ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

61話ー脱出ー

……——。


「外だ……澪、少し休もう……足がうまく動かない……」

「うん、わかった。あんまり無理しないで……」

 切り捨てられた本土兵、奏太と澪はようやく陽の光を拝むことができた。
 非常口から出た先は採掘シャフト施設北側。
 はるか向こうには都市部の高層ビル群が見える。
 
 澪はまだ動けたものだが、相太は両腕がおられており、かつ抜かれていた足の関節は雑に入れられ動きはするが痛みが続いている。

 正直ここで止まっている場合ではないが、休まず進むことは精神的にも身体的にも不可能であった。

「途中で浸水が始まった時はどうなるかと思った……澪泳げないし……」

「そうだね……。彼が来てくれたのは本当に運が良かった……」

 平然と話してはいるが自分たちの置かれた状況は地獄と言ってもいいほど悪い。
 現状の負傷は治せばどうとでもなる……が、本土部隊から切り離され捨てられたことはあまりにも予想外の出来事だった。
 なんの後ろ盾もない今この方舟から脱出し、本土に戻る術はなく。
 さらにはこの方舟で逃げ続けなければならず、まともに生活することもままならないだろう。

「脱出できたのはいいけれど、僕もここまでか……ごめんなさい飛燕さん……これ以上は……」

 腹の立つくらい透き通った青い空を仰ぎながら、奏太はそう言い……近くで土を踏む足音を聞いた。


「おいおい、のたれ死ぬつもりかい? せっかく脱出できたんだぜ、本土の兵隊君」

「……!!」

「伊庭兄さん……!」

 なんて偶然、もはや奇跡か。
 兵隊としてはまだまだ幼い二人は心底安堵することになった。
 
 懐かしい声、身にまとっている軍服は変わってしまったがその昔お世話になった本土部隊の先輩であった。
 
「伊庭さん……よかった、ここで会えるなんて……」

「伊庭兄さん……澪達みんなに裏切られて……」

 懐かしい顔に会った……はずなのに、安堵したのは奏太と澪の二人だけだった。
 目の前の伊庭はこの場にそぐわないおちゃらけた雰囲気を漂わせ……。

「おいおいよしてくれ。仲間だなんて思われたら困るだろ」

「……なんだって?」

「もしかして助けてもらえるとでも思っていたのか? もう僕は君たちとは違うんだ。大人しく捕まって知っていることを全て吐いてもらおう」

「……っ!!」

 最後の希望が断たれた。
 いや、初めからどこかでわかっていた。
 本土ではなく、この海上都市で地位や名誉を手に入れていた伊庭はもう本土にいた頃の仲間の事などどうとも思っていないことなど。

「伊庭兄さん……どうしてっ……」

「澪、よすんだ。彼はもう僕たちの仲間ではない……。邪魔になることをするべきじゃないんだ……」

 海上都市で確かな地位を築いている彼に助けを求め、助けられてしまうと底が彼にとっての汚点となりかねない。
 希望は抱けど求めるものではなかったのだ。

「ま、一応昔馴染みだし手心を加えてくれるよう上には掛け合って……」

 今にも泣きそうな澪の腕を掴み、物質化光学式手錠を装着させようとした時だった。

「待ちなさい」

 背後から低く冷たい女性の声が聞こえてきた。
 伊庭が振り向くとそこには……。

「おやおや、弱小PMCの女社長さんじゃないか。なんか用?」

 小さな電気銃を構えた黒髪の女性……夜刀神葉月が立っていた。

「ここは現在センチュリオンテクノロジーと我々夜刀神PMCの共同作戦区域よ。無断で入り込んできて何をしているの?」

「……いやいや、散歩をしていると偶然不審者を見つけてね。この都市の治安をも守っている僕としては見過ごすわけにはいかないだろう?」

「白々しいわね。とにかくあなたにここを治める権限はないわ。彼らは私が責任を持って捕らえます」

「随分強気なもんだ。そんな小さなテーザーガンごときで脅しになるとでも?」

「抵抗の意思が見えるわね。引き渡さないつもり?」

「昔ならいざしらず、今はか弱い君を傷つけるのは気が引けるけどね。夜刀神のお嬢様」

「ならか弱くない私が相手をしましょうか? 伊庭少尉」

 また違う女性の声。この声は聞き慣れている……誰だかはすぐにわかった。

「結月さん……。あなたは謹慎中のはず」

「だからなんです? センチュリオンテクノロジーのバッチまで外した覚えはありませんが。ここは私たちの作戦区域ですし、おかしなところは何もありませんね」

 いつの間にか、結月静流に背後を取られていた。

「ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く