シスコンと姉妹と異世界と。
【第144話】北の幸⑥
ブラを返し終え、部屋に戻った俺は流血事件の証拠隠滅に勤しんでいた。
といっても、鼻周りを綺麗に拭いてあげるくらいのことしかしていないのだが。
鼻をつまんでみたり、ほっぺたを軽く引っ張ってみたりしてもこれといったリアクションもなく、暫く現状から回復することは無さそうだった。若干はだけ気味の首周りをツーっとなぞってみても、一瞬ピクっとしたくらいで起きる気配はなかった。
「(流石に十五前の女の子には刺激が強過ぎた……か!? でも"向こう"で妹の枝里香に下ネタ吹っ掛けたときは、普段の優しいのが一変して駅のホームの吐瀉物を見るような目をしてたからな……。アイツが特殊だっただけなのか?)」
疑問は残るが、目の前の女の子に関してはそうではないということに変わりない。
「さてどうしたもんかね……」
一応外出るわけにもいかないし。寝るかな、少しくらい。今午後二時だろ……、
(ナビ子、三時半に起こしてくんないか?)
(久しぶりの出番だというのに、役目は目覚まし時計止まりですか!?)
(出番とか言うなよ! クラリスさんよりちょくちょく出てきてるんだからいいだろっ)
(それとこれとは別です。いいから、正座なさい)
(え、なんで俺が!? そもそもの主従関係から言えばお前が正座して膝枕耳かきしてくださいお願いします)
(してさしあげたいのは山々なのですが如何せん……)
(触るのは無理だもんなぁ。……はぁ)
(あの時九尾の身体を得ていれば……)
(爪で鼓膜破られたら堪らんから今のままで良かったと心底思うわ)
(時間を潰すのであれば、サニーさんが先程までお読みになられていた本でも手に取ってみては?)
(いいのかな? なんか他人のケータイ覗く的な圧を感じるんだけど)
(本の貸し借りについては"向こう"だけではなくこちらの世界でも日常茶飯事。何も問題は無いと思われます)
(まぁそこまで言うなら……)
布団から起き上がり、窓際の椅子に座り本を手に取る。ブックカバーがされており、ぱっと見ではどんな本なのか見当もつかない。
(なんだと思う?)
(そうですね……。恋愛小説などが鉄板なのでは? この世界の十代女子というものかと)
(それを俺が読むのはどうなんだろうか? でも食わず嫌いしてちゃ仕方ねえか。ローズの兄貴なんだし好き嫌いは駄目だよな)
ふーっと息を吐き出してから手に取った本を開く。そこにはこうあった。
『乙女の恋愛必勝法! 第三弾!! 〜男を虜にする百の法則〜』
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………(←心底リアクションに困り引き攣った半笑い)」
(パンドラの箱と言うべきなのでしょうか)
(上手くねーよ!? これを読み進めるのは俺にとってなんの得にもならないと思うのだがどうだろうか)
(幾つか折り目の付けられたページもありますしそこだけでも読んでみては?)
……、いや止めておこう。着ぐるみの中身を引き摺り出すような真似はしたくない。それに、
(お前がパンドラの箱って言ったじゃんか! なのになんでそれを開けさせようとするんだよ。もう既に危険度に関しては認知してるのに!)
(しおりを挟まずに直接ページを折るくらいなのですから、余程のことだったのでしょう。気になりませんか?)
確かに……。よっぽど誰かに試してみたい必勝法を見つけたのだろうか。そう考えると確かに気になるな。
(ま、まぁ、後学のために、な? ほら、ハニートラップ対策とかにさ)
(ハニートラップを仕掛ける人間がこのような陳腐な本を参考にするとはとても思えませんが)
(そこはサニーさんに気を遣えよ! 陳腐な、は駄目だろ!?)
(さ、起きる前に読んでみましょう早く)
(なんやかんやで期待してんじゃねーか)
何ヶ所か折り目が付けられている。その中から一番右側、十六ページを開く。そこには大きな文字で、
「えっと……、『薄着で布団に入り待ちましょう』」
(『そこに男が入ってきたらもうこっちのもの! 男は獣になります。あとは好きなようにイッちゃえヤッちゃえ!!』)
(………………………………………………………………………………十六ページ目でこれかよ)
(これは本当に"恋愛必勝法"なのでしょうか……)
(サニーさんは大人なんだなぁ……)
(遠い目をしないで下さい。ほら、それを見てしまった以上、責任は取らなくては)
(責任ってなんだよ!?)
(今、サニーさんは何をしていますか?)
(鼻血出して寝てる)
(薄着で布団に入ってますよね?)
(なっ!? 本に書いてあることと一緒!?)
つまり……
(OKの合図ということでしょう)
(いやいやいやいや! 偶然の一致ってだけだって!! 万が一にもそうだとしても、外した時俺はどんな顔したらいいんだよ)
(もうそこまでいったら諦めて理性をすっ飛ばしてしまいましょう)
(なんでそんな積極的に十八禁にしようとすんだよ!? もういい。寝るぞ俺は)
(そんな悶々としたまま?)
(うるせぇっ。こちとら自家発電出来ないのには慣れっこなんだよ!!)
普段は姉さんとローズと一緒の部屋だから、実際問題どうしようもないのが現実だ。
本を閉じて布団に戻る。
「ショーくん」
サニーさんに声を掛けられた。互いに布団から顔だけ出して向かい合う。
「寝てたんじゃないんすか?」
「ちょっと寒かったからね」
そう言う割には顔が紅くなっているように見えるんですけど……。
「……よし、寒いから一緒に寝よう。これは先輩命令」
「………………(←そっと目を閉じる)」
「むっ」
「ちょ、ちょっとぉ!?」
寝たフリを決め込んだのだが、何を思ったかこっちの布団へ入ってくる。
「ダメですって! こんなことしてたら何かしら良くないことが起きるんですから!?」
「わたし日頃の行い良い方だから平気平気」
コンコン。地獄のベルが響いた。
「おにーひゃーん、ふぁいるよー」
サニーさんを残して慌てて俺は布団を飛び出し、来たる鬼の襲来に備えた。
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