ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Final Task 最後まで抗え!


 あちこちから、金色の光の柱が飛び出してくる。
 俺はひとつずつ煙の壁で丁寧に塞ぐ。

「ふはは! 正義の味方が器物破損とは、世も末だぜ! 賠償金は誰が支払うと思っているのかね、このガキは」

「お前にだけは、言われたくない!」

「俺だから言うのさ」

 周りに止める奴がいたなら、口をつぐんでやっても良かったんだがね。
 どいつもこいつも回れ右、左向け左なら、足元は誰が気にする?

「社長を避難させた! 存分に戦っていい! サアヤ君、大丈夫かね」

「な、なんとか……」

「銃弾は貫通しているな。少し痛むが、我慢してくれたまえ」

 呑気に治療とは、いいご身分だ。
 るきなが俺と紀絵を同時に相手しているのに!
 そして、るきなも横目でちらりと見やるとはね。

「余所見かい。少し、なまったんじゃないか」

 俺の挑発を、るきなは無視した。
 やっと頭を冷やす努力を始めたらしい。

 てめぇで出した光の柱、その間を縫って距離を詰めてくる。
 近接戦闘とは、浅はかだぜ。
 今の紀絵が俺を巻き込まないように気を使えるものかよ。

 そら見ろ。
 紀絵は俺ごと巻き込んで、尻尾をなぎ払いやがったぜ。

「げぅ――ッ!?」

 吹き飛ぶるきなと俺。
 だが俺は狙いを定めて、トリガーを引く。

 ズドン!

 るきなの脇腹を、銃弾が掠めた。
 感謝しやがれ、クラサス。
 お前さんが退屈しないように仕事を増やしてやったぜ。
 代償として俺は左肩から壁に突っ込んだが、そんなのは些細な問題だ。

「俺達は互いを乱暴に扱っても、何も感じないのさ。それが信頼・・であり美しい友情・・・・・だろう?」

「間違ってる……! 何もかも!」

 お互い、立ち上がりながら睨み合う。
 紗綾はすっかり回復して、紀絵と戦っている。
 クラサスも、油断なく全貌を見渡しつつ、紗綾の援護をしてやがる。

 どれ、もうちょっと揺さぶってやろうか。
 るきな、耐えてみろよ。

「紀絵、俺の盾になれ」

「はい、先生」

 紀絵は、さっき俺を吹き飛ばしたにもかかわらず、俺とるきなの間に立つ。
 甲殻に守られた巨体で、相手側の射線が塞がれた。

「卑怯ですわ!」

「お為ごかしをひん剥けば、残るのはナマの欲望しか無いぜ」

 だからこそ、人は紳士協定やら騎士道精神やらを求める。
 裸で往来を闊歩する事に恥じらいを覚える、失楽園の弊害って奴だ。

「究極の友愛とは、とどのつまり背中を身内に蹴飛ばされた事すら笑い話にできる鈍麻の精神だよ、お嬢ちゃん達。
 痛みを痛みと思わなければ、何もかもを許せるのさ。今の紀絵に、痛みは無い」

 ズドン!

 るきなは銃弾を杖で弾く。
 その隙に、俺は煙の壁を展開しながら一瞬で距離を詰める。
 みぞおちを殴ってやったが、るきなは踏みとどまった。
 俺の両手が、杖に押さえ付けられていた。

「私は、そうは思わない……」

 おお?
 世間様はそうお考えだと思ったんだが、お前さんは違うらしい。

「痛みに鈍感である事が強さだなんて、絶対に信じない!」

 ……変に賢しげな振る舞いより、余裕を失って煮えたぎったほうが輝いて見える事もある。
 俺には、判らない。
 どっちが正解だ?

 煙の槍を辺り一面に展開して、ぶっ放す。
 クラサスが咄嗟に、半透明のドームみたいなバリアで紗綾を守る。
 るきなも、全方位に光の盾を展開して防いでいる。
 が、社長室はあっという間にボロボロだ。
 窓ガラスも蛍光灯も、鉄筋コンクリートの壁も天井も、そこかしこに破片を撒き散らした。

 俺と紀絵はそれを浴びているが、なんともない。
 早くしないと、このビルがてっぺんから崩れ落ちて大変な事になっちまうぜ!
 だが俺は、こんな惨状でも悠々と歩けるだけの余裕がある!

 喰らえよ、るきな。
 頭突き、キック、パンチ、チョップにソバット、それから銃撃!
 ズドン!
 ズドン!
 ズドン!

 弾切れ!
 リロードしながら、ラリアット!

 単純明快で読みやすい動きだろうが、消耗したお前さんには丁度いいだろう。
 俺なりのサービスってやつだ。

 光の盾が俺の攻撃を阻む。
 だから俺は、杖を下から蹴りあげた。

 クラサスの放った光の玉が、俺の目の前を横切る。
 間髪入れずに、紀絵が紗綾目掛けてテーブルを放り投げた。

 またしても、るきなと俺は離れた。
 仕方ない……、クラサスからブッ飛ばすか。

 部屋中に展開した煙の槍は、まだ半分しか使っていない。
 クラサスは紀絵に組み敷かれそうになっているから、死角から走って煙の槍を一斉掃射だ。

「く、うおお!?」

 紀絵はハサミでクラサスを締め上げたから、煙の槍は殆ど全部が命中した計算だ。
 例えるなら数百人に寄ってたかって傘で思い切りつつかれるようなもんさ。
 さぞかし痛いだろう。

