ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

50話ー最悪の状況ー

 実のところ先ほど蘇芳から受けた傷が痛むのだが、少しでも表情や挙動に表せばばれる可能性がある。
 見た目、声、態度などから仲間の状態を把握する能力は戦場において大切な能力の一つだ。
 
 二脚機甲での任務を主にしている兵士ならまだしも生身での戦闘を主としている蘇芳などには一挙一投足気をつけないとならない。

「ごつい水密扉が思いっきり切れよるねぇ。ざっと5kgほど積まれとったんやないの?」

「うっそだろ……姐さんのシールドでもやばかったんじゃねーか」

「多分抜かれとったやろね。せやけど、ここでこんなつこたらこの先仕掛けられとることはないやろねぇ。RBはんはしばらく動けなさそうやけど……」

 雛樹はワイヤーガンのアンカーをRBが座り込んでいる場所付近の頭上の階段手すりに巻き、ワイヤーを巻き取る事で振り子のように移動した。

「大丈夫か?」

「ひゅっ……っ……」

(肺と耳がやられてるな……息をするのも辛い筈だ……)

 RBはおそらく爆風で呼吸器と鼓膜に損傷を受けている。その他火傷などの外傷も見られたが彼にとっては致命傷とは程遠いものだろう。
 機械化された腕と身の丈ほどもある大剣を遮蔽物にしたのだろうが……。

「小型の酸素ボンベなら持ってる。この吸い口を噛んで呼吸してくれ」

 採掘シャフトは最下層のグレアノイド岩石搬入口が開くと海水で満たされてしまう。
 そのため一応装備の中に葉月が入れてくれていたのだ。
 本体の使い方ではないが、今のRBには必要なものだろう。

 雛樹から酸素ボンベの吸入口を虚ろな目で確認し、直接くわえた。
 一度酸素を吸った際に大きく咳き込み血液が漏れるが、雛樹は取り落とした酸素ボンベを再び咥えさせた。

 しゅうしゅうと酸素が送り込まれる音をさせながら、RBは自分の肩を指差してから手話のような動きをさせた。
 意味は簡潔なものだ。《負傷したのか?》
 ハンドサインのようなものだ。
 やはりRBは恐ろしく察しがいい。このような状態でもワイヤーアクション時の雛樹の挙動で肩の傷を見抜いてしまっていた。
 ハンドサインについては雛樹にも覚えがあったため、同じくハンドサインで問題ないと返しておいた。

 そこから雛樹は再び蘇芳たちの元へ戻り……。

「聴覚と呼吸器がやられてる。おそらくしばらく動けないはずだ」

「仕方ないわな。うちらだけで先に進もか。他にも罠仕掛けられとるかもしれんから、急ぎつつも慎重にいきましょや」

「……了解」

 新田大尉を先頭に雛樹と蘇芳はそれに続く形で爆破跡を越え奥へ進む。
 雛樹がホルスターからガバメントを取り出しスライドを引いた。
 
 そう遠くないところで気配がする。
 しかもひどく慣れ親しんだ気配だ。

 そうか、撤退するのにそうやって壁を作ったか。雛樹は想定していた中でもあまり好ましくないパターンの状況に面していることに気づく。

「嫌な気配がします」

「どうしたルーキー?」

「そこを曲がったところに何か待ち伏せてる。おそらく数人。それも−−……」

 
 凄まじい圧を持って、巨大な黒い触腕が曲がり角を曲がって目の前に顔を出した。
 その触腕の勢いからプレス機ほどの威力が見て取れる。
 回避しないとまずい。
 
「後ろへ−−……ッ!!」

 新田大尉はフォトンノイドシールドを眼前に展開した。
 雛樹と蘇芳は新田大尉が言った通り、一度後方で身をかがめて待機。


「ぐっうぅぅぅぉおお……!?」

 青い粒子を散らせながら向かってきた触腕を受け止めた。しかしそのあまりの威力に大きく後退してしまうが……。
 そのタイミングを見計らって雛樹と蘇芳はシールドと通路の壁の隙間を縫うようにして前に出た。

 蘇芳はフォトンノイドブレードを展開し触腕を切り刻みながら、雛樹はただひたすら敵に接近するため全速力で彼我の距離を詰める。

「見えた……!!」

 前方に点々と赤い光が見える。
 間違いない、ドミネーター因子を体内に取り込んだ人間の目のグレアノイド発光だ。

「4人……! 多いな……!!」

「にぃやん、右の1人はお任せしますよって」

「……了解」

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