ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

第4節6部—エスケープ オア デッド—

 コクピットに転がり込んだ雛樹は、葉月に言われるがままハッチを閉鎖する。そして一息ついた……いや、一息つけたのだ。

「やっぱり誰もいないな……」

 この機体に取り付いた時から、なにか違和感は感じていたのだ。あれだけ機体の外装に乗って立ち回っていたのだ。この機体に人が乗っているならば、なんらかの反応がってしかるべきだ。
 だが、この機体はただただ前進するための姿勢を変えず、自分には全く関心を示さなかった。

 そしてなにより、粒子砲の乗っ取りと遠隔操作。あんなことができるのならば、この機体の乗っ取りも可能だろうと踏んでいた。

「操縦桿が勝手に動いてるな……」

 機体の細かな姿勢制御を行うための幾つかの操縦桿がひとりでに動き、機体を操っている。それに気づいた雛樹は操縦桿に手を伸ばそうとするが……。

《間違っても操縦桿に触れちゃだめよ》
「……っ」

 随分とタイミングよく葉月からのお叱りが入った。狭苦しいコクピットで驚いたために、雛樹は天井で頭をしたたかに打ち付けてしまい、うめき声をあげた。

《指示された挙動以外の操作が入ると、自壊システムが作動するようになってるわ。随分念入りな乗っ取りみたいね……》
「自壊?」
《簡単に言えば自爆装置ね。動力機関へ送り込む燃料をオーバーフローさせてから……》
「そういう難しい話はわからんからいい」
《あ、そう。とにかくひどい状態よ、いい?》

 雛樹はどこかワクワクを抑えられない様子で、コクピットの全方位モニターに表示されたどんどん過ぎ去っていく外の景色を眺めながら、肯定する。

《ハッキングでこちらから止めようとしても、自壊システムが作動するの。で、それをどうにかしようとすると、その自壊システム自体をなんとかしないといけないのだけど……》
「あれが、セントラルゲートか」

 モニターを通して見えてきたのは、センチュリオンノア最大の門。セントラルゲート。今は大穴が開いており、防衛の役目を果たしてはいないが……。

《そう、セントラルゲートまでもうすぐでしょう? 間に合わないのよ》
「でかい大穴……あ!? 間に合わないって!?」
《ええ……。自壊システムを迂回して、その機体のコントロールパスを奪い返してる時間はないの。自壊システムをどうにかしようとするのはもってのほか。企業ごとのブラックボックスを開けるに等しい行為よ。いくら緊急事態だからといって、とんでもない罰が課せられるわ》
「そんなこと言ってる場合じゃ……」
《まだ言える場合なのよ。祠堂君、今すぐハッチを開いて脱出しなさい。そもそもあなたがなんとかしようとしたのが間違いだったの》

 諦めの色を色濃く出した声を聞き、雛樹はコクピットのシートへ腰掛け、右手で眉間を揉む。

「他に手は……?」
《セントラルゲート付近に、GNCとセンチュリオンテクノロジーのウィンバックアブソリューターが展開してるわ。彼らがなんとか……》
「ここから見てる限り、そのウィンバックなんたらにその余裕は無さそうだぞ」
《……侵入してきているドミネーターが多すぎるのね。あまりにも多すぎる。今回撃ち込まれたドミネーターといい、諸悪の根源である潜水がなにかしてきているのは間違いないわ》

 上空では、空を覆いつくさんとするほどのドミネーターと、4機のウィンバックアブソリューターが交戦していた。

 青と黒の機体、センチュリオンテクノロジーが所有するコバルトスケイルは、多数の粒子性ミサイルを機体のポッドから放ちながらも、多数のドミネーターに追われていた。

「接近数10!? なんやこの数ぅ!! アホか! 捌ききれるわけないやろがい!!」
《それを捌くために我々がいるのだ。文句を言わず殲滅しろ、アインス・ノックノック中尉》
「わかっとるわいんなことォ! んなことより自分はどうやねん、さっきから撃墜数落ちてきとるみたいやがのぉ!? GNCの部隊長さんよ!」
《他人より己を心配したらどうだ。ランクβが複数そちらへ行ったぞ?》
「あああ! くそがあ! はよゲート塞がんかい! なにしとんやおのれら!」

 ドミネーターを追尾する複数のミサイル、そして、ノックノックが駆るコバルトスケイルを鋭い挙動で追うドミネーターからの赤光する矢での攻撃が交差し、爆裂する。

『シールド出力、45%低下。限界域マデ残リ30%』

 けたたましいアラート音とともに、コバルトスケイルコクピット内が激しく揺れた。
 ドミネーターの攻撃が被弾したのだ。機体に設定された人工知能、AIが注意を促していた。

《すまない! ゲートから流入してくるドミネーターを排除しきれん! 塞ぐどころの騒ぎじゃないんだ!》
「クッソ……なんやねんこの惨状はァ」

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