ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~
Extend8 暗転
……女の冒険者は、数ランク上の男の冒険者に付き従う事が当たり前の世界。
教会と根底はさして変わらないけれど、実態は更に酷い。
男に尽くせ、男を立てろ。
強い男に皆で群がれ。
【↑女は一人では生きられないから。反抗的な女など潰されるだけだから】
いざ冒険指南書を分解してみれば、そのような内容ばかりだ。
ハーレムパーティを形成するにあたって、偶然を装ったスキンシップなど基本中の基本だ。
下着を見せる、或いは露出の多い服装をする者も決して少なくない。
そうやって男達の気を惹くのが、女の冒険者達の正しい在り方と誰もが口を揃えて言う。
【↑それの何が悪い。自分達の意志でそうしているというのに】
この世界に於いて、女は男無しには成立しない“弱き者達”であり、理論より感情が勝っている“白痴の者達”なのだ。
【↑紛れもない正論。浮かべてご覧、お前の反論を】
一人で立ち上がり、男に凭れずとも成立する人だっている。
女同士で手を取り合い、共に歩む人もいる。
……世界が、彼女達を侮辱するのだ。
【↑被害者ぶるのも大概にすべき。弱すぎ。繊細すぎ。気にしすぎ。だから生きて行けない。
前世も合わせれば還暦を迎える程は生きたのに、まだそこで立ち止まっているのか。やはり、お前は死ぬべきだった】
うるさい。
黙れ。
【↑ならばお前が死ね】
修道院で学んだ治癒魔法を重宝がられる為か、わたしは何処へ行ってもすんなりと受け入れられた。
長く関わりすぎないよう考えながら、次から次へとパーティを渡り歩いた。
短い付き合いの中で、幾度となく悲劇を目の当たりにした。
陰湿な虐めは、協会と同じく発生する。
パーティのリーダーを独占、ないしはハーレムのヒエラルキー上位に留まる為なのか。
周りに合わせて、つまりは同調圧力なのか。
理由は様々で、そして、そのどれもが一様に、人の業を感じさせるには充分だった。
時には、それで命を落とす事もある。
……その全てを止める事など、わたしのように小さな体躯の女に出来る筈も無かった。
矛先がわたしに向かぬよう、必死に受け流した。
『ほら、あの人なんてどうでしょう。わたしが思うに、オススメ男子ナンバーワンではないかと』
『わ、ごめんなさい! この前ご一緒したパーティのカップルの行く末が気になって!』
――などと、考え事と色恋沙汰の観察が好きなだけの、ぼんやりしたポンコツ女の子という仮面をかぶって。
【↑そうしてお前は、また見捨てた】
今はまだその時ではない。
まだ力が足りない。
自身にそう言い聞かせながら、黙々と敵を倒し続けた。
二人目の子を殺した、その両の手で。
活動していく中でわたしと親しくなった女性冒険者の何割かは、普段はソロ活動をしている人達だった。
そして、そのうちの三割は食事や飲み物に薬を盛られて、眠らされている間に犯されて行った。
そうして誰かが孕んで、産んで、捨てていった子供が冒険者になる事もある。
そんな冒険者の中には、わたしの子が育てばこれくらいだろうか……という年頃の子もいた。
その事実を知るたび“彼ら”の嘲笑する声が聞こえてくるような気がした。
【↑被害妄想も甚だしい】
だからわたしは独り、耳を塞いで咽び泣いた。
『無事に生まれてきて、五体満足なら、それでいいでしょ』
何度も。
『軽はずみに交尾をするなんて、猿かよ』
何度も、何度も。
『わたしだって、産みたかった……育てたかったのに……』
涙が枯れゆく最後の瞬間まで。
『その子をわたしに寄越せ……寄越せよ!! わたしに!! わたしが育てるから!!』
本当は、彼ら、彼女らに、面と向かってそう言ってやりたかった。
けれど苦悩も嘆きも、わたしはただ、ただ呑み込んだ。
人知れず涙するうち、やがて悲しみの感情は摩耗していき、憾みだけが募っていった。
【↑辛いのはお前だけではないのに、勝手に悲劇ぶるつもりか】
わたしは果たして、まだ正気を保てているのだろうか。
湖に飛び込んで死んでしまおうかと考える度に、見覚えのない女が私の隣で囁いてきた。
