味だよなぁ?
震えちゃって、涙まで流しちゃって。
「俺の、事は、いい……頼む……俺を殺してもいいから、正気に戻って……」
「いいの、あきら……あきらは、生きて……」
あんたらさぁ……見え透いた茶番は止してくれないかなぁ。
本当は死にたくないんだろ?
解るんだよ、あたしには。
「あたしの、正体について……教えるね……」
掠れた声でぽつぽつと続ける。
「本物のあたしが……言う、通り……あたしは、幻影……。
ゆぅいが依頼した、ビヨンドによって……作られたの……薄々、気付いてたと、思う、けど……」
「平行世界から来てくれたら、良かったなって……思ってた……」
「ごめん、ね……」
おぇッ……。
やだよ、気持ち悪い。
それって、辿った道次第ではあたしがこうなってたって事でしょ?
「秘密をバラせば、どのみち、あたし、は……消え……げほッ、げほッ……」
「ちひ、ろ……!?」
偽者ちゃんは、足元から少しずつグリーンの液体に変わっていく。
鼻水みたいで汚い色だなぁ……。
あたしの偽者としては、相応しい末路だ。
元カレが倒れそうになりながらも膝で立ち、偽者ちゃんに手を伸ばす。
まだ未練があるのか。
「ね……ねぇ……本物の、あたし……あたしには、あんたの心臓が、使われてるんだ……返せなくて、ごめん……」
なにそれ。
このタイミングでする話?
謝罪と見せかけてあてつけかよ、クソが。
【↑けぉ……ぼ……ご……■■■……■■■■……】
まぁ、いいよ。
どうせ、当時のあたしを模して作ったなら、その涼しい顔の下で血の涙をずっと押し殺していただろうから。
「痛いのは、ここで終わりにしてやるよ」
ドスッ。
あたしは迷わず、偽者ちゃんの心臓にディスガイズ・ダガーを突き立てた。
「最後くらいは、あたしの為に役立ってもらおう」
【↑……】
精一杯の強がりで悪ぶってみたけれど。
何故か、偽者ちゃんは満足げに笑っていた。
十秒もしないうちに、こいつは溶けて蒸発してしまった。
立ち去る前に、元カレの顔を見たけれど……。
憎しみを堪えながらも、何かを悟ったようにハッとした顔なのが気掛かりだった。
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