ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task4 己の傑作なアイデアに従い、鍛冶屋の娘を拉致しろ


『作戦はいよいよ大詰めだ。準備はオーケーかい?』

『あってないような作戦じゃないですか。付き合わされるこっちの身にもなって下さいよ』

 色々回って日が暮れて、そこらの酒場に立ち寄って。
 そうして俺達は、出された料理を黙々と口に運ぶそぶりを見せながら、念話で作戦を練っている。
 本来ならバラバラで座るのがいいんだろうが、あいにく席が一つしか空いてない。

 とはいえ傍から見れば、無口な冒険者程度にしか見えないだろう。
 俺が黄色でロナが黒と、服装のコントラストは派手だが、他の冒険者共が地味かと言えばそうでもない。
 花畑に雑草が混じっていたとして、それに気付くのは経験の長い庭師くらいのものさ。


『えっと、アレですよね。まずあのクソ野郎……じゃなかった。
 キックマンが時間通りに店を訪れたのを見計らって、あたし達がそこに殴りこみ、煽って、大事に発展させて、衛兵を動員させたら蹴散らして?』

『そこで“俺達をしょっぴくなら冒険者に頼めばいい”と言えば、奴らは出て来る。終わる頃には、獲物は箱の中だ』

『獲物……雪ヘビでしたっけ。確か、夜明けにならないと現れないんですよね?』

『冷え込むのがその時間帯だから、雪ヘビも動きやすいんだろう』

 そっちの事情なんざ、俺は知ったこっちゃない。
 指定された時間にコトを起こせばいいだけの話だ。


「――しかし、才能が無ければ剣を打たせる事などありえましょうか?
 きっと、お父上は貴女に期待しておいでですよ」

 バーテンダーがカウンター席に座る客と何やら話をしている。

「そうかなあ……あ、おかわり」

 などと言うのは、声の高い女だ。
 既に結構な量を飲んでやがるのか、バーテンダーは苦笑いするような声で、

「あまり飲み過ぎてはお身体に障りますよ」

 と、たしなめる。

「私だって、半分はドワーフだもん」

 声のほうを見やる。
 見るからに弱そうなちんちくりんの娘っ子が、グデグデに酔っ払ってやがった。
 あちこち回ったが、ドワーフの鍛冶屋と言えばあの“バズリデゼリのお店”だけだ。
 他にも鍛冶屋はあったが、人間か、さもなきゃトンガリ耳の弓矢専門店くらいのもんだ。

 天啓を授かったとは、まさにこの事なのかね。
 俺は無神論者だが、今だけは運命って奴を信じてやってもいいぜ。

『おい。聞いたか』

 ロナに視線を戻す。

『聞きました』

『作戦変更だ。絡め』

『何をさせるつもりですか』

『送り狼って知ってるかい』

『あたしにあの酔っぱらいを運べと。キックマンはどうするんですか』

『あんなの放っておけ。俺が機を見て、哀れな娘をご立派な時計塔にご案内だ。
 お前さんは、鍛冶屋へ突っ込んで、娘の危機・・を報せるのさ』

『馬鹿と煙は――』

『――高い所か? 俺は別にそんなに好きじゃない。目立つのが好きなだけさ』

『出たよ。とびきりの大馬鹿』

『馬鹿にならなきゃ人生の半分は損するぜ』

『まあ、もう死んでますけどね』

 そりゃ言いっこ無しってもんだ。
 ……よし、奴の隣の席が空いた。
 便所にでも行ったんだろう。

『よし、今だな』

『人使いの荒いこって』

 悪態をつきながらも、ロナはドワーフ娘の隣へと向かう。
 ロナのコルセットから伸びる燕尾の隙間から見えるVラインの食い込んだ尻は、なるほど絶品だ。
 いずれは離れるとあれば、ちょっと惜しいと思わなくもない。

