ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task11 依頼主との茶番を続けろ


「スペル・クラッシュ!」

 強い光が辺りに広がる。
 村長さん、お前さんがやってくれたのは一体どういうつもりだい?
 ケツの感触が消えた俺は、咄嗟にロナが尻餅をつかないように支えた。

 煙の壁で作ったソファが消えたって事は、何をやられたかは想像がつく。


「あ、あれ……僕は何を……?」

 なんてマキト達が我に返っているところを見るに、かけられた魔法を砕くって事だろう。
 おもむろに使い出したってところだが、これについては簡単な話さ。

 つまり、少なくともここまでは村長が掌握していた。
 そしてナターリヤも。

「守り神を僭称し、この地に災いを引き寄せた……それが、そのキラーラビットの真意だったのです。
 さあ、ナターリヤ殿、早くその哀れな獣に、安らぎをお与えになって下さいませぬか」

「もちろんですぞ。斯様な怪物をみすみす帝国の連中に討伐させたとあっては、森の開拓への口実を与えかねませんからな」

 見え透いた茶番だ。
 ロナも気付いているらしく、念話で愚痴をこぼす。

『よくもまあ、抜け抜けと。古巣を思い出して鬱になりそう』

『見返りはあった。パンツ姫の惨めな姿でも見て、溜飲を下げようぜ』

 などとやっている間にも、茶番は続く。

「いやはや、危ない所でしたな、冒険者殿。
 調査によればキラーラビットは記憶を盗み見て都合の良い似姿を取って魅了し、吸精を行うそうですぞ」

 こいつは傑作だ。
 まるきり嘘でもない辺りが。
 さんざっぱら煮え湯を飲まされた、その意趣返しかね。
 イスティはすっかり顔を青くしている。

「で、で……彼女はサイアン殿ではないというのか!?」

「実際の姿が記憶と随分違うのは、読み取りが不十分だったからでしょうな」

「いや……嘘だ……そんな筈は、無い……」

 まあ実際、イスティが首を振った部分に関しちゃ嘘だ。
 パンツ姫は元からこんなツラだし、擬態もクソも、こっちが本来の姿だからな。
 ナターリヤは面白がるように、イスティのツラを覗きこむ。

「嘘と証明する手段は?」

「それは……」

 言い淀むイスティの肩を、マキトが叩く。
 寄り添うようにして傍らに立つ、この坊やは……。

「パーティの中で、イスティだけが付けていた装備があったよね。魅了を跳ね除ける……。
 僕らは最初、あの女の人がサイアンだと気付けなかった。けれど、イスティは気付いていたんだよね?」

「あ、ああ……そうか!」

 もう、今までのようなただのイノシシ娘じゃない。
 激情に振り回されるだけの小娘じゃないって風情だ。
 存外、いいツラをしてやがる。

「証拠ならあるぞ! 私から奪った首飾りを鑑定してみろ。魅了を無効化する効果がある筈だ。
 サイアン殿は、間違いなくサイアン殿だと証言できる」

「ほう……?」

「当人が魅了を使った自覚が無くとも、私は知っている」

 さて、その勢いがどこまでもつか?
 対するナターリヤはといえば、すっかり冷えきったツラのまま、杖で地面を軽く小突いた。

「貴殿が異端審問官の職に付かなくて良かったですな。それを言い出せば首を刎ねられていたでしょうな? あのオルトハイムに」

「……」

 僅かな震えを伴って発せられた低い声は、ありとあらゆる恨みつらみを込めていた。
 据わった眼差しと眉間に刻まれたシワは、ありったけの憎しみが篭っていた。
 イスティは早くもそれに圧され、口を閉ざす。

 もう終わりかい?
 せっかく、ナターリヤは微動だにしない程の真面目くさった態度になったんだ。
 いつもならおどけてステッキを回すところを、地面に差したままだぜ。

「さあ、我輩に言い返してごらんよ。我輩は数多の舌戦を繰り広げ、未だ負け知らず。
 貴殿ごときが魔女裁判を覆せると思うな。失せろ、負け犬」

『どうしちゃったんでしょうね、急にテンション変わりましたけど』

『嫌な思い出でもあるんだろう』

「どいつもこいつも我輩の周りをうろちょろと詮索して、実に不愉快千万。
 お前らが生きながらえているのも、同志たっての希望ゆえ。これ以上の狼藉を働くならば、一人ずつ首を刎ねてやろうか」

 やがてナターリヤは杖を地面から離し、苛立ち混じりの足取りでパンツ姫の棺に近寄る。
 そして、思い切りそれを蹴飛ばした。
 色を失った内容物の液体と共に、パンツ姫がごろりと転がる。

「この女は結局、独りなのだ。我輩と同じようにね……そう在り続けるしかないのだよ」

 杖でパンツ姫の頬を叩き、それから辺りに杖の先を向ける。

「見ろ、侮蔑と敵意に満ちた彼らを。この女が助けたと嘯く者共を」

 俺は奴の一挙一動と杖の先を、交互に見比べた。
 いや、これはあからさまな視線誘導だがね。

「これが恩人とやらに見せる態度か……? 違うだろう、違うとも。我輩は知っているよ。
 奴隷は連れ出すだけでは解放されない。報復に怯える夜を過ごし、被虐の記憶に歪んだ悪夢で目を覚ます。陽の光はただ容赦なく網膜を焼いて、肌をジリジリと熱する。
 日陰でこそ生きられた苔を、光の中に放り投げるべきではなかった。たとえそれが、木漏れ日の中であろうと!」

