ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Intro 観察者達


 暗雲立ち込める湖畔に、静かにそびえる暗灰色の古城。
 そのバルコニーに、二人の人影が佇む。

「例の用心棒はどうかしら? きっとあれは、そちらの商売の役にも立ってくれる筈よ」

 ピンクブロンドの妖艶な女性は、ワイングラスに赤い液体を注ぎながら、傍らのエルフに微笑む。

 異世界を股にかける賞金稼ぎ、ビヨンド。
 それは二人が手に入れた、新たなる金のなる木でもある。

 ちょっとした投資をするだけで、次のビジネスが山のように湧いて出る。
 そんな予感をさせた。

 “例の用心棒”というのは、とあるビヨンドについて、二人の取引で用いられる呼び名だった。

「ハラショー、ハーラショ! 駈け出しのEランクでありながら高名なニノ・ゲナハ殿からのご指名とは、あの用心棒もさぞかし光栄でしょうな」

 銀髪のボブカットの毛先を指でつまみながら、エルフはおべっかを使う。
 だがピンクブロンドの美女――ジルゼガット・ニノ・ゲナハはそれに動じない。

「どうかしら。マティガンは、ひどく疲れた顔をしていたけれど」

「ほむ。我輩も難物が一人。吾輩と彼奴が同じ天秤に座れども、それが一方に傾くなどという事はありますまい」

「期待してるわ。詐話師の冬将軍さん」

「錬金術士と呼んで頂きたいものですな~?」

「あら? ご存じないのかしら。共和国においては、どちらも同じ意味よ? だったら呼びやすいほうで呼ぶのが普通でしょ?」

「ウハーハハハ! 仰る通りですぞ! ええ、それでは」

 詐話師はワイングラスを差し出す。

「難物同士の邂逅に」

 ワイングラス同士が、チンッと音を立てた。

「混迷の時代に」



 ―― ―― ――



「うぅ……私やっぱり、才能ないのかな」

 所変わって、客もまばらな場末の酒場“暮れの紅葉亭”。
 そのカウンター席にて涙ながらに酒を煽るのは、小柄……というよりは寸胴な女性だった。
 実年齢で言えば成人しているが、ひたすらに平坦な身体から、よく子供と間違われる。

 黒髪のバーテンダーはシワの多い顔に苦笑いを浮かべながら、グラスを磨く。
 この女性は常連客で勝手も知っているが、今日はいつもにましてよく飲むのだ。

「しかし、才能が無ければ剣を打たせる事などありえましょうか?
 きっと、お父上は貴女に期待しておいでですよ」

「そうかなあ……あ、おかわり」

 女性が空っぽのグラスを持ち上げ、バーテンダーに見せるように軽く揺らす。
 かれこれ、八回はこうしてグラスを空にしている。
 氷もなしに酒だけをなみなみと注がれたグラスを、である。

「あまり飲み過ぎてはお身体に障りますよ」

「私だって、半分はドワーフだもん」

 半分は・・・
 それが意味するのは、彼女がハーフドワーフであるという事だ。
 このカイエナンは共和国領であり、他の共和国領と同様、亜人への偏見が無い。
 隣国のルーセンタール帝国とは異なり、亜人も人間と同様に扱われる。
 貴族から奴隷まで、様々な階級が存在するのだ。

 公然とハーフドワーフである事を口にできるのも、そのある程度リベラルな政治形態に由来している。

 だからこその問題というものは、それこそ様々な場所に散在している。
 だが国民の多くは帝国の束縛に満ちた秩序と見比べて「ならば共和国を」と、その限定的な自由を享受している。

「……鍛冶屋さんなんですね」

 声を掛けられ、鍛冶屋の娘は半眼で振り向く。
 そこには少女が立っていた。
 酔いの回った頭では全身像を把握するのに僅かな時間を要したが、どうやら冒険者らしい身なりである事は理解できた。

 所々に赤いアクセントが映える、黒い革鎧。
 綺麗に整えられた金髪は、首の後ろで赤いリボンによって束ねられている。
 エメラルドグリーンの瞳の下にはクマができており、どこか疲れた様子を感じさせた。

「丁度、武器を探していた所なんです。紹介して貰えます?」

 よかったらどうぞと、冒険者の少女が手元のグラスを勧めてくる。
 鍛冶屋の娘はそれを一気に呷る。

「ぷはっ。ごちそうさま。“バズリデゼリのお店”って所です。家もその近くで」

「どんな見た目のお店です?」

「オレンジ色のレンガだから、たぶん目立つと思うんだけど」

 ドワーフの娘の言葉に、冒険者の少女はすぐに合点がいった。
 左掌に右の拳をぽんと置く仕草を、少なくともドワーフの娘はそのように見た。

「あー。それなら宿への通り道にあったかも。良かったら送って行きましょうか?」

「助かるよ。飲み過ぎちゃった」

 少女は懐から銀貨を何枚か取り出し、カウンターに置く。

「はい、お勘定、ここに置いときますよ。マスター」

「確かに頂戴しました。ギーラさんをよろしく頼みます、えっと」

 言い淀むバーテンダーに表情一つ変えず、少女は返答する。

「ロジーヌです」

「はい、ロジーヌさん」

 ハーフドワーフの女性に肩を貸し、冒険者の少女は店を出る。
 そのやり取りを、奥のテーブルから見つめる男がいた。

 男は、黄色い外套を静かに羽織った。




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