ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task1 洋館へ潜入せよ


 ごきげんよう、俺だ。
 まったく辛気臭い依頼だぜ。
 いくら待っても他の依頼は来ないから仕方なく受けてはみたものの、気が進まねぇ。

 今回の依頼主は、とびきりのクソ野郎さ。
 呼び出しておいて殺した勇者がゾンビになって蘇ったから成仏させろ、だと。
 そんなの、俺達の業界じゃあ契約違反だ。

 奴がクソじゃないと言える聖人君子がこの世に存在するなら、俺はこの足元に散らばる灰をベットしてやってもいい。

 どうやって奴の鼻を明かしてやろうか。
 騙すにしたって、情報が足りていない。
 やるならもう少し後だ。


 隣のロナも、どんよりした顔を……いや、いつもの事か。

 とにかく、そこかしこにゾンビが溢れかえっていて、ノアの方舟に風穴を開けたみたいな状況だ。
 ちょっと奮発して銀の銃弾をたんまり買ってはみたが、やめだ、やめ。
 こうも数が多いんじゃ、いくらあっても足りないぜ。

「何企んでるんです?」

「それより空を見ろよ。お前さんの美貌に、月が恥ずかしがってやがる」

 空を指差してみる。
 あいにくの曇り空だが、この世界じゃあそれがお似合いだ。
 ロナの睨みを利かせたツラも、中々に負けてない。

「何です、それ。口説いてるつもりですか」

「それはどうかな?」

「アンデッドの体液を踏みたくないから、あたしは下を見ますよ」

 それはそれでいい。
 さっさと済ませたい。

「それよりあれを見ろよ。とびきりの大豪邸の周りでお祭り騒ぎをしてやがる」

 白地に金色の装飾を施した聖者の行進に、それを迎え撃つ亡者の軍勢。
 捕食者に反抗する憐れな犠牲者共はしきりに喚いて、まさしくこの世のカーテンを強引に閉めようとする劇作家の激情・・だ。
 俺ならチケット片手に「クラト・パラダ・ニクトゥ! 我が罪を赦し給え!」と叫びながら、そこに空き缶を投げ入れるね。

「お祭り騒ぎですね。まるで、リオのカーニバルです」

「30点」

「なんで!?」

 胸ぐらを掴まれた。
 理解が足りないのは結構だが、手を出すのが早すぎるってもんだ。
 襟首を掴んでやると、ロナは宙吊りのままじたばたしだした。

「苗床の発酵具合が足りないのさ。ただ、カーニバルの語源やカニバリズムの意味を含ませたのはいい着眼点だ。だからその部分で加点する」

「あんたそういうキャラでしたっけ」

「ならお前さんは、万華鏡に映る模様を一言で表現できるかい」

 少し遠くに放り投げるようにして、ロナを地面に降ろす。

「……いつものスーさんですね」

 ロナの奴、目を逸らしながら苦笑いを浮かべやがって。
 人間は常に傲慢だ。
 目に映る全てだけで人を値踏みしようとする。

「とりあえず、助けましょうか。依頼主の手の者でしょうし」

「“来た時には既にくたばっていた”」

「“あたしが時を戻してそれを助けた”」

 言葉遊びをしながらも、ゆっくりとゾンビの包囲網に近寄っていく。

「……10点だな」

「うっせ、ばーか」

 どうでもいいが、俺の真似をしても碌な事にならねぇぜ。
 さて、鎧の連中のうち一人が、そのツラに悲壮感をたっぷり滲ませて叫ぶ。

「突撃! クソッタレな陛下の為にッ!!」

 だが、それを同僚らしい奴が肩を掴んで引き止めていた。

「よせ! 周りが聞いてたらどうするつもりだ!」

「どうせ死ぬんだ! 冥土の土産に呪詛くらいいいだろ!」

 覚悟は大変結構だが、横槍を失礼するぜ。
 俺は亡者を蹴倒し、首を刎ねる。
 流石にこんな状態じゃあ元には戻らないだろう。

 他には煙の槍で足止めしてから、ロナに始末させる。
 憐れなノロマ共は、丸鋸の餌食さ。
 少しだけ幸運な奴は、俺が粉々になるまで殴り続けた。

「おやすみ、坊や達」

 真っ白野郎共の一人から松明を引っ手繰り、死体の山に放り投げる。
 藁人形じゃなくてゾンビだが、なるほど由緒正しいカーニバルだ。
 この後に断食でもすりゃ完璧だな。

「ああ、その、助かった……」

 真っ白野郎の一人が頭を下げると、他にも何人かがそれに倣った。

「礼を言われる程でも無い。くたばっても生き返ればいいだろ」

「ちょっと、スーさん。それじゃあ誤解されます」

「既に誤解されている。俺はお前さんを助けに来たんじゃない。大物を仕留めに来たのさ」

 聖騎士気取りのナリをした連中は互いに顔を見合わせる。

「大物……じゃあ貴殿らが、ヒイロ・アカシを?」

 名前は知らされなかったが、まあどうでもいい。
 役者が揃えば、どっちかがくたばるんだ。
 死の茶番にキャスト一覧は無用ってもんさ。


 俺は頷いて、屋敷のドアを蹴破った。
 誇り高き門は悲しい破片へと姿を変え、落胆の乾いた音がエントランスホールに響く。

 まだギャラリーが俺の背中に釘付けだ。
 俺を見た所で、ご利益があるわけでもない。

「さっさと帰んな。クソッタレ陛下・・・・・・・によろしく」

 肩越しに声だけでもかけてやろう。
 傭兵やら賞金稼ぎやらを監視するのは、奴らの仕事じゃない筈だ。

「ほら聞かれてた! 俺の言った通りだろ! なあ、ヘイズ!」

「ああ、クソ……」

 ヘイズの野郎は額に手を当て、首を振る。
 いい気味だぜ。


「さっき、いい気味だって思いませんでしたか」

「お前さんはどうなんだ」

「……思いました」

「それが答えさ」

 それにしても虫の鳴き声が綺麗だ。
 秋の夜を思い起こさせる、風情のある景色じゃないか。
 エントランスホールの崩れ落ちた天井の破片は苔生して、ぽっかり空いた夜空は真っ黒な雲が覆っている。

 これで雨でも降れば最高だな。
 雨宿りの言い訳ができる。


 さて、エントランスホールの床はホコリまみれだが、足跡はよく見える。
 ランタンをかざせば、あっという間だ。

 これが罠じゃない保証はあるか?
 無いよな。

 じゃあここで一発、ズドン。
 そう、これは処刑者の来訪を報せる鐘の音だ。

 週末・・を報せるラッパでもいい。
 フライドチキンを片手にテレビでも見ながら、この悲劇を片手間に終わらせてやる。

 ……屋敷の中は静まり返ったままだ。
 ロナは辺りを一通り眺め回してから、俺に向き直った。

「まさか誰もいない、なんて事はあり得ませんよね。脱出路があったとかでもない限りは」

「探してみる価値はある。思わぬ戦利品が見つかるぜ」

「……体液まみれだったら、捨てますよ。容赦なく」

「そりゃあいい。お前さんはウォッカでうがいでもしてな」

 敢えて足跡を追いかけるのも勇敢な選択だ。
 この世界を一度は救おうとした勇者様に敬意を示そう。

 少し歩くと、虫の鳴き声に別の音が混じる。
 腐った木の床を踏みしめる音だ。

 それも、俺達の足元からだけじゃない。
 遥か向こう側の大きな門からも聞こえてきた。



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