ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

幕間短編2ー結月静流の人間性ー

 結月静流は日本人男性とロシア人女性の間に生まれた女である。
 かつて、CTF201と呼ばれる対ドミネーター部隊に転属することとなった両親に連れられて、祖国に祖父と祖母、そして妹を置いて荒れ果てた日本に来た。

 その当時の名はアナスタシア=パヴロブナ=結月。部隊の連中にはターシャという愛称で呼ばれていた。
 年齢は9歳。父の遺伝子を強く継いでいるのか、髪は黒く……しかし肌は透き通るような白、瞳は母譲りで鮮やかな青。

 誰がどう見ても浮世離れした見た目麗しい少女だった。

 日本語をほとんど話すことができず、父や母にべったりと依存しこもりがちな彼女が唯一興味を示したのは……その部隊の中でも特に若い兵士、祠堂雛樹だった。

『今日からお前の面倒を見てくれる雛樹だ。挨拶しろ』

 母、アルビナからそう言われて紹介された男の人は、薄汚れた格好で身の丈に合わないライフルを下げていた。
 4歳年上なだけなのに、自分にはない殺伐とした雰囲気を纏い、体格もがっちりとしている。
 怖い。第一印象はそんなものだっただろうか。

『——……』

 母から挨拶の催促があり、後ろに隠れながらもぼそぼそと挨拶をした。
 ロシア語で。

『えっと……アルビナ姉さん。俺ロシア語わかんないです』
『こんにちはだと。まあ、こんな様子だが可愛がってやってくれ』

 日本にいる間は、彼に世話になった。

 結月静流は、実のところ全力で下を向いて生きていた。
 母のアルビナはいつかドミネーターを殲滅し、人類の世界を取り戻す、お前も強くなれと根性論や理想論を叩き込む教育方針であったが……。

 父の結月恭弥は頭が良かった。現実をしっかり見据えて結月静流の将来を案じていた。
 そのため、母のように戦場に立たせるようなことはないように教育していた。
 より理論的に現実的に分かりやすく。
 それは功を奏し、結月静流は世界に、そして将来になんの希望を見出さず、ただただ普通に生きていくことを良しとしていた。

 だが、その考え方が変わったのは祠堂雛樹という男に、まるで金魚の糞がごとくついて回るようになってからだ。
 元々、雛樹はアナスタシアのお守りに対して協力的ではなかった。
 アナスタシアの方が拒絶の意思が強かったからだ。

 しかし、ある事故をきっかけにそれは変わる。
 部隊とはぐれたアナスタシアを、戦闘区域から脱したドミネーターが襲ったのだ。
 その時、別の戦場で戦う部隊から離脱し、単身アナスタシアを探しに来た雛樹に助けられた。

 その時の戦いぶりは……そう。その後何年にも渡って結月静流を形作る礎となった。

 助けられたのち幾らか叱られ、怖かっただろうと慰められ、自分を助けてくれた英雄の布団に潜り込んで一緒に夜空を彩る満点の星空を見上げてからは、変わった。

 事あるごとに雛樹と一緒に行動した。食事はもちろん、散歩、風呂にいたるまで。
 そして、まだ日本語を満足に話せない自分は、母に通訳させて雛樹と会話した。

 そして、海上都市センチュリオンノアに渡るその時までに、アナスタシアは前を向いて生きるようになった。
 その先にいるのは、祠堂雛樹という憧れの男の人。

 からっぽだった彼女に、中身が与えられたのだ。

 それから彼女は血反吐を吐く勢いで努力した。
 海上都市にある防衛学校に入り、飛び級、首席で卒業。
 今や大企業センチュリオンテクノロジーに所属する、ウィンバックアブソリューターエースパイロットである。

 一切の娯楽を切り捨て、余計な感情は無くし、女すらも捨て、結月静流は……。

 人でありながら、その身を兵器とするべく努力した。

 かつて憧れた一人の兵士に近づくべく。

 そして、父は言う。

 君は、憧れる人間を間違えたのだと。



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