ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

第5節—元、対“怪物”部隊CTF201所属兵士—

 —戦艦アルバレストが、緊急事態に戦慄する数時間前—


 雛樹は子供達とずいぶん長く遊んでいた。日が昇りきり、少し傾いたところで、元気すぎる子供達には勝てず、施設内へ戻ってしまったが。

 集落内外、走り回ったあとの子供達はドロドロに汚れていて、ヒナキもまた然り。近くの川で水浴びをしてこいと、風音に言われ。またそこで子供達にハチャメチャにされてから、孤児院の広間にて休んでいた。

「はは! ほんとよく遊んでくれたねえ、雛坊!」
「あの子たちが本気でじゃれてくるんだ。こっちも全力出さないと飲まれるからな」

 広間でそれぞれ休んでいる子供達は、今日、遊んでくれた雛樹への感想を言い合っている。すごい楽しかったやら、明日も遊んで欲しいやら。

「ひなにい、汗ひとつかかないもんなあ。すごーい」
「雛樹お兄さん、川で脱いでくれなかったのが残念だよねー」
「ねー。お兄さんの裸見たかったー。えへへ」
「うげえ、女って男の裸見て嬉しいのかよっ」
「格好いいお兄さんの裸が見たかったのー。あんたらみたいなちんちくりんの見たって、よろこべないしー」

 なにやら、ませた女の子たちが、離れたところで風音と座っている雛樹に熱い視線を送っているようだ。雛樹はそれに気づき、手を振ってやった。

「あー、お兄さんカッコいーなぁ」
「メイちゃんほんと、雛にいのこと大好きだよねー」
「だって、私たちみたいな子供でも、いっぱい遊んでくれるし、優しいし……。みんなのために、食べ物いっぱい持ってきてくれたりするし。」
「だよなー、にいちゃんすげーいいヒトだもんな。ここに住んでくれねーかな。かざ姉もよろこぶしさ」


 そんな話をしている子供たちを横目に、雛樹は風音と会話していた。他愛ない話だ。子供たちのことや、最近の本土事情など。そんな話をしていると、この孤児院を建てた立役者であり、院長である老人が二階から降りてきて……。

「雛樹、来てくれてたのか」
「ん、邪魔してるよ。爺さん。寝てなくて平気なのか? 腰、やったんだろ?」
「ふはは、平気さ。こんなもん、半日休みゃあなんとでもなるもんよ」

 と、快活に笑う老人に風音は、“あんまり動いちゃダメだってばじいちゃん”と咎める。“客人が来とるのに寝てられるか”などと、しかめっ面でそう言って、老人は雛樹と向かい合う形で風音の隣に、腰をいたわるようにしてゆっくりと座る。

「半年ぶりか。お前さんが来たのは。相変わらず“いい目”しとるわ。濁ってはいるが真っ直ぐな心が透けて見えるようだ」
「はは、相変わらず詩人だな。腰をやってるとはいえ、元気そうで安心したよ」

 自分の言うことを聞かない老人に対し、ぷりぷりと怒る風音だったが、そんな風音を気にとめることなく、老人と雛樹は言葉を交わした。

「爺さん、物資調達に街に行ったんだろ? どうだい、政府軍の様子は」
「そうさな……、最近になってずいぶん軍事拡張し始めとる。本土中から、女子供構わず集めて訓練させておるよ」
「へぇ……やっぱそうか」
「“やっぱ”?」

風音が、雛樹のその言葉のなにが引っかかったのか、疑問を見せる。

 街へ入れるのは、その“権利”を持った者だけだ。入るにしても住むにしても、政府軍の許可証が必要なのである。
 雛樹がそれを持っていないことは、昔から知っている。街の現状など、雛樹は知らないはずなのだ。ましてや、その中心である政府軍の事情など。

 だが、何か知っている風だった。昔から察しのいい風音は、雛樹に疑惑の視線を送る。

(……やばい)

