ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

ー短き夢、明日へと……ー

「夜刀神が呼んでるみたいだぞ」

「えっ……」

 雛樹にネックレスをつけてもらってから、熱に浮かされたかのように惚けていた静流だったのだが、雛樹の呼びかけのおかげでようやく周りが見えてきた。
 たしかに、どこか怒ったような焦ったような夜刀神が自分を読んでいるようだ。

 その隣には、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた我が母と東雲姫乃の姿。

 先ほどまでの一連のやりとりを見られていたのか、戻ったとしてもあまりいい予感はしないが……。

「行ってきな」

「私まだヒナキとご一緒していたいんですが」

「あっちもターシャとご一緒したいそうだぞ。俺もガーネットが帰ってきたらすぐに戻るから」

「……仕方ないですね。ではすぐ来てくださいね」

 そう言いながら、背を向けた静流は広間に戻っていく。雛樹にもらったプレゼントをぎゅっと握りながら。

「あんまり見せびらかしてくれるなよ」

「やです!」

 振り返りざまにべっと舌を出して、広間への扉を開け意気揚々と入っていった。
 自分の送ったものを人に見せびらかされるのはとんでもなく恥ずかしい雛樹は複雑な表情を浮かべてそれを見送った。

 そしてその見送りと同時に、中庭から芝を蹴る音が聞こえた。

「ただいまぁ」

「うおっ」

 身軽なガーネットは中庭から跳んで、手すりに両足を揃えて着地。
 すぐそばの雛樹にばさりと自分の髪をかけながら満足げに挨拶をした。

「お前……ほんとに変な奴だな……」

「なぁに? 気ぃ遣ってあげたのにぃ」

「別にそんな気遣いはいらなかっただろ」

「しどぉじゃなくてぇ、あのクソ女にぃ」

 あいかわらず静流には辛辣なガーネットだったのだが……、その辛辣に接する相手に気を遣うとはどう言う風の吹き回しなのか。
 ガーネットは手すりの外に降り、バルコニーの縁に足をかけ、手すりに腕と顎を置く。

「まあ元々ぉ、あの女とあたしはあんまり一緒にいるべきじゃないからぁ」

「よくわからないな……。酒入ってるからか」

 今日は雛樹もよく呑んでいる。少しばかり酔いが回っているのも事実で、ガーネットの言っていることの本質が理解できないのはそのせいかと思う。

「別にわからないでいいわよぅ。それよりしどぉ顔あかぁい」

「少し飲みすぎたからか……」

 ガーネットがぶかぶかとした拘束衣の袖で雛樹の頬を軽く叩きながら笑う。

 今こうして楽しい時間を享受していている雛樹だが……感じること全てに現実味がない。
 今、本当に自分が酒を呑んで酔い、美味しい料理を食べ何も考えず話し合って楽しんでいるのが不自然で仕方ない。

 そう、まるで怪物ドミネーターと対峙している時のように。
 状況的な意味合いは真逆に近い。強く死を感じるか、強く生を感じるか。
 だがそのどちらも、雛樹という人間を通してしまうとまるでフィルターがかかったかのように……他人事のように感じてしまう。

 それに対して思うところはないし、おかしいと感じることはない。
 全く何も感じない。

 静流の父が言っていたことは的を射た言葉なのだ。

 おそらく、今目の前にドミネーターが現れたとしても感情を動かすことなく粛々と相手にできるだろう。

 しかし、静流やガーネットと話しているときは、自分が自分であることを自覚できている……ような気がする。

 それは、相手が自分を強く認識しているからか……自分が彼女たちを強く認識しているからなのか。

「ねえしどぉ」

「ん?」

「眠たぁい」

「……もう少しだけ、我慢してくれ」

「はぁい」

 手すりに乗せた腕に顎を乗せたまま、うつらうつらとしていたガーネットにそう言って、もう少しだけ、この誕生日会を味わっていようと考えた。
 素直なガーネットの頭を撫でてやると、彼女はずいぶんと心地よさそうにあくびをする。

 人間味に欠け、死んだような人間であると揶揄されはしたものの、自分はまだまだこのままこの都市でなにかをして稼ぎ、何も成すことなく空虚なまま過ごしていくだろう。

 だが……それを許してくれない相手ができたとすれば。

 それはおそらく……。


 他の誰でもない。彼女たちなのだろうか。


「ターシャが呼んでるな。行こうか、ガーネット」

「んん……しかたないわねぇ」

 今日くらいもう少しだけ、あとほんのもうちょっとだけ楽しんでも、バチは当たらないだろう。



 どうせ明日からまた、予想もつかない日常がどんどんとやってくるのだから。

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