ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~
Extend14 薄闇に覆われて
オイふざけんなクソグラサン女こんなの聞いてない。
下水道からの潜入ルートとか、馬鹿じゃねぇの!?
あたしが汚いの大嫌いって、知らないのかよ。
あんだけストーカーじみたリサーチぶっこいてくれやがったくせに。
「はぁ……」
溜息が、細長い空間に反響する。
翼手を足代わりに使えば身体はどこにも当たらないから、清潔感は保たれる。
敵襲があったら(精神的に)死ねるけど、それはそれだ。
それにしても暗くて寒い……。
翼手の淡く青白い光で周囲が照らされているから、余計に寒々しく見えてくる。
薄明かりと暗闇の曖昧な境目がこの世界を象徴しているようで、あたしにはひどく心細く感じられた。
あらぬ想像/妄想/妄執が鎌首をもたげる。
うっかり、崩落で通路が塞がっていたりなどしてたら……?
あたしはとてもじゃないけど、この広大な城下町の下水道を正確に把握なんてできない。
迷い込んで、迷い込んで、もう出られないかもしれない。
背筋を生暖かい風が撫でて、それがまるで囁きのようで。
【↑ここがお前の行き着く先だ。お前の心そのものだ。昏く湿った隣人を背負い、永久に彷徨うがいい】
いっそのこと、それでいいのかもしれない。
自らの醜悪さを愛してしまったのなら、もはや怪物だ。
囚われ、往復するように歩み続けた末に朽ち果てるのもまた、怪物らしい末路なのかもしれない。
【↑自己憐憫】
そうだね。
この暗闇に酔って、そしてまた己の薄暗さに拠って起つ……それだけが、あたしの今の生きる道だ。
「――誰だ!」
「う、うわぁあああっ!?」
いきなり脅かすなよ馬鹿ぁ!
転んだらずぶ濡れになるだろ!
「あ、待て! お前……裏切り者のロナか!」
勝手に納得しやがったボロ布野郎。
そいつはクロスボウに、派手なオレンジ色の筒を装填した。
「くそ、殺してやる! お前のせいで……俺達は!」
ピュルルル――ドンッ!!
派手なオレンジ色の光が辺りに広がる。
「いや、人違いですって。あたし、会ったこと無いですし、マジで」
ホントだよ?
両手を振って否定した。
けれど、みんな信じてくれない。
「なら思い出させてやる!」
「報いを受けてもらう!」
ボロ布の仲間が光を辿ってやってきた。
「あの」
「侵入者かァ!? あ! コイツ! 変異してやがるじゃねえか! 噂は本当だったんだ!」
あたしを指差すな。
「ちょっと」
「まあいい! ぶっ殺してやる!」
あたしにツルハシ振り下ろすな。
「おい……」
「俺達の受けた責め苦を、全部耳元で囁き続けてやるぞォ!」
「聖女の金魚のフンめが!」
ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!
う る せ ぇ !
「あたしの話をォ聞けぇぇぇえええェエエエッ!!」
総勢6人なら話は早い。
翼手でまとめて掻っ攫って、汚水の中に放り投げる。
苛立ちに突き動かされるままに、何度も壁を殴った。
「うあああ! えええああああ! ああああああ!」
何度も、何度も、何度も、なんどもああああああ!
ああああああ!
……だってこいつらはゆぅいに敵対する側だし。
殺すよりは、結託するべきだ。
我慢、我慢しろ、あたし。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
まったく、めんどくせぇなマジで……。
まさかゆぅいの奴、ここまで計算してあたしに嫌がらせを?
……流石に考え過ぎか。
まぁいい。
「ほら早く正座するんだよ」
「「「「「「はい!」」」」」」
うむ、いい返事だ。
奴らは、のそのそと水路から這い上がり、順番に正座する。
素直で大変よろしい。
もしこれで暴力に訴えてあたしに反抗しようとしてきたら、もっと面倒だった。
……それにしても、見事にうらぶれた格好ばっかり揃ってんな。
「あんた達の言う裏切り者のロナってアレだろ。緑色の服を着ていて、いつもヘラヘラした奴だろ?」
「あ、ああ……」
ボロ布おじさんの一人が頷く。
あたしの推測に間違いは無かったようだ。
じゃあ続けようか。
「そいつなら今頃、お城で祝勝会を楽しんでやがる筈ですよ」
「しょ、証拠は……?」
「無い」
「「「……」」」
「ゆぅいの悪行の証拠を洗い浚い全部吐き出して、全部対策されて別の何処かの誰かのせいにされましたけど、信じてくれます?」
「えっと……それは……なあ?」
おい。
周りに同意を求めるんじゃねぇよ。
「俺達ずっとここにいたというか……」
「証拠品を持ち帰って街に広める途中で地下に突き落とされたからなあ」
「見てないからには信じようがないからな」
ほら。
信じられる訳がない。
敵の敵は味方なんて、そう上手く出会えるシチュエーションでもない。
「二人同時に同じ場所に立っていれば嫌でも理解するでしょ。城まで案内してもらえます?