 自分が、政府軍基地で盗みを働いていることは、風音には知られていない。そんなことを言えば、怒られるか止められるか、最悪もう二度とここに来るなと言われるかもしれないのだ。

 ただでさえ、自分の体の負傷具合に疑問を持たれている。バイクでこけたと、他愛ない会話の中で説明したとはいえ、だ

「質屋の店主に、最近の政府軍はおかしいっていう話を聞いたからさ」
「へぇ……おばさんに。確かにあの人、街に行きたがってるからねえ。その辺りの事情には明るいか。顔も広いし」

 もちろん、本当は違う。軍基地に盗みに入った時、運び込まれるたくさんの女や子供、成人男性の姿を見たから聞いたのだ、
 軍基地に運び込まれていたのは、何の変哲も無い一般人。しかも、服装のみすぼらしさから、街の住人ではなく、そこそこにある集落から連れてきた人間かと疑問を持ったからだ。

「子供たちを連れて、街に住まわせてやりたいんだがなあ」
「うちにはその権利を買う金はないからね……」

 この老人と風音は、本当ならば軍統治下で安全な街で孤児院を構えたいのだ。だが、その権利はおいそれともらえるものではない。だからこその街の安全、治安なのだ。
 老人が街に入れるのは、過去に街に住んでいたという経歴があるからだ。老人は、街の外で暮らす孤児たちのために安全な政府軍統治下から離れ、ここに孤児院を建てた。そのような経歴から、街にはいくらかツテもある。そのツテを頼って、物資を調達しに行くのだ。


…………


 その後も、しばらく談笑していた時。雛樹が眉をひそめ、ピタリと言葉を絶った。
 その反応に、疑問を持った老人と風音だったが……。

「軍用車がこっちに来てる。しばらく子供たちを静かにさせておいてくれ」
「ええ、なんでこんなところに政府軍が……」

 風音は言われた通り、子供たちを大人しくさせに。老人と雛樹は立ち上がって、腹の底に響くようなエンジン音の元を確認するため窓へ近寄る。

 畑を望めるその窓には、いつもの景色に異物が混じっていた。モスグリーンの大柄な車体。瓦礫の山とて走破できる、巨大なタイヤ。分厚い鉄板をプレスして作られた装甲と、そこにでかでかとプリントされた部隊章。

 政府軍の四輪駆動車だ。今や、本土を牛耳る軍隊の車両がこちらに向かってきて……。そして止まった。

(……嗅ぎつけられたのか? そんなまさか……)

 雛樹の鼓動が早まる。頰を伝う嫌な汗。盗みを働いたのが自分だとバレたのか? いや、それは早計だ。見つかりはしたが、身元が割れるようなものは残していなかったはず。
 もう一つ、ここに軍が来る理由もあるにはある。先ほど話していた軍備拡張の件だ。もしかすれば、ここの子供達が目をつけられたのかもしれない。

 汗ばんだ手を握る。ここで荒事だけはごめんだ。

 車両から出てきた、三人の軍人。モスグリーンのミリタリージャケットを着用し、腰には自動拳銃が入ったホルスター。軍用ナイフをそれぞれ腰や、胸のあたりに備えている。

「じいさん、あの部隊章……」
「政府陸軍三課、偵察人事部隊だなあ。うちに何の用か。俺が出よう、お前たちは大人しくしてなさい」

 まもなく叩かれる、施設の扉。はいはいと返事をしながら、老人がとぼとぼと玄関に赴き、扉を開けた。

「はいはい、なんだ。軍人様がこんな辺境に」
「突然失礼する、ご老人。お尋ねしたいことがあるのだが」
「なんでしょう?」
「ここに、シドウヒナキという男は来ていないだろうか?」
「しど……? なんだって? 子供がたくさんおってな。名前を覚え切れんで」

 玄関で、軍人たちの相手をする老人の後ろ。廊下の陰で、雛樹と風音は息を潜めて待機していた。
 話題に自分の名が上がったことから、雛樹は確信する。盗みがバレている。
 ふいに、脳裏をかすめた質屋の店主の言葉、“あんたのおかげで、内地に店を出せるんだ”。

