ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら
37話ー信用ー
「私は気晴らしに来たのですが。随分お暇そうですね、伊庭少尉」
「あはは、そう邪険にしないでくれよ結月さん」
仕事を早上がりし、静流は気晴らしという名目でセントラルパレードの最雛樹と一緒に来た公園、その噴水広場にやってきていた。
たまたま、雛樹と座っていたベンチが空いていたためそこに座ったのだが、あの日彼が座っていた場所に今おそらく一番会いたくない人物が隣に座ったのだ。
伊庭少尉。
先日の救援物資輸送任務の際、雛樹を殺害しようとしたことはすでに耳に入っていた。
あくまでも任務ということであり、私怨での行動でなかった……かもしれないというところではあったため、上げた拳をどうしても直接振り下ろせずにいたが。
当然、それを命じた企業連上層部には抗議した。
しかし静流の言い分は見事に通らず、情報部局長、オズヴァルドに直接会うことも許されなかった。
今回の謹慎の理由の一つとしてはそういったことも理由に含まれている。
謹慎という名目で一度静流の落ち着きを取り戻させることこそが、センチュリオンテクノロジーとしての総意でもあったのだ。
「ヒナキを任務の混乱に乗じて殺害しようとしたことは聞いていますが」
その時の静流の目つきと表情に、伊庭は総毛立つ。生唾を飲み込み冷や汗が頬を伝うのを感じ、無理やり態度を取り繕う。
凄まじい勢いで地位を得てきた元CTF201、アルビナの娘だけある。
なんと冷たく凄惨で、恐怖を抱かせる声と表情だろうか。
「すまない。そのことについて君の誤解を解きに来たんだ」
「誤解……? 下手な言い訳はしないほうが身のためですよ……」
「言い訳じゃない。これはあくまでも、上層部に聞かれてはならないことだ。わざわざここを選んだのも、監視の目をかいくぐるためだと知ってくれ」
「……」
何か、事情がありそうだ。胡散臭いが、今の伊庭の口調はいつもの軽い感じは一切見当たらない。
少しばかり話を聞く体勢をみせた静流の様子を見た伊庭少尉は、小声で話し出した。
「いいかい。確かに俺は祠堂雛樹の暗殺を命じられた。その出処は君が察している通りだ」
「情報局局長……」
「そうだ。相手はオズヴァルトだ。それに俺は企業連傘下の兵士であり、彼の命令には逆らえない。いいか、結果だけ見て欲しい。祠堂雛樹はあの時、死んではいないだろう」
その言葉で静流は、伊庭が何を言いたいのかを察した。
命令は受けたが、その命令に反し俺は祠堂雛樹を見逃したのだと。
『あはははは、なにそれ。すごく面白い冗談ね』
「……なんだって?」
静流は表情を一切変えることなく笑い、母国であるロシアの言葉で言葉を返す。
もちろん、ロシア語がわからない伊庭は、静流が何を言ったのかはわからない。
「そんなことだろうと思っていたと言ったのです。幾ら何でも、あなたともあろう方が彼を殺そうとするはずがない。しかもあんな異常事態の中」
「そうだ。奴を殺害しようとした。任務を遂行したと見せかけるパフォーマンスを、どうしても行う必要があったんだ。いくら俺があいつのことをよく思っていないからといって、殺そうなんて思うはずがないだろ」
おかげで俺も、ウィンバックアブソリューターの搭乗を規制と降格を命じられたと苦笑いする。
そう、伊庭は今少尉でなく准尉なのだ。任務失敗を受け、降格命令を受けたらしい。
「言いたいことはわかりました。それはヒナキに伝えておいても?」
「いやだめだ。奴の周りには今、監視の目がうようよしてる。下手なことを伝えでもすれば君の立場も危うい。これは君と俺だけの話にしてくれ。君にだけこのことはわかっていて欲しいんだ」
「何故私だけに?」
「今回のこともそうだが、下手に上層部に逆らうことでいつか俺の周りは敵だらけになるかもしれない。その時に、君だけは味方でいて欲しい。君の腕を見込んでのことだ」
「……そうなのですね」
「勘違いしないで欲しいのは、俺とあいつは相容れない仲だということだけだ。そんなことを伝えたからといって、奴の俺への不信感を拭えるとは思っていない。だけど、いざという時は君だけが頼りなんだ」
そこまで言い終えると、監視の目が迫っていると言いベンチから立ち上がり……。
「結月少尉。どうか信じて欲しい」
その言葉だけ残して、伊庭准尉はその場から立ち去った。
だが、その時静流は少しばかり違和感を見た。
風に煽られた後ろ髪、その隙間から、ほんのうっすらと赤いラインが見えた。
そのラインは……そう。ドミネーターの体表に走るものと酷似してたのだ。
「あは。なんだか随分信用されてますが、私」
彼は知っているのだろうか。自分の父が誰で、母が誰なのかを。
自分はそんな優しい人間ではない。
『ああ滑稽。単純にあなたが雛樹の暗殺に失敗しただけじゃない』
言い訳としてはとても面白かったけれど。
まあ、随分と醜い男ね。
そんなことを思いながら静流は一人、顔を両手で多いながらけらけらと笑っていた。
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