ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~
Task9 ロナを退けろ!
何とも邪魔くさいもんだね、土砂降りの雨ってのは。
嫌なにおいが立ち込めるし、何より服が濡れちまっていけない。
白い毛むくじゃらのデカブツが、山ほど倒れてやがる。
しぶとく生き残った僅かなデカブツは、そいつらには目もくれず、ただ進む先を焼け野原にしようと必死だ。
ご苦労なこった。
もうすぐ、残らず生ゴミになっちまうというのに!
帰参者連合と初夏の旅団も、共同戦線なんていう涙ぐましいコラボレーションを展開してやがる。
それを背景に、俺は立っている。
今しがた締め上げられて解放されたばかりのゆぅいと、背中から化け物じみた青白い腕を生やしたロナの間に!
「スー……さん……!」
「ごきげんよう、俺だ」
向かい合う俺とロナ。
奴の両目にゃ溢れんばかりの憎しみが湛えられていた。
放っておけば血の涙でも流し始めそうだ。
俺がデカブツと戯れて戻ってくるまでの間に、ゆぅいの奴が何か言ったのかね。
いずれにせよ、挨拶はすべきだ。
念話はチャンネルが繋がらないから、やるだけ無駄だろう。
腹芸の一つや二つはしてやろうと思ったが、残念だ。
「悪いね、俺の仕事は依頼主の護衛なんだ」
「あんたにとっては依頼主でも、あたしにとっては獲物です」
「いいツラをしてやがるぜ。そもそも依頼を請けると決めたのは、お前さんじゃあなかったかい。
それをキャンセルして誰とも判らん奴に着いて行った。手を引くべきはお前さんのほうさ」
銃口を向ける。
反射で背後を確認。
(デカブツが来るまではだいたい五分ちょい……といった所かね)
「そうするしかなかった……巻き込みたくなかった!」
ふはは!
今更何を水臭いこと抜かしやがる。
まったく、難儀な性格をしてやがるぜ!
さては何かを隠しておいでのようだな?
どうやってほじくり返してくれてやろうかね。
「あまり俺を見くびってくれるなよ。竜巻の中心でステップを踏んでやるぜ」
と、ここで俺はゆぅいに目配せする。
さっきまで散開していた親衛隊がフォーメーションを変えて、ゆぅいに群がった。
それからみんなして光の盾を展開し始める。
なるほど、金属の盾じゃあないから視界が遮られない。
無尽蔵に使えるものじゃあないなら、こういう時にしか使わないのも頷けるってもんだ。
「どうする? お姫様は再び塔の中だぜ。首が欲しけりゃ火の一つくらい吹いてみやがれ」
「お望み通りに!」
ドスン!
確かに青白い炎がショットガンから飛び出た。
俺はもちろん、そんな返しはとっくに予想済みさ。
銃口の前に煙の壁を設置すりゃあ、壁に炎が当たって終わりだ。
どこにも飛び散らない。
「――っ」
ロナは苦い顔をしながらも俺を無視して、ゆぅいのほうに走ろうとする。
じゃあ俺は、ロナの足元に煙の槍を当てるだけだ。
「んぐぁ! う――ッく!」
こいつは驚いた。
お化け腕で身体を支えやがった。
存外に頑張るねえ。
だが、お前さんの望んだタイミングは果たして今なのかい。
……いや、余計な事は考えないようにしよう。
今のロナは、主役と言ってもいい。
だったら俺がこいつに言ってやる台詞は一つだ。
「お前さんの正義を検証する」
「――……!」
ひどいツラだな。
俺は仕合う相手にも、つるむ相手にも、俺なりの敬愛の念を常に忘れない主義なんだ。
「どうした。いつもなら、グラスに氷を入れりゃあカランと音が鳴るだろう。お前さんのグラスは割れちまったのかい」
「あたしの、正義が、検証される……」
なるほど。
察しのいいお前さんにも解らないことくらいはあるだろうよ。
はなから間違っていることが証明されているなら、そもそもからして検証の必要が無いだろう?
