ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task3 フレンを手伝ってやれ

「キシャアアアアーッ!!」

「フシュルルルルッ!!」

 おお、いか・・にもな奴らのお出ましだぜ。
 見渡す限り水平線を埋め尽くすタコ、タコ、タコ。
 あんなにいっぱい出て来たら、そりゃあ浜辺の観光客共もパニックになるってもんだ。

「う、うわぁ……うわぁ……」

 もちろん潔癖症のロナはドン引き。
 その他大勢の皆様も同じくだ。
 ただ一人、邪教徒の野郎を除いては。

「素晴らしい! まさしくあれはルルイエより現れし、旧き深海の使徒達!
 さあ、愚かなる人類に鉄槌を! いあ! いあ! くとぅるー! ふたぐん!」

 バンザイしてはしゃぐ程のものかね。

「ただのタコだろ」

「サイズが大きいですけどね」

「なあに、マリネが山程作れるだけだぜ」

「食べれますかね、あれ……」

「毒味はサイアンにやらせりゃいい」

「はいっ、喜んで!」

「うへぇ……」

 さて、ここまで様子見していたフレン君は、俺達が戦力にならない事を悟ったらしい。
 顔をしかめてから、他のメンツに向き直る。

「くそ……ドリィ! 俺が片っ端から片付ける! ドリィは一般人の避難誘導を!
 特に、他の世界から来た子達は魔物慣れしていないから、最優先で!」

「あいわかった!」

「フレンさん! わ、私は?」

「ギーラはドリィの指示に従って!」

「うん、わかった!」

 ワンちゃんとチビっ子は浜辺の奥へ。
 逃げ惑う海水浴客を、一生懸命に誘導している。

「はあああぁぁあ……! 浮遊双脚エアーソール火炎腕装ブレイジングアーム……よしっ」

 フレン君は何やら魔法を唱え、水の上に足を置いた。
 両手に持ったショートソードは炎を纏っている。

「行くぞタコぉおお! うおぉおおりゃああッ!!」

 水上を滑るような動きで、野郎は飛んでいった。
 羨ましいね。
 俺もそうしたいのは山々だが、あいにくそれっぽいスキルの購入オーダーには結構なカネがかかる。
 ビヨンド用の通貨……アーカムは、今はちょいと余裕が無い。
 せめてサーフボードがあれば、煙の槍を推進力にできただろうに。

「キィ!?」

「つぇありゃああああッ!!」

「「「ギシャァアッ!?」」」

「だっしゃああああッ!!」

 おお、頑張ってるねえ。
 一振りで数十匹は両断されていく様子は、まさしく天下無双だ。
 怯えながら過ごす奴らからすりゃあ、さぞかし惚れ惚れする光景だったに違いない。
 残念ながら、みんなそれどころじゃないがね――

「――千篇サウザンド・雷光掃波ヴォルテックス!」

 奴を起点にド派手な雷を轟かせ、タコの群れが一気に焼け焦げていく。
 何事にも全力投球っていうのは結構だが、どうせ後に俺が控えているとかあれこれ理由付けて出し惜しみでもしているに違いない。

 そもそも、ここが異世界って事を忘れてないかい。
 海の怪物だから雷が効くってだけで派手にやるのは、浅はかってもんだぜ。
 あんなに死体を海に浮かべちゃ、目当てにやってくる奴もいるだろう。
 地球の常識が必ずしも通用するとは限らない。

 さて。
 俺も契約内容を確認して、程々に戦っているふりをするか。

「ナターリヤ。あのタコはターゲットに入るのかい」

ニェット協力者・・・ですな。まあ、適当に間引きしてもいいですぞ。一人一匹分・・・・・になれば充分ですからな」

「情報を絞る為とはいえ、言葉足らずってのは余計な憶測を招くぜ」

「あんたが言うな。ほら、行きますよ」

「あいよ」

 指輪からバスタード・マグナムを取り出して、プラズマ弾頭を装填。
 拠点世界に残してきたステイン教授によれば、ラボと材料さえ揃えてくれりゃまた作ってくれるそうだ。
 じゃあ遠慮無くぶっ放せるね。

 ロナも負けちゃいない。
 俺が準備したのを見て、魔法の杖パンツァーファウストを構えた。

 フシュッ――ボッ。

 そんな音を立てて、ロナの持っている筒から放たれた金属の塊が、巨大タコの一匹を黒焦げにした。

「いいですねえ、最高のプレゼントです。連射が利かないのは玉に瑕ですけど」

「向き不向きはあるもんさ」

 サングラスのつまみをねじって、サーマルセンサーをON!
 これで多少は狙いがつけやすくなったか?
 俺は、蠢く水平線に狙いを定める。

「串焼きにしてやるぜ」

 ズドン!