「シドウヒナキ。軍施設を狙った、窃盗の犯人だ。情報では、元軍人と聞いている」
「聞いて、おるですと?」
「この集落の人間から、タレコミがあったのだ。」

 老人は眉間にしわを寄せ、黙り込む。風音が、焦る雛樹の横顔に疑惑の目を向けたのは、言わずもがな。
 風音は、雛樹の様子から、あの軍人が言っていることがデタラメでないことを察す。“なぜそんなことを”。口に出そうだった。しかしその言葉をぐっと飲み込む。これまでの雛樹の振る舞いから、生きていくためにそうしていたのは明白だ。
 自分も、子供達も、そのおこぼれに預かっていたじゃないか。

(そうか……、売られたのか。俺は)

 あの質屋の店主だ。間違いない。突然内地に店を出すと言ってきたあの時から、何か引っかかるものはあった。
 あの店主は、盗人の情報をリークすることで、政府軍から内地へ行く許可をもらっていたのだ。
 小汚い盗人に基地に入られ、物を盗まれただけではなく、多数の兵士で追い詰めておきながら逃した、政府軍の汚点。その汚点をすすぐ事の出来る情報だ。
 一人の人間を、しかも役に立つ商人を街に移住させる許可ぐらい出すだろう。

「……裏から逃げな、雛坊」
「……風音さん」

 隣で息を潜めていた、風音は小さな、しかし力強い声でそう言った。軍人に聞こえないよう、ひっそりと。

「……そんで、ほとぼりが冷めた頃にまた来るんだよ。そんときはちゃんと事情を話してもらうからね」
「……ほんと、あなたって人は、お人好しな……」

そこまで、言いかけた時だった。玄関の軍人が、甘い条件を出してきたのは。

「おとなしく祠堂雛樹を引き渡すならば、だ。お前たちに、軍統治下の街への移住許可を出すよう言われている」
「な……。随分羽振りが良いなあ軍人さん」
「それだけの案件だということだ」

その場を離れようとしていた雛樹は足を止めた。明らかに風音が動揺していたのだ。それもそうだろう。彼女たちは子供たちを連れて、街へ移住したがっていた。だが、資金の問題で不可能だったのだ。
 それが今、手につかめるところまで降りてきている。

 たった一人、引き渡すだけで自分たちは安全な場所に移住できるのだ。何を迷うことがある?
 だが、風音は動揺を見せるだけだった。そんな風音を見て、雛樹は足を止める。

「風音さん。子供たちには、よろしく言っておいてくれ」
「えっ、ちょっと雛坊……!? 何バカやろうとしてんだ……!」

 裏口に向いていたつま先が、玄関へ向かう。自分が一人、捕まるだけでこの人たちを望む場所へ行かせてやれることができる。
 どうせ、逃げ切れるか分からない。賭けるなら、こっちのほうがいい。

「おい客人、呼んではいないぞ!」
「爺さん、もういい。大丈夫だ」

 軍人たちの前に姿を現した雛樹に、老人は目をむいて怒鳴りつける。が、雛樹は穏やかな表情で老人を制止した。

「君か。祠堂雛樹。対ドミネーター戦闘部隊、CTF201(コンバインドタスクフォース)の元兵士というのは」
「ええ、そうです。ここにタグもある。確認するなら、どうぞ」

 仮にも、相手は目上の人間のため、丁寧な口調。言いながら胸元から出した、ドッグタグを見せつけた。

「確認させてもらおう……」

そうして、渡されたドッグタグの表記を読み、すぐに雛樹へ返した。

「確かに、祠堂雛樹で間違いないようだ。背格好も目撃情報と一致する」
「なら、さっきの言葉が嘘じゃないことを見せてもらえますか」
「……わかった。君の堂々とした投降に、こちらも敬意を持って応じよう」

 そう言って、主に話していた軍人が待機している部下に権利書を持たせる。
話に聞くところによると、店主に渡す物権利書を、幾つか予備で持ってきていたという。
 本来ならば、その場で渡せるものではないらしい。