――『あなたが叛逆を望むなら、私はいつでも力を貸すわよ』
その誘惑を幾度となく跳ね除け、逡巡を繰り返した。
その声に従えば、きっとわたしは、わたしではなくなってしまうだろうから。
ただ、悪いことばかりでもない。
おおよそ孤独ばかりが幅を利かせた人生だけど、わたしにも友達ができたから。
【↑悪いと感じた全ては、お前の我儘によるものだ】
ウィルマは、顔の正面に大きな十字傷のある金髪の女性だ。
得物である無銘の太刀は、密売人から仕入れたものらしい。
『強者を屠る事で相対的に、おれが最強になる』
酒を片手に、そう豪語する彼女の眼差しは何処か寂しげで、何かから疎外された者特有の暗さを纏っていた。
だから互いの過去は話さずとも、通じ合うものがあった。
相棒でもなければ恋人でもない。
ウィルマは、いうなれば“現状で最も信頼できる同僚”だ。
彼女の獲物はいつでも、奢れる強者のみ。
挑戦状を叩き付けて、斬り伏せた。
それが人であれ、人以外の何かであれ、例外なく屠った。
わたしには、その生き様や戦いぶりが眩しくて、とても眩しくて、だからこそ近付きすぎては危険だと感じた。
ウィルマは考えながらでも殺しができるけど、わたしにはできないから。
いつからか、わたしは焦がれるように、人の善性を探し求めるようになっていった。
わたしの信じる“人の善性”――すなわち愛とは、如何なる苦境にも、周囲の嘲笑にも耐えて貫くものだ。
好きだけでなく、互いが納得できるものであって欲しい。
一度だけ一緒に仕事をしたルチアという巡礼者が、それを“真実の愛”と呼んでいた。
『真実の愛なんて、軽々しく名付けていいものかよ』
ウィルマは不平を述べはしたけど、わたしが頷いたのを茶化さずに見守ってくれた。
『ま、お嬢がそれを見つけたいなら、おれは付き合うよ』
平等など空想の産物に過ぎないのだとしても、せめて真実の愛だけは手の届くものであって欲しい。
無償の愛なんて、そんなものは必然の母性を盲信して甘える者達の詭弁に過ぎない。
【↑それこそ弱者がそのままでいる為の方便でしかない】
それを伝えたくて、わたしは、岩を見つけてはそこに詩を刻みつけた。
或いは、あの“声”を掻き消したかったのかもしれない。
【↑無駄】
“夕闇迫る冬の山にて”
“灯りも持たずに出ようなど”
“誰があの子に言えようか”
“灯火よ、巡れ”
“渦巻く大火を成す前に”
“道を照らせ”
“夜闇が道を閉ざす前に”
灯火は富であり、コネでもあり、幸運かもしれない。
子を産み育てるには、わたしの生きてきた世界はあまりに過酷すぎる。
多くの人々が真実の愛に気付いて、もっと優しくなれるように。
己の生まれを後悔しなくて済むように。
この世界で、生きて良かったと思えるように。
【↑余計なお世話】
――けれど、それも今日という日までにした。
故郷に、グランロイス共和国に帰ってきた。
幾度となく繰り返される、答えのない自問自答に疲れ果てたわたしは、これで終わりにするよう決めた。
ウィルマにそう告げると、彼女はうつむき、頷いた。
『おれの安っぽい命では、お嬢の心までは守りきれないか……それでもいい。好きにやっておいで』
転生者クレフ、転移者クロエ、それから他の子供達を目の当たりにしたとき、これが最後のチャンスだと思った。
今まで体験してきたあらゆる不条理の縮図が、そこにはあった。
強大な力を持つ転生者による、圧倒的な蹂躙。
様々なギフトを与えられた転移者による、力の格差。
『死んだなら三日以内に蘇らせればセーフだし』
そして目的地で知った事。
社会的に虐げられた立場の人達に対する、驕りと侮蔑。
無自覚な欺瞞と嘲笑に彩られた、薄ら寒い平和。
これ以上探しても真実の愛が見つからないのであれば、ただ黙して死すのみだ。
もちろん、彼らを道連れにした上で。
その筈だった。
なのに、どうして……、
嗚呼、どうして今になって、わたしは見つけてしまったのだろう!!
この子達を、どうにか助け出すことは、出来ないものか。
ダーティ・スーの冷え切った眼差しが、わたしの口を固く閉ざさせる……。
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