ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

53話-向けられたくない敵意

 そう、ドミネーター因子を取り込むということはそういうことなのだ。
 人ではない何かになる。
 手に入れられるものは強大な力、崩壊する体、延々と続く痛み。

 そのどれもがロクなものではない。
 それは雛樹自身が一番よくわかっている。
 自分の足元に横たわるこの本土兵も、あれだけ散弾を食らいながら喉や肺からごぼごぼと血の泡を噴き……まだ息をしている。
 しかし体のグレアノイド化と崩壊は始まっていて、放っておけばそのまま死にゆくだろう。

 そんな化け物を見ながら雛樹はいらぬ過去を思い出してしまう。
 この足元の肉塊はかつての自分を思い起こさせるからだ。
 そう……CTF201が特殊なドミネーターにより壊滅したあの時を。

 ……−−。

 ごぽり。
 そんな音を立てて見た目麗しい褐色の少女の小さな口から大量の血液が漏れた。
 
 腹部に突き立つ赤い光を放つ槍で壁に磔(はりつけ)にされた彼女は咳き込みながら言う。

「……しどぉ、どうしてよぉ……」

 今にも泣き出しそうな声で目の前の怪物に問う。
 感覚を頼りに6年後、怪物になった彼に会いに来た。
 どうしてそうなってしまったのか、いったい自分たちはどうなってしまっているのか。
 正気を保っているとは思えないがもう一度会えば何か話してくれるような気がしていた。

 だがそれは見事な勘違いだった。
 話す……どころか。

 ありったけの敵意を持ってガーネットを……ステイシスを排除しようとしてきた。
 かつて共に生きていたとは思えない、清々しいほどの敵意だった。

 この黒い鎧をまとった獣のようなドミネーターは間違いなく祠堂雛樹だ。
 面影など一切ないが、今目の前にいる彼の気配を間違えるはずはない。

 圧縮グレアノイド粒子による光弾と赤光の槍、さらには凄まじいほどの俊敏性から繰り出される巨大な体躯での刺突。
 
 いくら攻撃されてもやり返すことをせず、全力で回避しながら声をかけ続けた。
 方舟の最高戦力が回避に全力を傾けているにもかかわらず現状の体たらく。

けぽっ……。

 己の腹部に突き刺さった赤光の槍を両手で掴み抜くことで内臓に溜まった血液がせり上がり、口から溢れ出た。

 しかしその傷はゆっくりとだが塞がっていく。

「痛い……痛い痛いぃ……」

 血反吐を吐きながらもドミネーターの攻撃を避ける為、大きく後方に飛んで回避行動を取った。
 頭の中がぐるぐるする。あれは祠堂で間違いない。だが何故ここまで敵意を持たれているのかわからない。
 自分のことがわからないのか、もしくはわかっているからこそ攻撃してきているのか。

「なんで……しどぉの筈なのにぃ……」

 間違いなく彼の筈なのになぜか拭えない違和感。
 純粋な敵意の意味を知る必要がある。

 だがそろそろ限界だ。
 端的に言えば目の前の怪物を壊したくなってきた。
 あれはしどぉだと必死に自分に言い聞かせて攻撃は一切加えないでいたが精神的に追い込まれていることで正常な判断ができなくなってきていた。

 方舟の最高戦力、兵器としての本能が表層化しようとしている。

 もうこの怪物の前に長居はできない。
 

「ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く