ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Extended1 時は少し遡り


 僕――津川つがわ巻人まきとは、この名も知らぬ森を四人で・・・歩きまわっている。

 みんなはよく付いて来てくれている。
 僕はあまり出来のいい冒険者じゃない。
 転生して力を手に入れたとしても、とても使いこなせているとは思えない。

 容姿だって転生前のぱっとしない、男らしくない感じのままだし。
 気は強いほうでもない。

 親もいないから誇る血筋なんてもちろん無い。
 この世界には5才まで若返ってやってきた。
 埃をかぶった無人の屋敷で、幼少期を過ごした。
 誰とも出会わず、何故か読める魔法書を頼りに魔法の練習をし続けた。

 けれども僕には、魔法の才能はほとんど無いらしかった。
 元いた世界での年齢、16歳になった今でも大した魔法は使えない。
 冒険者デビューなんて、惨憺たる結果だった。
 狙いの定まらなかったファイヤーボールが運悪く休眠中のオオトカゲに当って、一晩中追い回された。

 そんな折、人間の騎士イスティとエルフの射手リッツのパーティに拾ってもらった。
 それからドワーフの戦士ブロイ、猫人の盗賊リコナと出会って。
 みんな、僕を足手まといとは言わないでくれた。

 ――昨日までは。


 イスティはついさっき、このパーティから一時脱退を宣言した。
 一時脱退といっても、無期限だ。
 あっちの気が変わるまでは、イスティは古巣の帝国騎士団に同行する事になる。

「そう気を落とすなよ、マキト。誰だって喧嘩くらいするじゃん。イスティの奴、アタイとは毎日喧嘩してきたろ?
 よーするに、マキトもようやくその段階まで来たって事だって」

「ありがとう、リコナ」

 僕の右肩に、ごつい手が乗る。
 ドワーフのブロイだ。

「次に対面する時は、酒でも呑み交わせば良かろうよ。儂がそうしてきたようにな」

「そうそう。ブロイも、たまにはいいこと言うじゃん」

 ブロイの軽口に、猫人のリコナも明るく笑う。
 だけど、尻尾は下がっていたし、耳も寝ている。
 気分が沈んでいるのを、誤魔化しきれていない。

 発端は些細な言い合いだった。
 ダーティ・スーを倒しに行く為に僕達はこの森に来た。
 そこに帝国騎士団が現れた。

 イスティは彼らと協同で事にあたるべきだと主張し。
 それに対して僕は彼らを信用出来ないと主張し。
 正反対の意見がぶつかり合えば、言い争いになるのは必然だった。

 イスティはあんな性格だから、一度決めたら譲らない。
 しまいには自分だけ騎士団のほうへと行ってしまった。
 彼女は帝国において、特殊な立ち位置だ。
 巡礼騎士と呼ばれる役職で、各地で武功を立てて軍神教を広めるという役目を負っている。
 冒険者と共に行動してもいいし、帝国騎士団と合同作戦を展開してもいい。
 しかもイスティは単身で幾つもの武功を立てて評価を受けている為、指揮系統の上位に立つ事も可能らしい。

 一緒に動きたがるのも解らないでもない。
 けれど……彼らからは嫌な雰囲気を感じた。
 それを上手く伝えられなかったのは、僕の落ち度だ。

 リッツの故郷も帝国とは因縁浅からぬ関係だし、本人はすごく複雑な顔をしている。

「万一、敵対する事になったらどうしましょうか?」

「やめなよ、リッツ。そんな怖い事を言うなよ」

 リコナは眉をひそめるけど、リッツはおどけた仕草で片手を振った。

「……もしもの話ですよ。大切な仲間を進んで手をかけようなんて、普通はありえないじゃないですか」

 リッツは苦笑交じりにはぐらかしているけれど、本気かもしれない。
 彼女の最初の故郷は……帝国に壊滅させられた。
 もう20年も昔の話で、彼女はまだ赤ん坊だったから覚えていないらしいけど。
 リッツが長年暮らしてきたガスタロア自治区のエルフが、そう言っていた。

「――とにかく、ダーティ・スーを倒さないと」

 僕はつぶやく。

 僕達もあれから数々の依頼をこなして、冒険者として成長はしてきた。
 ギルドカードの表示はあの時のレベル3から、今はレベル12まで上がっている。
 もう、駆け出しの冒険者じゃないんだ。

 ……でも、どうやって?

 ダーティ・スーが凶暴なキラーラビットを操っているとしたら、間違いなくこの前の密輸人を追いかけていた時よりも状況は悪い。
 先遣隊は全滅したと聞いたし、向こうも相応に実力を磨いているに違いない。
 全方向に逃げ道がある以上、追い詰めるという選択肢も無い。

 何より、イスティがいない。
 前衛としては防御力と機動力のバランスが取れていて、切り込み隊長としての本分を遺憾なく発揮する彼女が……。
 何より、彼女が過熱するのを見ているから他の人は冷静でいられる。
 言い方は良くないけど、そこに助けられている部分が無いとは言えない。

「来ないかもしれない“もしも”を語るのはやめなって言ってる!」

「最悪の事態を想定しないと、危機に陥った時に対応できなくなってしまいます」

「とかいって、本当はイスティに恨みがあるんじゃないのか?」

「彼女が帝国の生まれだから?」

 掴み合いの喧嘩に発展しそうなリッツとリコナを、僕は間に立って止めた。

「二人とも、しっかりしてよ」

「「だって……!」」

 くそ……胃薬が欲しい。
 そうこうしているうちに、日が暮れそうだ。

「それよりも、遠くに洞窟が見えるのう。あれがもしや、敵の本拠地では?」

「マキト、どうする? 様子を見に行く?」

「……」

 一度戻って、合流したほうがいいんじゃないかな。
 その一言が出なかった。

「大丈夫じゃ。儂の勘が告げておる。目的地はここであると。
 いざとなれば儂が逃走経路をエスコートしてしんぜよう」

 ブロイを信じて、僕は足を進める。
 その後ろに、リッツ、リコナ、ブロイも続く。



 ――けれど、それが間違いだった。
 洞窟に入った途端に足場が煙のように・・・・・消えて、その下を流れる川に放り込まれてから後悔しても、結局は後の祭り。
 これ、どこまで流されてしまうんだろう……。
 周りは切り立った崖になっているから、川辺に登るのも無理だ。

 激流に流されながら、僕は自分の浅はかさを呪った。

「う、嘘じゃろ~! 儂の勘が鈍っておったじゃと~!」

 そして、ブロイのアテにならない勘も。

「このボンクラドワーフ! 後でたっぷり絞ってやる!」

 いつもならたしなめる側に立つ僕だけど、この時ばかりはリコナの罵声に全力で同意せざるを得なかった。
 こうして僕達は結局、下流まで流された。



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