 もはや悲劇のクライマックスシーンだ。
 俺は、大演説を始めたナターリヤを無視して、マキト達や捕虜共、それから村人共を見やる。
 なるほど?
 解放者の恩恵を受けた筈の奴隷共から感じるのは、パンツ姫に対する侮蔑や恐怖だ。
 そりゃあてめぇの与り知らぬ所で勝手に感情を弄られれば、どう贔屓目に見ても面白いもんじゃあるまい。

 ましてや、きっと安全圏だと言われて連れてこられた挙句の、騎士団の襲撃だ。
 魅了が効いていれば、何かしらお題目を唱えて水に流していたかもしれん。
 だが、しらふでそれを目の当たりにすれば、パンツ姫の無能っぷりが際立つだけだ。
 パンツ姫の拠り所を容赦なく轢き潰すとは、ナターリヤもなかなかに人が悪いな?

「それでも、時は傷を癒やしてくれる筈です!」

 などと食い下がるのは、リッツだ。
 健気なこった!
 その弁も、どうせてめえに言い聞かせるついでだろうに!

「……ああ、同志。邪魔者を集めて排除する目的があると仰せられましたな。正解ですぞ。
 だから我輩は問うたのです。殺さぬのか、と。確かに生き地獄を味わってもらうのも――」

「――お楽しみ中失礼するぜ」

 ナターリヤの足元にいるパンツ姫を、俺は指差す。
 砂浜に打ち上げられた魚のように痙攣するパンツ姫。
 あまりいい状態じゃない事は確かだ。

「――!」

 パンツ姫は胸を吊り上げられるような薄気味悪い姿勢で起き上がり、恐るべき馬鹿力でボールギャグを噛み砕いた。

「諦めが悪いのは結構だが、ここまで行くと病気じみているぜ」

 ズドン。
 俺が撃ったのは一発だけだったが、パンツ姫には不足だったか。
 まさか銃弾を平手で弾くとは。
 その勢いのままナターリヤの背中を殴打して、地面に叩き付ける。

「ボクが……」

 ネバネバがどす黒く変色して、奴の全身に入り込む。

「このままで……」

 革ベルトの目隠しを引き千切って捨てると、その両目は眼球が真っ黒に染まっていた。
 黒い眼球の中心でせわしなく動き回る、紫色に縁取られた金色の虹彩。
 ギラついた瞳は細長く、爬虫類じみた威容を放つ。

「終わると思ッタ?」

 まるで泡だらけのスポンジを何度も握るような音を立てて、奴は変貌していく。
 途中でナターリヤの部下共がクロスボウからボルトを放ち、それが奴の身体に突き刺さった。
 それでも止まらない。

 全身に毛が生えて、狐のような顔に。
 尻尾は一本ずつ生えて、九本に。
 翼も四本に増えたし、ツノもよりいっそうデカくなった。
 食いしばった歯はどれも尖って、もう完全に化け物だ。

 にわかに、村はざわめいた。
 元奴隷の連中も口々に「化け物だ」「助けて」なんて叫びながら逃げて行く。
 村人共も一緒だ。

 その中で村長は、マキト達や捕虜の騎士団を油断なく見回しながら、白々しく髭を撫でる。

「これは参りました。よもや、動作試験をもってしても予測できないとは」

 奴の視線の先には、ナターリヤが起き上がっていた。
 ナターリヤの奴、付け髭を落としてやがる。

「……謀ったな、ゴルレック!」

 憎々しげに歪んだ口が開かれた。
 歯並びが悪いんじゃあない。
 食いしばった歯はどれもボロボロに欠けていた。
 なんとも痛々しいね。
 ……欠け方を見るに随分昔からだったようだが、それも何かしらの因縁のせいかね?

「単なる事故です。それに奴隷達は初め、私に襲い掛かってきました。
 民を守る為に少しばかりの犠牲を払う必要とてあります。あなたとて、身に覚えがありましょう?」

「詭弁を……!」

 村長もたいがい、クソ野郎らしいな。
 慌てふためく騎士団が抵抗して無残に投げ飛ばされているのを見て、愉悦を隠そうともしない。

 ああ、いいぜ!
 お前さんもこういった暴力的な因果応報ショーを楽しめるクチなんだろう!
 残念ながら俺は、ちょっとばかり余裕が無い。

「ロナぁ……欲しイィ……」

 歯の隙間から紫色の霧を洩らしながら、パンツ姫は口を歪める。
 さっきから俺の余裕が無いのは、こいつのせいだ。
 すぐ近くにはロナが。
 腰を抜かしでもしたのか、その逃げ足は覚束ない。

「ちょ、ちょっと……!?」

「さっさと、そいつから離れな」

 言い終える前に、パンツ姫が跳びかかった。

「む、無理です! 速すぎて――」

 あっという間に組み伏せられて、ロナの頭はパンツ姫の口にすっぽりと入った。
 紫色のネバついた液体が口元から止めどなく流れ、ロナを濡らす。
 よく冷えたアイスバーを食う時と同じように、パンツ姫はロナの頭を一心不乱にしゃぶっている。

 一体、何をしようっていうんだ。

「そいつは飯じゃねぇぜ!」

 バスタード・マグナムを弾切れになるまで撃っても、奴は相変わらずはたき落とす。
 気のせいかね……銃の威力が下がっているようだ。
 こいつも魔法が掛かっていたってか。

 ……やれやれ。
 村長の野郎、余計な真似しやがって。



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