俺の発言のただ一点において、俺とお前さんには深い溝があったことは認めよう。
だが、それがどうした。
今この瞬間は、俺とお前さんは仲間同士で――そして敵同士だ。
普段みたいにベッドで百の愛の言葉を睦まじく語らうよりも、今日限りは血反吐と悪態をぶち撒け合うくらいが丁度いい筈だろう。
「いつまでぼんやりしてやがる。バラバラにしちまうぜ」
ズドン!
人間に使うような通常弾で対応だ。
プラズマカートリッジだと、流れ弾で人肉ステーキが出来上がっちまうかもしれん。
流石に、黒焦げ人間を丸ごと喰うのは胃に来るってもんだ。
ズドン、ズドン!
「くっ!」
オー!
流石に素早く避けやがる!
台所のハエなんぞより、よっぽど速いぜ。
「何やってんだ! ノロマ! さっきのビームで倒しちまえよ!」
「そーだそーだ! どうせテロリストの手先だろ!」
仮にも今の俺は、依頼主サマの所有物だぜ。
そこいらの“野良ダーティ・スー”とはワケが違う。
「その女はどうせ、旅団に潜り込んだスパイだ! 殺しちまえ!」
旅団にはスパイが山ほどいる。
……その噂が無事に広まってくれているようで何よりだ。
間抜け共でも口先の軽さは信用に値する。
特に、そういう与太話に関しちゃ、風に吹かれる灰のようなものさ。
あっという間に広がって行く。
しかも、意味も思惑も置き去りにしたままだ!
悲しいねえ。
俺は初めから、ゆぅいがそのテロリスト役かもしれないという“含み”を持たせたというのに!
当然、今の今まで、シャーロック・ホームズみたいな奴らが一生懸命に証拠を掻き集めてくれていた筈だ。
(それにしてもギャラリーの連中、デカブツ退治ほっぽり出して何をしてやがるのかね。幾つかはこっちに向かってきているぜ)
「おい! クソガンマン! なにボンヤリしてやがるんだ!」
そろそろやかましいな。
じゃあ、ご要望に応じて一発だけプラズマカートリッジにしてやるか。
カランカラン、パチッパチッ……パチッ――と。
「ロナ、早く逃げたほうが身のためだぜ。復讐だけがお前さんの居場所だとでも思ったのかい。
不幸ってもんは溺れるべきじゃない。程々に泳ぐべきなのさ」
「……」
ズドン!
ビームはロナに当たらず、ギャラリーの中でも特にうるさい奴の両脚をふっ飛ばした。
もちろん、わざとそうしてやった。
可哀想な雑音野郎!
周りも少しずつ逃げていく。
俺はもう一度、ロナを見る。
「どうやら一生分の運を使い果たしちまったようだな!」
両腕を広げて周囲を見回す。
いいねえ、ノイズ無しっていうのは!
「此処から先は地獄のアンラッキータイムだ。ラッキーチャージと決め込もうぜ」
雑音野郎から吹っ飛んだ脚の、その炭化した骨肉の残骸を拾った。
左手にそれを持って、軽く振ってみる。
「ロナ。おとなしく帰るか、我らが偉大なる聖女サマの恩赦を受けて軍門に下りでもしてみたらどうだい。
復讐を忘れて、痛みから目を逸らして、見て見ぬふりをすべきだぜ。何故なら!」
ズドン!
地面に当たって、そこだけガラスみたいになる。
「――お前さんは俺の女だからさ!」
「絶対に嫌だ……何のためにしんどい思いをして、ここまでやってきたんですか……あたし、馬鹿みたいじゃないですか……!」
パチンッ。
地面から煙の槍を隙間なく次々と、囲い込むように吹き出させる。
「大丈夫だ。人は許し合う生き物だろう。俺のほうから、なるべく条件を緩くしてもらうよう掛け合ってやらんでもないぜ」
ロナは煙の槍の、横っ面を蹴飛ばして避けた。
その避け方は流石に想定外だ。
「――! わざと言ってますね、さては」
で、ロナはその勢いのまま懐まで飛び込んでくる。
なるほど、俺の腕を掴めば封じられるだろうという着眼点は褒めてやろう。
あとはやり方次第だ。
お化け腕を左右に振りかぶってくる。
どうやっても目立つし、当たれば内蔵を潰されるだろう。
意識がそっちに行くのは、仕方のない話だ。
が、俺は敢えてそっちより本体のロナを意識した。
「十字架中毒者どもは、単なる洪水にも試練を見出すらしいぜ」
パンツァーファウストのロケット弾頭が飛んでくる。
ロナ、やっぱり本物のお前さんは、そうでなきゃあね。
「あたしがスーさんを拝んでて、どんな言葉も試練と捉えているって? うるさい、そこを通せ!」
周りから矢が飛んでくる。
その量を見るに、俺すら巻き添えにするつもりだったらしい。
が、ロナはお化け腕で受け止めていたし、俺も煙の壁で弾いた。
お化け腕が地面に叩き付けられて、土煙が浮かぶ。
ついでに丸鋸の刃が何枚も飛んでくる。
俺は、雑音野郎の脚の残骸でそれを幾つか受け止めて、投げ返してやった。
「ひっ……――!」
潔癖症め。
「あと一度だけしか言わん。失せろ」
ズドン!