 ここで、俺は吹き飛ばされる。
 俺を吹き飛ばしたのは、ハトかスズメか、そんな形の光の塊だった。
 犯人はすぐそこにいる。
 早草るきなは、肩で息をしながらも俺を見据えていた。

「力とは“役目”であり“呪い”でもある……あんたは、そう言ったね」

「よく覚えているよ」

「私、それでもいいよ。作り物の力でも、偽物の人生でも、それが誰かを助けられるなら……私は呪いを受け入れる」

「そんな安っぽい辞世の句で、涙を誘うつもりかい。無駄だぜ」

 いよいよ、るきなが必殺技をブチかますようだ。
 杖の先端に、光が集まっていく。

「だって、そうじゃん……私はゲームのキャラクターで、それを作った会社は、人を大切にできない。
 でも、私は、戦ってきた。自分の意志だと信じて、箱庭の中で人を守ってきた……」

「るきなさん……」

 紗綾の言葉に、るきなは一瞬だけそっちを見た。
 だが、すぐに目を潤ませて首を振る。

「何かの間違いで、この世界……きっと本当の・・・現実の世界に来てしまったけど、それでも、私は私で在り続けたい。他に、道は無いと思うから」

「今まで数えきれん程の戦いを繰り返してきた大ベテラン様は、言葉の重みが違う。
 作り物を自称する割には嘘っぽさが無いが――悲しいかな、俺はその手の自虐は嫌いでね」

「……」

 しっかりしやがれよ。
 レジェンドガールだった頃のお前さんは、打てば響くように冗談で返せただろうに。

 ――なんて、言えるかよ。

 お前さんは年頃のガキより幾らかマセちゃいるが、間違いなく生きた人間・・・・・だ。
 出自なんて知るか。
 本物が、その足で現実というクソの塊の上に立って、その口でナマの感情をボロボロとこぼしやがるのさ。

 だからこそ、俺はお前さんの正義を検証した。
 もう迷わないでくれ。

「まあいいさ……よくわかった。おめでとう、お前さんは合格だよ。最終試験だ」

「試験? 今度は何を――」

「――魔法でこいつを救ってみな」

 紀絵に、銃を突き付ける。
 撃鉄は起こした。
 あとは引き金をゆっくりと絞るだけだ。
 だが発砲は無い。

「ああああッ!!」

 るきなの両手から俺を目掛けて放たれた、大きくて鋭い光の矢。
 ……だが、貫かれたのは俺だけじゃない。
 紀絵も、一緒だった。

「紀絵さん――どう、して……!?」

 るきなの疑問はごもっとも。
 紀絵は、俺の前に立った。
 だから光線は、紀絵と俺を貫いた。

 そんな無意味な真似をしなくとも、どうせ戦って倒れる。
 俺がいなけりゃ、るきなに勝てるわけがない。


 こうして俺も紀絵も、血まみれで倒れた。

 やれやれ、観客に八百長を悟らせないように手加減するのは、後先考えず本気を出すより難しいぜ。
 とはいえ、ここが妥協できる限界だろう。

 るきな、紗綾、クラサスの三人も満身創痍。
 主役のるきなに至っては、紀絵を撃ち抜いたショックで、膝から崩れた。
 社長殿を守り切ったのは褒めてやるよ。
 もっとも、当の本人は「ありがとう」の一言も言えない有様だがね!


 まあ、それはいい。
 るきなはよろよろ歩きで紀絵の隣に辿り着くと、そのまま膝から倒れた。
 紀絵は、るきなの頬をそっと撫でる。
 紀絵の両手はハサミが崩れ落ちて、素手が見えていた。

「るきなちゃん。私はね、君を作り物だなんて、一度も思った事は無いよ……君は生きてる、間違いなく、生きてる……だから、紗綾を、お願い」

 光りに包まれた紀絵は、少しずつ姿を薄れさせていく。

「紀絵さん……紀絵さん? お願い、行かないで、返事して! ねえ、ねえってばッ!?」

 どんなに呼びかけたって、光の粒になって消えていく紀絵の耳には届かないだろうよ。
 せいぜい泣き喚くがいいさ。
 それが、紀絵への手向けだ。
 心置きなく、次の世界に行けるだろう。

 ……だが。
 仕事を済ませて大満足な俺様に水を差す奴が一人いる。

「他の世界であれば、再会も叶う。君の故郷でなら、彼女はまたやってくるだろう」

 るきなの肩に手を置く、そこのお喋りクラサス大先生だ。

「それって……」

「引き続き、君をこの世界に縛り付けている存在を探し当てる必要がある。
 助力が必要ならいつでも呼んでくれ。タダとは行かんが、格安で引き受けよう」

「クラサスさん、あなたは、一体……?」

「私達は“ビヨンド”……多元世界を渡り歩く、賞金稼ぎのようなものだよ。
 そこで倒れているダーティ・スー君も、高速道路で爆発に巻き込まれたロナ君も、私と同じビヨンドだ。詳しくは、事態の収拾を済ませてからにしよう」

 そう言ってクラサスは、入り口から覗き見していた社長殿を肩越しに見やる。
 まったく、人がせっかく別れを演出してやったのに、どうして台無しにしてくれやがるのかね。
 これだからタネ明かしをしたがる性癖の持ち主って奴は!

 せいぜい、後片付けは頑張ってくれ。
 そいつの故郷じゃ再会できんが、冷やかすくらいはタダだろう?


 割れた窓から、俺は飛び降りた。
 地面に付くどころか、ビルの中腹で俺はこの世界から消えた。



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