ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Final Task 塔から飛び降り、決着をつけろ!


 屋根の上での追いかけっこは病み付きになるな。
 鎧に身を包んだ衛兵たちがその覚束ない足取りで、俺を追いかける。

 時折、大通りに面した所からは矢も飛んできた。
 だが当たらない。
 煙の壁に阻まれれば、それは肉厚のステーキに刺した、貴族のフォークのようなものさ。
 奴らの上品な攻撃じゃあ、皿は傷つかない。

「この野郎! 娘を返せ!」

 聞き覚えのあるダミ声が、大通りに響き渡る。
 あの鍛冶屋の親父さんが馬に乗ってやってきていた。
 後ろに続いている何人かは……商人の連中かね。

「パパ!? どうして!?」

 まさか、期待してなかったのかい。
 どんだけ上手く行ってないんだ、この親子は。

「おっと! あまりジタバタしないでくれよ! 手元が狂っちまう!」

 角度よし。
 ダーティチョップの魔の手が、いたいけなハーフドワーフの娘の無防備な首元へと迫る。
 文鳥を逆さに吊るしたら出るような声で、可哀想なギーラはオネンネさ。

「――ッ!! なんて事をしやがる! お前ら、やれ!」

「「「おう!」」」

 飛来するのは大量のトマト。
 文字通り、トマトだ。
 うち一つを気まぐれにキャッチしてみたら、これがまた結構硬い。

「駄目だろう。食いもんを粗末にしちゃあ」

 悪くはない味だ。
 パスタのソースにはおあつらえ向きだな。

「顔面パイやった奴が何を抜かすか!」

 ワンちゃんが吠えちまって、今夜はみんなろくに眠れないな。

「お前さん、マスタードパイが食いたかったのか! 悪いが、ありゃあ非売品だ!」

『随分と余裕なんですね』

 ロナから念話が飛ぶ。
 届く距離って事は、どうやら追手に合流したようだ。

『おお、ロナか』

『驚かないんですか? あたしがこっち側って』

『どうせ茶番だ』

 冒険者は協力するようにと言われたんだろう。
 それで断るのは自然じゃあない。



 ―― ―― ――



 かれこれ三つ目のトマトを美味しく頂いた。
 その頃にはもう、塔を登り切っていた。
 仕込みは万全。

『ロナは下で待機だ』

『……なるほど。解ってきましたよ。あんたが何をしたいのか』

 そいつは大変結構。

 さて、今夜のゲストが舞台へとやってきたぜ。
 さっきの冒険者二人組と、鍛冶屋の親父さんだ。
 その後ろにも、衛兵と商人と冒険者共がぎっしりと詰まっている。

 親父さんが肩で息をしつつ、俺を睨む。

「もう逃げられんぞ! ダーティ・スーサイド!」

「スーサイド! こりゃ傑作だ! 綺麗なビューティ・自殺スーサイドに興味がお有りで?」

「何を言って……」

「いい自殺方法を紹介するぜ。好きなものの為に命を投げ打つのさ」

 ロナには聞かせられないぜ。
 きっとあいつは、二度目の心臓を見えざる手で強く握る。
 緋色に輝く木炭を手で掴むようなもんだ。

「お前さん、愛する人はいるかい?」

「いると思うか?」

 おい、聞いたかよ、ギーラ。
 お前さんのパパは愛してもいない奴を、冒険者でもないのに必死こいて追いかけてきたんだぜ。

「そうかい、そりゃ残念。お前さんの愛しのあの子が、今まさに泣いてるぜ。ほら、泣き虫お嬢さんのお見えだ」

 俺の視界にはあって、奴らの視界には無いもの。
 それは、両手を背中側で縛られたギーラだ。
 柱の陰から引っ張り出して、スカーフの轡を外す。

 うーん、替えのスカーフを持って来るべきだったな。
 涎と鼻水でベトベトだ。
 あの娘っ子のファンにでも高値で売り付けられりゃあ最高だったんだが。

「ギーラ!」

「やっぱり、私は……」

 俯いたままのギーラを、

「そら、お別れだ!」

 蹴落としてやった。