ズドン!
「やだっつってんだろ、このわからず屋ッ!! あいつに、ゆぅいに、世界を救わせたくない……あたしが納得できない!」
「……」
ズドン!
ズドン!
……リロード。
周りのギャラリー共は……だいぶ減ったな。
流石にデカブツが近付いてきて、危ないと感じたのかもしれん。
「あれだけ周りを利用して、さも自分は英雄みたいに! だからあたしは、あたしさえ納得できるなら、それでいい……あいつを、この手で殺すんだ……絶対に!」
「紀絵は、あの社長の命だけは我慢してやっただろう」
ズドン!
「事情も理由も違う!」
「そもそも、もしお前さんの勘違いだったら? 聖女サマは本当に善人で、お前さんが怠け者だったことこそが真実だったら?」
ズドン!
「クソ喰らえだ! 初心者狩りを放置した時点で、クソ確定だろうが!」
おっと、掴まれちまったか。
……これでも割と、半分くらいは本気だったんだぜ。
周りの連中は相変わらず、俺もろとも容赦なく焼き払おうとしやがる。
ものぐさなのは構わんが、命に関わる場面でそういう事をしようとするかね。
現実主義っていうのは、手段を選ばないっていうのとイコールじゃあないんだぜ。
幸いにもロナのお手々(てて)サマは優秀で、次々と魔法を弾き飛ばしちまうがね。
急にロナが目で追えない速度で跳ねる。
ロナのいた地点に、幾つもの魔法が突き刺さった。
「掴まれそうになった小蝿でも、ここまでは早く――」
視界がぐるりと廻る。
そして、背中の衝撃。
どうやら俺は、背中から叩き付けられたらしい。
青白い巨大なゲンコツが目の前に。
転がる。
ロケットが飛んできた。
ズドン!
即座に撃ち落とす。
ロナが怯んだ。
懐に潜り込む。
「持ち主の男の言うことは聞いておくべきだぜ!」
掌底、パンチ、パンチ、キック!
ついでに宙返りからの煙の槍を乱射だ。
「ぐっ! うぅ!」
腕で防いでも、まともに浴びれば痛みはあるってもんさ。
一気に駆け寄って、腹にとびきり重たいパンチを一発。
「げへッえ゛ぇ……」
「悪いが、おとなしくしていてくれ」
どこかで、ほとぼりが冷めるまでだ。
俺が消えたら、お前さんの出番ってわけさ。
真後ろまで来たデカブツがくたばった。
そのまま、俺達に覆いかぶさってくる。
これだけの大きさにもなると、肉の塊と言ったって重さが桁違いだ。
「茶番はそこまでですぅ」
押し潰される直前に、俺は煙の槍でデカブツの横っ腹に穴を開けた。
頼むからバレないでくれよ。
それにしても、こっちのプランで来やがるとは。
なあ、ゆぅい。
奇をてらうにしたって、作法ってもんはある。
行き先に何を仕込んでおくのかは知らんが、頼むから退屈なオチにはしないでくれよ。
或いは、お前さんが手に入れたいのは“度し難い奴すらも御せる”という実績だけだったのかもしれんがね。
……まあいいさ。
俺がいなくても実りを収穫する農夫さえ生きていりゃあ、問題なく市場に流通するって計算だ。
そう、“真実の穀物”が!
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