「ほら、爺さん。これで子供達とゆっくり暮らせるぞ」
「もう遅いが……。雛樹。自己犠牲は、己に何も残さんぞ」
「今まで世話になった借りを、返しただけだと。言い聞かせるようにするよ」

 もちろん、自分に。このまま軍に捕らえられると、己の身はどうなるのかは分からない。牢に縛り付けられ、挙句殺されるか。尖兵として危険区域に放り込まれるか。

「祠堂雛樹を一時、拘束する。拘束帯で両腕を縛れ」

 雛樹は、右手が左腕の肘に、右手が右腕の肘に来るよう腕を組まされる。
 そうして、規則性を持って巻かれていく頑丈な特殊繊維で編まれた拘束帯。
 最後に鍵を付けられ、固定された。

「待ちな雛樹!! あんたを犠牲に街へ行けたって、こっちは全く嬉しくないんだよ!!」

 軍人たちに連行される雛樹の背中に、風音は吠える。だが雛樹は振り返ることなく——……。

「いいさ、それでも。あんた達が安全な場所に行けるなら」


 盗みなんてやっていると、いつかこうなることは、心のどこかで覚悟していた。
 運のいいことに、ただ捕まるだけでないのが幸いした。これなら、素直に投降することができる。まだなにか、風音は引き止めるようなことを言っている。後ろ髪を引かれるのはごめんだ。

 が、その声とは別に。後ろ髪を引く感覚があった。腹の底に溜まる、ドロドロとした悪寒。
 ツンと頭を突く気配。感じたその瞬間だけ、右の瞳が赤みを帯びた。

「なんだ、止まるな。祠堂雛樹。今更、未練にすがるのか」
「……今、揺れなかったか?」
「何?」

 礼儀正しかった雛樹が突然、切羽詰まった表情を露わにし、低く、凄みのある声でそう言ったことに、兵士たちは驚く。

「揺れたか?」
「まあ、揺れたとしてもそう珍しいことでは……」

 大規模地殻変動から先、この陸地はよく揺れるようになったため、地震程度では驚くことはない。
 だが、雛樹の剣呑とした表情を見て。兵士たちは思い出す。

 対“怪物ドミネーター”戦闘部隊、CTF201。彼は、ある特殊な状況下で真価を発揮できるよう訓練されていた兵士だったことを。

「爺さん、このあたりで奴らを見かけたのはいつだった?」
「お前さんはまったく、こんな時に……。はぁ、三ヶ月前だよ」
「3ヶ月、前」

 この大陸を侵食している、とある“新種の鉱物”。その鉱物あるところから、その怪物は現れる。

 その“鉱物”は、地殻変動で現れた巨大な海溝にて発見された。そして、その鉱物は他の物質と干渉し、侵食。無機物であろうと有機物であろうと、己と同じ物質に変えてしまう。

 本土は、今現在、ゆっくりとだが確実に、その“怪物を寄せる新種の鉱物”に侵食されていっている、真っ最中である。
 ここは、海に比較的近い集落だ。

 三ヶ月前、この付近で怪物が現れた。なら、三ヶ月後の今。“この付近にまで、鉱物が侵食してきているのではないか”。

 いつ、その怪物が現れてもおかしくない状況下に、この集落が陥っていたとしたら。

 “この予感は、必ず当たる”

