ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

54話-シャフト撤退戦


 だが、ここで退いていいのか。
 6年後の彼が現れた時に自分は兵器としての役割を果たせなかった。
 その負い目をずっと抱え込み、悩んでいたのではないか。

“頭上に自分の今の所有者”の気配を感じていた。

 その気配は自分が今大切に思う、傷つけたくないと考える者は誰なのかを感じさせてくれている。
 今自分がやるべきことは……方舟の害となり得るこの怪物を排除すること。

 迫り来るは凄まじい数の赤い閃光。
 防御一辺倒ではいくらステイシス=アルマといえどこの密度の攻撃をかわし続けることは難しい。

 攻撃性エネルギーの展開が異常に早い。何もないのを確認し瞬きした瞬間には辺り一面に展開されている。
 
 一見隙のないように見えるその中でも、彼女(ステイシス)は針の穴のような隙が見えている。
 おさらく彼女の性能(スペック)をもってしてようやく見えるそれに反撃の手を差し込むことは可能だ。

 運がいいのか悪いのか、まだあの怪物(ドミネーター)は彼女を警戒している。
 近接戦を仕掛けてこないのがその証拠であろう。

 あの怪物はステイシスの脅威を嫌という程知っている。

「ぁぁあああッ!!」

 その純白の髪を赤い物質化光に変え、圧縮。
 鞭のようにしなるそれは数十センチの鋼の板を紙のように切り裂く威力を持つ。
 その一撃を針の穴を通すような正確さで隙を縫わせ……。

「……ッ」

 届く、前に。
 止めてしまった。頭の中によぎる彼の姿が目の前の怪物と重なってしまう。
 彼を感じるのはその確信的な気配だけであり、見た目はどこまでいってもただの異形だというのに。

 だめだ。今この場所で、自分は兵器として死んでしまっている。

 カウンターを当てるつもりでいたため、迫る攻撃に対し対処できない。
 まともに食らえばおそらく痛い。
 ぞっとするほど、自分を保てなくなるほど痛いだろう。

 それで純粋な兵器に戻れるならそれがいい。
 
「……?」

 赤い閃光群が通り過ぎた。自分には当たらず眼前で防がれた。
 凄まじく分厚い赤い光と、異常なまでにぼろぼろの背中の男の壁によって。

「ここに来てからの違和感の正体は……こいつ……だったか……」

「RB、休んでてくれ。あんたはまだ戦えるような体じゃないだろ。それにここはグレアノイド汚染が……」

「ハ……喉が焼けて……声出しづらいだけだ」

 シャフト上部区画から落ちてきたのは祠堂雛樹、そしてひどい火傷を負ったRB軍曹だった。

「お前、一人でこいつを抑えてたのか? 黙ってこんなことしちゃってまあ。あんまり心配かけるなよ……ガーネット」

「うぅ……しどぉ……」

 攻撃をためらうくらいに迷うくせに無茶するもんだと雛樹は背後にいるガーネットに言う。

「お姫さんは……役に立つのか、……立たねェのか? どうなんだ……」

 しゃがれ声でそういうRBに対し、ガーネットは何も言えず……。

「俺とあんたでやるしかない。ここはグレアノイド汚染が激しい……長居はできない。撤退を優先しないと。上も暴走したなりそこないで手一杯だろうからな……!!」

「っは……万全ならこれ以上なく、面白ェ状況なんだがよ……」

 バチバチと火花が散る義手で大剣を構えたRBと散弾銃にペレットをグレアノイド化させた弾薬を込める雛樹は臨戦態勢に入った。
 撤退戦を開始する。
 

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