ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Result 08 巨悪の末路

「そう、か……グラーフ・ツェッペリンは轟沈したか」

 禿頭の男――フェルヴァンは膝に抱えた猫を撫でながら、テレビ電話の映像を睥睨する。
 画面越しに見えるのは、今回の不始末を仕出かした男……ナンバー2ことジェラルド・オブライエンだ。

『申し訳ございません、閣下』

「大統領も取り逃がすとは、な」

 ヘリで侵入してきた正体不明の存在による介入。
 それがこの戦いの明暗を分けた。
 見事術中に掛かり、大統領を奪還されるという醜態を晒してしまった。

『いかなる処分も甘んじて受ける所存です』

 事の重大さを理解しているのか、オブライエンは青ざめた顔で俯く。
 だが、禿頭の男は首を振る。

「まあ良い。ロイド・ゴースが消えた今、危機的状況は脱している。それに、人員の補填は急務だ」

『では……』

「ああ。処分は先延ばしにし、君の働き次第では取り消す事も検討しよう」

『ありがとうございます』

 裏切り者のイゾーラも、今や海の藻屑だ。
 あの空母には強固なジャミングシステムが組み込まれており、データを本拠地に送信する事などできる筈もない。

 ステインは優秀な研究者だった。
 その有用なデータは、フェルヴァンのデスクにて保管されている。
 他の誰の手にも渡る事なく。

 突如、通信が乱れる。

「どうした」

『順調だ。思った以上に』

 次に発せられた音声は、オブライエンのものではなかった。
 ノイズ混じりの、奇妙な声。
 だが、脳裏をかすかによぎるそれは、決して存在すべきでないものだ。

「――! 貴様は……」

 フェルヴァンの両手に汗がにじむ。
 いや、まさか、そんな筈は。

『ゴース……――ロイド・ゴース』

「まさか! 貴様――」

 だが、彼の言葉は最後まで続かなかった。
 何故なら、その前に爆風が掻き消していたためだ。



 ―― ―― ――



 轟音を立てて崩れ落ちる、イルリヒト首領のアジト。
 近くの山中にてそれを背後に見やり、ロイド・ゴースはスマートフォンを持っていた右手を降ろす。

 もう画面を自分に向けさせる必要が無い。
 彼が使ったアプリケーションは、顔のモーションをトレースして、あたかも特定の人物が特定の場所で話しているように欺くものだった。

 しかも電波は複数の衛星を中継して飛ぶ為、この位置から話していた事すら気付かれない。
 そして、その役目をひとまず終えたのだ。


「イルリヒト、か……」

 幾つもの姿を取る怪物、イルリヒト。
 その名は彼らに相応しくない。
 彼らの視界シルエットを奪った、ロイド・ゴースこそがその名に相応しいだろう。

 今は亡きイゾーラの雇った替え玉は、予想以上の働きを見せた。
 当初は訝しんでいたロイドも気が付けば、その替え玉――“ドッペルゲンガー”とすっかり意気投合していた。
 彼は囮の役目を遺憾なく全うし、そして大統領を奪還した。
 輸送機から脱出した後、独自のルートで手配された戦闘機を駆り、空母に侵入していたのだ。
 万全の警備体制に付け入る隙は、一人だけならば無かった。
 だが、二人だからこそ成し得たのである。


 ――今日この日、世界から一つの巨悪が消え去った。

 その後もイゾーラが残してくれた、イルリヒトへの協力者リスト。
 ドッペルゲンガーによる潜入工作。
 それらが世界中の悪意の残滓を、破壊の火種を、尽く駆逐する一手となるだろう。

 だが、ロイド・ゴースにとって気掛かりな事もあった。
 あのダーティ・スーと名乗った殺し屋。
 彼は本当に死んだのだろうか。
 彼が最後に見せた意味ありげな微笑が、ロイドの脳裏に焼き付いて離れないのだ。



 ―― 次回予告 ――



「ごきげんよう、俺だ。

 夏といえば海。
 海といえば旧い神々。
 なんて嘯く、胡散臭い奴に絡まれた。

 ところがこいつが曲者で、なんと依頼主の関係者と来やがる。
 相変わらず、あのハラショーエルフの考える事はよく解らん。
 研究の合間に新しいビジネスを始めるにしたって、もう少しやり方ってもんがあると思うんだがね。

 ただ一つ言えるのは、日焼け止めはメーカーをしっかり選べって事さ。
 そうだろう?
 ワンちゃんと、その飼い主さん。

 次回――
 MISSION09: 深海からの刺客

 さて、お次も眠れない夜になりそうだぜ」


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