「爺さん、できるなら、今日か明日中に、荷物まとめて内地へ行ったほう——……が!?」

 その場にいた全員が、その突然の爆裂音に驚き、声を上げた。

 衝撃で、大気が震え、目の前が大きくぶれる。地面が大きく揺れて平衡感覚があやふやになる。
 施設の窓ガラスが揃って割れる音。そして子供達の悲鳴。

 外では、集落の住人たちが阿鼻叫喚の中、走り逃げている。

 “集落の住人の行動が早い”。ただの地震なら、揺れた直後まだ体が硬直し、いくらか様子を見てしまっているはずだ。

 その理由には察しがつく。瞬時にここにいては危険だという、解りやすい状況が生まれた。それだけのこと。

 すぐさま、外に出て状況を確認したのは、政府軍の兵士たちだった。そのあとに続き、腕を拘束されたままの雛樹が出て行く。

 眼前に広がるは、何かに下から押され、隆起し、吹き飛んだ大地。
 そして、それに巻き込まれ舞い上がり、地面に叩きつけられた家屋の残骸と……。

 巨大な、黒い柱。

 表面に、まるで基盤に走る、回路のような模様が赤く光るライン。鉱物のような物でできたその柱が、まるでストーンヘンジのように立ち並び。

 その中心に、怪物がいた。

「ドミネーター……、ベータ級、いや、ガンマ級だ。嘘だろ、幾ら何でもこんなデカブツが……」

 兵士が、その圧倒的な大きさを誇る怪物を見て、任務のことも忘れ、絶望に沈む。

 そんな兵士たちを尻目に、雛樹は喉が千切れるんじゃないかというほどの声で叫んだ。

「今すぐ子供達と地下室へ隠れてくれ!!」
「あんたはどうするんだよッ」

 この施設に備えられた、地下室。シェルター化しているわけではない。ただ掘って作っただけの、緊急避難所兼、物置だ。
 だが、下手に逃げるよりマシだ。

 この、巨大な化け物の殺傷範囲をかんがみれば。

 周りの光を全て吸収しているのではないかと思うほどの漆黒の体躯。
 それは、まるで人のような姿を呈している。二本の足は極端に短く、胴は長い。異様に長い。頭はまるで水の入った風船のように震え、落ち着かない。

 無機質な体躯に不釣り合いなほど生々しい、巨大な赤い双眸。その落ち着かず、ブルブルとした頭の中心と、顎のあたりにもう一つ。

 あまりに気味が悪い。かつてこの本土を焼け野原にし、汚染した怪物“ドミネーター”。その細く長い腕が、空に向いていた。

「“赤光せきこうの矢”を撒くつもりか……」

 空に浮く、ドミネーターの予備動作を見て、雛樹は瞬時に理解する。奴は、この集落をなぎ払うつもりなのだと。

「祠堂雛樹、この状況。君になら対処できるか……?」

 そう兵士に言われ、雛樹は眉をひそめる。
 彼らは、戦闘実績のほとんど無い三課の兵士だ。こういった状況に対応できるほど、練度は高くない。
 しかし、あの化け物相手に練度を上げてきているこの青年ならば。

「あなたたちが、汚らしい盗人の言うことを、素直に聞いてくれるなら」

雛樹が相変わらず、剣呑な表情でそう言うと……。

「問題ない。お前たち、話は理解したな」
「滞りなく」
「なら祠堂雛樹の拘束を解け、急ぐんだ!」

 雛樹の腕を固定している、拘束帯の鍵。それを所持している兵士が、雛樹に寄り、鍵を腰のホルダーから出す。
 だが、それと同時に空から降りてくる、“赤い影”——……!!

「矢の展開が早い!!?」

 あの化け物、そのガンマというランクの脅威を。雛樹は長いブランクの中で薄れさせていたのかもしれない。

 あんなにも、青かった蒼穹が。

 赤い。とてつもなく赤い。ドミネーターを中心に、傘のように展開された無数の、赤い半透明な物質。
 その形は、まるで鋭い矢。

 その矢の矛先が、一斉にゆっくりと眼下の集落に向けられていく。それに伴って、落ちる赤い影も幻想的にその形を変え。

「伏せろォッ!!!」

 拘束帯の鍵穴に、鍵の先が入る前に。雛樹は叫び、弾けたように後方へ跳ぶ。
 施設の玄関にまだ留まっていた風音を力の限り押し倒し。双方、体を床に打ち付けながら、姿勢を低くする。
 背中に押し寄せる、死の感覚。その熱波と重圧。

 このなんでもない、枯れた集落に。赤き死の雨が降り注いだ。


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