ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task2 スパイ野郎に一発かましてやれ

「出番だぞ、雇われ。スパイ野郎をつまみ出せ」

「よし来た」

 こっちの世界じゃあ魔法が封印されている分、銃が充実している。
 お陰でちょっと金を積めば、組織内の流通担当が寄越してくれる。
 箱と筒を組み合わせただけのチャチなサブマシンガンでも、小回りの効かないバスタード・マグナムに比べりゃ幾らかやりやすいってもんだ。
 何せ、プラズマ弾を使うには専用のバレルに交換しなきゃならん。

「マレブランケの凱旋だぜ……」

 少し急いで後ろの車両に向かえば、早速おっ始めてやがった。
 古臭いコンテナみたいな貨物車両の中だから、灯りといえば裸電球くらいのものだった。
 硝煙の甘い香りと、目が痛くなりそうな程に灰色がかった視界。
 その中で、けたたましい銃声とマズルフラッシュが交差している。

 相手は相当な手練れらしい。
 奴が一発撃つたびに、こっちの銃声は少しずつその数を減らしていく。

「クソッタレの白人グリンゴめ……タコスの具にしてやらァ!」

 構成員の一人が、悪態混じりに手榴弾を取り出す。
 こんな視界の悪い所だ。
 ましてや銃撃戦の真っ最中なんだから、ピンを抜く音に気付く筈が無い。

 ところが、スパイ野郎は手榴弾を正確に撃ち抜いた。
 辺りに焼けた肉の香りが充満する。
 俺は咄嗟に飛び退いていたから難を逃れたが、周りにいた奴は全滅だろう。
 国家ジョークなんて言うからだぜ。

 すっかり静かになった貨物車両の中に、コツンコツンと靴音が反響する。
 ひと目拝んでおきたい所だが……それでドジを踏むのも面白くない。
 左手に持った箱型サブマシンガンの銃弾で弾幕を張りながら、少しだけ思案する。
 ……どれ、ちょっくら試してやるか。

 ズドン!
 バスタード・マグナムから放たれた青白い光の塊が、靴音目掛けて飛んで行く。
 粗末な鉄製の壁に命中すると、オレンジ色に煌々と輝くドーナツみたいな穴が空いた。
 仕留め損なったが、想定内だ。

「さっきのは、君だったか」

「ご名答だ、ボンド君。いや、イーサン・ハントか、オースティン・“デンジャー”・パワーズかね」

「残念ながら人違いだ」

 いかんせん、ツラを拝めないからな。
 解るのは、相手が男で、尚且つサイレンサーを使わない大馬鹿野郎って事くらいだ。

「どっちでもいいだろう、スパイ野郎。サイレンサーはどうした? 正面突破とは、いやに豪胆じゃないか」

「……」

 だんまり決め込みやがって。
 答える価値も無いって事かい、つれねえ野郎だ。
 それでもいい。

 俺は次の車両に向かう。
 連結器をブッ壊して引き離そうっていう古典的な戦法さ。
 あのスパイ野郎が上手く対応できるなら、俺を追ってくるだろう。
 この程度も見抜けない間抜けだったら、おとなしく置いてきぼりだ。

「ウェルギリウスはここに」

 ズドン!
 オゾン臭と共に、連結器は赤熱して溶けていく。
 仕上げに、壁にかけてある斧で連結器を殴る。
 そら、外れたぜ。

「そして、ベアトリーチェはこの先だ。さあ、おいで」

 二両目の扉を開けて、悠々と歩いて去っていく俺様!
 中腹に差し掛かった辺りで背後から来た銃弾は、横に跳んで避けた。
 振り向けば、ドアの開け口から銃口だけが覗いていた。

「やっとお目見えかい、スパイ野郎」

「そちらのボスもよほど人手不足が深刻らしい」

「ご心配どうも!」

 ズドン!
 出入り口の壁を目掛けて放ったプラズマ弾は、屈んで避けられた。

「――!」

 挙句、反撃で撃たれた弾が箱型サブマシンガンとバスタード・マグナム、それぞれの横っ腹に命中した。
 ああ!
 俺の銃が吹っ飛んじまった!
 くるくると回りながら床を転がっていった愛しのバスタード・マグナムは、壁にぶつかって止まった。
 サブマシンガンに至ってはフレームが歪んで、見るからに駄目そうだ。
 金をドブに捨てたか。