あんたらがびっくりさせてくれたせいで地図がどっかいったんだよ」
あたしは地図を落としていた。
辺りを軽く探しているけれど、見つからない。
襲撃喰らったショックで落としたんだから、襲撃してきた奴に責任を取らせよう。
「じ、自殺行為だ! 正気じゃない!」
騒ぐなよ。
翼手で床を叩く。
「見りゃ解るでしょ。あたしは、とうの昔に狂ってるよ」
「そ、その、すまねえ……」
「落とされた所の真下まで案内してくれればいいですから。あとは自力でよじ登るんで」
「ああ……わかったよ」
―― ―― ――
案内してもらう道すがら、こいつらの身の上話を聞かせてもらった。
ほぼ全員がレジスタンスだったけど、中には他所の国からやってきたスパイもいた。
(そんな正直に白状する辺り、かえって怪しいもんだけど)
驚いたのは、レジスタンス組織“初夏の旅団”もまた、ゆぅいの用意したマッチポンプだったという事だ。
つまり、初めからあいつらは揃いも揃って踊らされていた。
あたしも含めて、踊らされていた。
策を打ち破ることが叶わないならば、頭を――そしてその策を受け継ぐ者達までをも、もろとも皆殺しにしてしまえばいい。
ダーティ・スーは、もういない。
邪魔者は、あたしの偽者だけだ。
何度でも殺しに行こう。
策も、退路も、何も残されていない。
この怪物のような身体と、自己憐憫の成れの果てを除いては。
「――着いた」
「どうも」
はるか上に、薄暗い光が差している。
あんな高さから落とされたら、普通は死ぬ。
けれども生きているのは、おそらくスーは煙の槍か何かでこいつらの落下衝撃を和らげたのだろう。
「……あれ、この書き置きは?」
壁に貼り付けられた真新しい紙。
そこには“黄衣の王が心臓を捧げた日に、道は開く”と書かれていた。
筆跡は、あの碌でなしの黄衣――ダーティ・スーだ。
あの馬鹿野郎、気取りやがって。
「おい、見ろ! これ、リフトになってるぞ!」
振り向いた先の視野が捉えたのは、昇降する煙の壁だった。
あいつ、また手の込んだ事しやがるな……。
「どうします? 一緒に来ます? 罠かもしれないし、しばらく地下暮らしでもいいんですよ」
こんな見るからに罠みたいなものに飛び込むのは、スーをよく知る奴か、命知らずの馬鹿しかいない。
そもそも戦力としては期待できないし。
「俺は行くよ。往復してみるから、無事に戻ってきたら改めて作戦会議しよう」
「……ああ、それがいいな」
「じゃ、先いってますね」
あたしはあたしで始めよう。
だから、あんたらは勝手にやってて欲しい。
たとえ生き延びることができなかったとしても、できればせめて真実を広めてから死んでよね。
もちろん、なるべく死なせないように脅威は排除しておくよ。
だって、それが最初だった筈だもん。
不条理が人の心に楔を打ち込もうとするなら、あたしはそれを止めたかった。
あたしに手の届く、精一杯の範囲で。
……あたしだって、正義の味方になりたかったんだよ。
【↑叶わないと知って尚、それを追い求める。不毛だね】
けれども、思ったより状況は複雑で。
どうしようもなくって。
「……これは、一体どういう事?」
思わず口をついて、そんな言葉が出た。
毎晩のように宴会が行われている筈の大広間は、テーブルがバリケードみたいにうず高く積み上げられていたし、あちこちで死体が転がっていた。
あんなに絢爛豪華だった装飾品の数々が、無残に破壊され、或いは削り取られていた。
料理は引っ手繰って兵糧にでも使っているのか、割れた皿には盛り付けられていない。
……一体、何が起きてるの?
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