 青白い光がタコの行列を貫いて焼き尽くす。
 ただね、いかんせん遠くを狙いすぎたのか、どうしても途中でビームが消えちまう。
 やっぱりもう少し近くを狙うべきかね。

「なるほど、向き不向きですか。さしもの“触れるものは全部溶かすビーム”も、距離があったら十匹も殺せませんね」

「ああ」

 仕方ないからフレン君の援護をしてやろう。
 戦力の配分を間違えてやがるから、その忠告も兼ねて。

 ズドン!

「うおわ!?」

 ……ふははははは!
 そんな大袈裟に避けるなよ、ギリギリ掠める程度の狙いだぜ。

「ふざけるな! 殺す気か!」

「いやあ、悪いね! 少し手が滑ったみたいだ!
 あんまり動き回らないでくれよ? 今度は当たっちまうかもしれん」

「こらーっ! ご主人に何をするんだお前はぁッ!!」

 振り向けば、犬っころがデカい胸とかわいい耳を揺らしながら、こっちに走ってきていた。
 俺は奴が完全にオカンムリだって事を確認して、また海を見る。

「大鷲も鶏も、雛は自力でエサを取れない」

「ワケの解らない事を言うな!」

 おい、頭を掴んで寄せるんじゃないよ。
 首の骨が折れたら、流石の俺様でもこたえるぜ。
 いきり立ったワンちゃんに、ロナが肘で小突く。

「えっとですね。デカい仕事の前に力が及ばないうちは、周りに助けを求めるしかないって事ですよ、多分」

「言っておくが、お前達の力は借りないぞ!」

「大した忠犬様だぜ。ところで避難は順調かい?」

「あ……」

 間抜けが。
 ほら、見ろよ。
 陸に上がったタコ共が、お前さんのご友人共に絡み付いちまったぜ。

「いやあああああッ!? なんかヌルヌルしてるぅううッ!?」
「勇者様、助けて!」
「吸盤ヤバい! 吸盤ヤバい~!」

 流石に、俺の援護射撃とタコ狩りばかりにかまけていられなくなったらしい。
 フレンの坊やはすぐに向きを変え、浜辺へとスライドする。

「し、しまった!? 今行く!」

「ご主人、ごめん!」

「……今は前を向け!」

 浜辺のほうでは触手まみれの美女達が、大変な事になっておいでだ。
 ロナの奴は今でこそ海のほうのタコに集中しているが、あいつが浜辺を直視したら卒倒するんじゃないか。
 こいつも解っているから、敢えて見ないようにしているんだろう。

 それ以外の女性陣はといえば、これまた散々だ。
 サイアンは待機中なのをいい事に、人目もはばからず一人でお楽しみ中。
 ナターリヤはいつも通り、白々しいツラで眺めている。

「ほむ。事前に実験した通りですな」

 お前さん、味方が触手まみれだぜ!
 売り子が全滅だぜ!
 ま、表向きは他所様って事になっているから、仕方ないのかね。
 どうせ実験とやらも、あの売り子にオイルを塗って撒き餌にしたんだろう。

「とはいえ、この数は些か想定外ですな。オーギュスト、少し頑張りすぎでは?」

「姐御、俺は訓練通りにやっただけですよ?」

「驚いた。ただの邪神マニアかと思ったが」

「俺を誰だと心得ている! 深淵のオーギュストとは、この俺の事だ!」

「生憎、二つ名を自称する奴は苦手でね」

「それは我輩も含まれますかな?」

 心当たりがあったのかい。
 そうだよ、お前さんは一番ヤバい。

「ところで、ナターリヤ。海岸の警備に付いている冒険者共はいないのかい?」

「さあてねえ……どこで・・・油を売っているやら・・・・・・・・・、ですな。フフフ……」

「ふはは。極悪人共め」

「サボってないで戦って下さいよ。サメ出て来ましたよ、サメ」

 ロナはげんなりしたツラで、俺の肩を揺する。
 双眼鏡で見てみりゃ、確かにサメだ。
 こりゃ随分とデカいサメですこと。
 俺はナターリヤにも双眼鏡を貸してやる。

「ゴースパジ……あれは普通のサメではありませんな。アーマーシャークといって、雷が通用しないモンスターですぞ。
 タコが感電死して周囲に流れ出た血液に、釣られてやってきたのでしょうな」

「ガキのケツを拭いてやるとしようかね」

 間抜けなガキフレンも陸に上がったタコで手一杯だろうから、今こそ俺の出番さ。

「おい、サイアン」

「んぁ……あっ、はい!」

 蕩けた顔から一瞬で切り替えるのは、流石と褒めてやりたいな。
 もう少し慎みを覚えてくれると助かるんだが、大目に見てやるか。

「お前さん、俺を引っ提げて飛べるかい」

「お安い御用です、ご主人様!」

 そう言ってサイアンは、左足を少し外側に上げながら敬礼した。
 隣にいたロナがパンツァーファウストを構える。

「……あざといポーズしてないで、さっさとサメ退治の手伝いしてこい、淫乱ド腐れパンツ姫」



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