 だが、長いこと何かの下敷きになって生きてきたんだ。
 丸まって寝るような場所からは、さっさと出て行くべきだろう。

 行き掛けの駄賃に尻を撫でるくらいはいいと思うがね。


「――はい、お勘定、ここに置いときますよ。マスター」

「確かに頂戴しました。ギーラさんをよろしく頼みます、えっと」

「ロジーヌです」

「はい、ロジーヌさん」

 始まるぜ。
 俺達の夜通し妨害大作戦ナイトパーリィーが。



 ―― ―― ――



 さて、舞台は再び路地裏だ。
 無計画な発展を遂げた町に、入り組んだ路地裏は付き物さ。

『そろそろだぜ、ロジーヌ』

『やめて下さいよ。あんな偽名』

『ロナでも良かっただろ。顔も割れてるんだから』

『何となく嫌だったんですよ。で、屋根の上ですか。やっぱり高い所が……』

『ここならありとあらゆる営みが、靴底から聞こえてくる』

 念話で軽口を叩きながら、しっかりとターゲットを観察する。
 その間に、ロナはギーラと話し合っている。

『よし、やれ』

 ロナが立ち止まる。

「……ごめんね」

「ふぇ? あれ? どうしたの?」

 いたいけな犠牲者の頭上に振りかかるのは雨でも植木鉢でも、ましてや鳥の糞でもない。
 それよりたちの悪い何か・・・・・・・さ。

「ごきげんよう、俺だ」

 突如として路地裏に降り立った何者か。
 奴の目には、そう映っているに違いない。
 酔っぱらいのお姫様は足がもつれ、あっという間に尻餅をついた。

「ひっ!? 誰!? 何!? どうするつもりなの!?」

「こうするつもりさ」

 お姫様を抱える。
 そうすりゃ歯車は勝手に咬み合ってくれる。

「だ、誰か助けてッ!! 人攫い!」

 いいぜ、もっと喚け。
 それだけ騒ぎが大きくなる。
 あの鍛冶屋の親父さんが冒険者ギルドに依頼を出せば、あっという間に包囲網の完成だ。

 目先の雪ヘビ退治に目が眩む奴もいるだろう。
 ライバルがいなくなれば、それだけ怪物を狙いやすくなる。

 だが、そっちの対策は練ってある。
 扉にちょっとした細工をしてやったのさ。

 煙がたっぷり詰まったドアノブは、蹴破っても簡単にはぶち破れない。
 幸運の持ち主と努力家はその限りでもないだろうが。

 だがそんな恵まれた連中は、このさほど大きくない町では一握りだろう。
 雪ヘビは本来、一人や二人じゃ太刀打ち出来ない化け物らしい。

 万一、命知らずが突っ込んだとしても、依頼主の手駒がどうにかしてくれるだろうさ。
 契約には時間稼ぎをしろとだけあった。
 ネズミの一匹や二匹、大した問題じゃあない。


「離せ! 離せってば! この! なんて馬鹿力! 私これでも半分はドワーフなのに!」

 よく暴れるお姫様だ。
 じゃじゃ馬は嫌いじゃないぜ。

「いたぞ! あそこだ!」

 衛兵が山ほどやってきている。
 ……早いな。
 ロナの奴、本気で走りやがったな?

 まったく嬉しいサプライズだぜ!
 俄然、やる気が出て来るってもんだ!

「そこの黄色い奴! 大人しくギーラを解放しろ!」

 追手の先頭から声が上がる。
 一人は酒と女の味を知り始めるくらいの坊やで、もう一人は背の高い犬耳の女。
 誰かと思えば、昼間に見た二人組の冒険者だ。

「どうだった、俺の華麗なるしょっ引きショーは! マスタードパイが欲しくなっただろ?」

「ふざけんな! 結局、衛兵に引き渡さなかっただろ! 同胞を泣かせた罪を償え、このバナナ野郎!」

 おっかねえワンちゃんだぜ。
 あんなに牙を剥いたら、喜ぶのは食肉加工されるのが趣味のジャーキー野郎ぐらいのもんだぜ。

「逃げられちまったのさ」

「お前からは嘘の匂いしかしない!」

 この先の曲がり角を、右に!

 さあ来い、亀さん!
 ウサギはもうすぐ塔の上だ!



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