「動くな!」

 スパイ野郎の銃口が俺に向けられる。
 なるほど、これがホールドアップって奴か。

「強いな。伊達にエージェントをやってる訳じゃあなさそうだ」

「君の構えは素人のものだった。訓練は?」

「我流でやる主義でね」

「地獄で鍛え直すといい」

「やなこった」

 身を屈めて突進。
 指の動きが見えるぜ……そろそろ撃ってくるか。
 ならば俺は、スライディングだ。
 奴の銃弾は頭上を掠め、俺の足は奴の靴に命中した。

「ぐっ!?」

「素人呼ばわりした事を、後悔してくれ」

 俺は宙返りをしながら、奴の銃を蹴飛ばす。
 さっきのお返しだ。
 どうだ、スパイ野郎!
 目にもの見せてやったぜ。

 だが、こいつもやられっぱなしじゃあない。
 反撃とばかりに足を掴んできやがった。

 さて、ここから予想される動きは?
 放り投げるか、回転をかけて捻挫を狙うか。
 このスパイ野郎が普通じゃない奴なら、天井に叩きつけるなり背中に担ぐなりするんだろうが、流石に無いと思う。

 俺は背中側……つまり床に両手を当てて、勢いをつける。
 片足を掴まれたまま腹筋運動をするのは、常人なら無理かもしれん。
 だが俺にはできる。

 起き上がり、スパイ野郎の顔を掴む。

「うお!?」

「そらよ!」

 俺が首に手をかけようとするや、スパイ野郎は慌てて振りほどいた。
 これで足の自由は確保できた。
 踵を返してバスタード・マグナム目掛けて走る。

 俺とスパイ野郎は同時に銃を取り戻し、互いに銃口を向け合った。

「……」

「……」

 ただし、相手は物陰から身を乗り出すようにして。
 俺は全身を晒しちまっている。
 普通ならば、俺が不利だ。
 奴の腕前なら俺の眉間を撃ち抜くのは造作も無い事だろう。

 ――そう、普通ならば。



 ズドン!

 五発目のプラズマ弾が、スパイ野郎の銃弾を容赦なく飲み込んだ。
 おそらくあの野郎も織り込み済みだったんだろう。
 つまり、一発は牽制って事さ。
 俺がそんなものでビビるタマじゃねえって事を、理解していないのかね。

 むしろ、壁が熔けて隠れる場所が無くなった。
 スパイ野郎は一転して不利になった。


 ……おや、出て来ないな。
 上から足音……という事は、なるほど!
 俺を無視して先頭車両へ急ぐ腹積もりらしい。

「やってくれるねえ」

 ズドン!
 六発目は天井を撃ち抜いてみたが、足止めにもならなかった。
 既にスパイ野郎は次の車両に移っている。
 俺は、とりあえず走った。
 地図と路線図は頭の中にある。
 ちょっとした策はあるが、ここからじゃ駄目だ。

「おい、お前さん達!」

 道中、他の車両で待機していた連中に声をかける。

「雇われ! 奴はどうした!」

「上だよ、上」

 バスタード・マグナムの銃口で上を指し示しつつ、リロードだ。
 プラズマカートリッジはあと六発残っている。
 その残りを全て装填して、俺はもう一度走った。

 待ってやがれ、スパイ野郎。
 まずは連結器の近くで外の景色を確認。
 ちょうどカーブに差し掛かるところか。
 よし、頃合いだな。

「“汝、一切の望みを棄てよ”ってね」

 青白いプラズマの塊が、前方車両の連結器を撃ち抜く。
 何か別のものが引火したのか、大爆発のおまけ付きだ。
 慌てて飛び退いたスパイ野郎の姿も確認できる。

 ついでに連結器を壊せたら良かったんだが……リスク管理がお上手ですこと。
 残念ながら車両はつながったままだ。
 まあ足止めにはなったから、良しとするかね。

 俺はメンテナンス用の梯子を上り、列車の天井の上に。
 スパイ野郎は相変わらず冷静で、腕時計を電話代わりに何処かと相談中のようだ。

 三度、俺は走る。
 列車は、まもなくトンネルに入る所だった。



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