ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

48話ー別注依頼ー

雛樹が朝を憂鬱な気分で過ごしていた理由は二つあった。
 一つはガーネットの件。そしてもう一つはガスマスクの男として裏切りにあった本土部隊の二人を救うこと。

 その依頼を受けたのはガーネットがいなくなってることに気づいた直後だった。
 通信の相手はわからない。合成音声での依頼だったため誰かもわからないではいた。
 しかし声の主は異様に焦っていて、かつふざけた依頼ではないことは確かであった。

 雛樹がガスマスクの男として企業連に潜入したことを知っていたということは裏切りに会う二人の仲間であることは確かであるが……。
 今こうして来て二人の反応を見ると自分が来ることは知らなかったように見える。

「あはははは!! なんやあんさんやりよるねえ! その力、薬打っとるん?」

 3振りのフォトンノイドブレードが蘇芳の動きに合わせて舞い、ガスマスクの男を囲み斬りつけようとしてきた。
 だがこの場所はグレアノイド侵食が進んでいるため、雛樹にとっては絶好の戦闘区域となっている。

 すでにグレアノイド化している床や壁を精製し赤い粒子を発生させ武器や壁として即時使用できるため、独立して動作するフォトンノイドブレードに対しても攻防共に引けを取ることはない。

 ただ、今は無駄に蘇芳とやりあっている場合ではない。
 あくまで目的は本土軍の二人を逃がすことであり、蘇芳に一撃くれてやることではない。

 自分の担当区画を放り出して来ているため、いつ怪しまれてもおかしくはないのだから。

「澪……立てるかい」

「……うん……なんとか……」

「じゃあ急いでここから撤退しよう……。幸い、彼が開けてくれた横穴がある」

 情けなくはあるが今は祠堂雛樹が頼りだ。
 戦闘しながらもグレアノイド変換および粒子化により壁に穴を開け、逃走経路は確保できていた。

 今は抑えきれてはいるが自分たちを庇いながらだと防戦に徹するしかなくなってしまうだろう。
 澪は抜けた奏太の足の関節を無理やり入れると肩を持ちこのフロアからの脱出を試みる。

「そう簡単に逃がしまへんよ……」

(6本目……!!)

 雛樹は床に手をつきグレアノイドを赤い粒子に変換し奏太と澪の周囲に壁を展開、6本目のブレードを防いだが自分の防御がおろそかになり右肩に一撃もらってしまった。
 
 傷は浅い、動くのにはまったく問題はない。
 あの二人も壁の穴から非常口への通路へ出たのを確認した。
 もうしばらく蘇芳をここに釘付けにしてやれば自分も撤退する必要がある。

 しかし……気分が悪い。

 フォトンノイドの一撃を受けたためか、傷の見た目以上にダメージを受けているのだろう。
 特にドミネーター因子を利用した力を使用している時にフォトンノイドを受けるとまずいらしい。

(あらあらあら。みすみす逃してもうたわ。まあでも薬ももっとらんかったみたいやし……このガスマスクの男もすでに薬服用済やろ……)

 ガスマスクの男が使用する力はどう見てもドミネーターが使用する能力である。
 そのためすでに薬を打っていて、放っておいてもそのまま自滅する……と考えるのが自然である。

(このまま相手しとっても時間の無駄やねぇ……。おそらく上で聞こえた爆発音のところが本命やろし、いつまでもこのガスマスクはんの相手しとる場合やないね)

 ……と、先ほどまで嵐のように迫ってきていたフォトンノイドブレードの猛攻が止み、二人の間に台風の目のような静けさがやってきた。

「ガスマスクはん。それが薬物の力いうんやったらもう長ないんやろ? ほなここらでお開きや、うちは本命を狙いに行かせてもらうよって……」

「……っ」

 胸のあたりを強く押さえながら膝をつくガスマスクの男を見て、蘇芳はその男に興味が失せたようにため息をつき背を向けてこのフロアから去っていく。
 その後ろ姿を見つつ、“演技”を終えた雛樹は深くため息をついた。

「勘違いしてくれて助かったな……なんだあの武装。ターシャの機体と同じものか?」


 本土部隊のはぐれ者二人を逃れさせる依頼は達成した。
 となるとここからは夜刀神PMCの祠堂雛樹としての仕事を全うする他ない。

 このフロアから出て普段の装いに着替え直し、装備も整え直す。

 先ほど蘇芳が言っていたように、ここより上層で起こった爆発地点が今回の当たりだろう。
 おそらく、先ほどの二人を切り捨てた本土部隊の本命が仕掛けた罠に違いない。


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