「きゃあああああああッ!?」

 可哀想なギーラ!
 ここからが肝心だ。
 何せ、十階建ての高さだからな。
 ギーラは縄が命綱になってるが、親父さんはそうじゃない。

「強がりを言う場面は選ぶべきだったな、鍛冶屋の親父さん?」

 立ち尽くした親父さんの頬を、一筋の涙が伝う。
 泣くほど後悔するんだったら、厳しいながらも教え方を間違えるんじゃねぇぜ。

「ギーラ! ああ、畜生……! 何て事しやがったんだ! くそったれ! ぶっ殺してやる!」

 本職の冒険者にでも任せておけばいいものを、親父さんは柄のひん曲がったハンマーを振り回してくる。
 なるほど、普段使っている道具で殺すのは道具が穢れるってか。
 だがその暴れように、坊やもびっくりだ。

「ちょ、ちょっと!」

「死ね! 死ね、この悪魔! 道連れにしてやるッ!!」

 だが俺は剣じゃないんだ。
 それに、ここには鉄敷も無い。
 ちょっと後ろに下がれば避けるのは造作も無い。

「おっと! 死ぬほど憎いか? まあ、そうだろうな! だが、自殺は思いとどまったほうがいいぜ!」

 柵を飛び越え、俺は下に降りる。
 俺だけ・・が下に降りる。

「命は大事に使おうぜ! ダーティ・スーとの約束だ!」

 俺を追ってやってきた親父さんの目には、縄で吊られて宙ぶらりんの娘さんが見えている筈だ。
 そしてそれは今、ロナが塔の中へと引きずり込んでいる。

「この野郎、騙しやがったな!」

 上からそんな声が聞こえてくる。
 知ったこっちゃない。
 途中で煙の壁をスロープ状に展開して、俺は屋根の上へと着地した。
 もちろん、煙幕で屋根の近くを隠しながらだ。

 この屋根の下に住む不幸な住人は、そう遠くない内に詰め寄られるだろう。
 例えば「誰かが屋根を貫通しなかったか?」と。

 だが、衛兵は気付くのさ。
 屋根には穴が開いていない事に!



 ―― ―― ――



 待望の戦利品をゲットだ。
 誰も俺を止められない。

 パトロール中の衛兵は最低限の人員しかいない。
 奴らは俺の目的を勘違いしていたらしく“バズリデゼリのお店”に、衛兵と冒険者がたっぷりと配備されていた。

「やはり戻ってきたか! 神妙にしろ、黄色い奴!」

「あの剣をどうするつもりだ! 騒ぎを起こしやがって!」

 本来の目的はそっちじゃないのさ。
 ついでだよ、ついで。


 とはいえ、乱闘ゲームも腹ごなしには最適だ。
 売り物のメイスで奴らのスネを片っ端から殴ってやれば、あっという間にゲームセットさ。

「くそ……クソ野郎……賞金になると思ったのに」

「歩けない……! 誰か、応援を」

 まったく、骨のない連中だったぜ。
 せいぜい養生するといい。
 女神の癒やしが訪れるまでの間は、窓辺の淑女でも眺めながら休暇を楽しめよ。

「――お、あった」

 衛兵の守っていた木箱を開けると、ブツは簡単に見つかった。
 いいものじゃない・・・・・・・・と言っても、一品物だ。
 転売なんて野暮はしない。
 こいつを肴に勝利の美酒を味わう。
 それくらいには、これはいいもの・・・・だ。

「親子の中を取り持ってやったんだ。貰うぜ、報酬」



 カイエナンを出て、森の中へ。
 木々の間から差し込む朝日に、刃をかざす。

「……いい出来じゃないか」

 そいつはきらめいていた。

「誰宛てだったんでしょうね。それ」

 さり気なく戻ってきたロナが、隣から覗きこむ。

「さあな。貰う予定だった奴が、大いなる不幸に見舞われない事だけを祈っておけばいいのさ」

 誰に宛てて作ったものであれ、どうせそいつの手には渡らない。
 俺が大切に持っておくのだから。

 空が白んでくる頃には、俺達の懐中時計も光り出した。
 つまり、任務成功だ。



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