シスコンと姉妹と異世界と。

花牧優駿

【第120話】討伐遠征⑩




 リンチ体験という名の臨死体験の後に、夕食を済ませた俺は姉さんとローズを伴って散歩に出掛けていた。何となく……全員で一緒にいるのは気が引けた。

 最初は独りで出掛けようとしていた。浴衣から普段着に着替えて廊下に出たところでまず、ローズと鉢合わせした。

 「よっ……」

 「どしたの? どっか行くの?」

 いっそリンチ体験の際にその前の出来事の記憶も飛んでくれれば良かったのだが、脳みそが無駄に優秀だったのかあの映像は鮮明に脳裏に焼き付いて残っていた。ので、ローズを前にするとちょっとアカンってなる。ただローズにはその認識は無いので俺だけが勝手に気まづくなっていた。

 結城リト君はどんな気持ちで生きてるんだろうと深々と考えさせられる。

 「ちょっと街にでも散策に行こうかなって。せっかく来たんだし」

 「ふーん。じゃ、わたしもついてく!」

 「いいけど……、休まなくてもいいのか?」

 「なんかあったらお兄ちゃんが守ってくれるでしょ?」 

 「わあったよ」

 本当にずるいことを言ってくれる。そんな事言われたら断れるわけないのにな。分かって言ってるなら相当な悪女の器だろう。もはや魔女と言えるかも。

 「わ、わたしもついていっていいか?」

 姉さんがドアからひょいと顔を出して聞いてきた。話してた声が中に聞こえてたんだろう。

 「うん。一緒に行こ!」

 俺が答える前にローズが快諾した。まあ断る理由も無いからいいんだけど。

 「したらふたりとも準備お願い」

 「すぐ戻るね!」

 ローズが部屋に消える。

 「ああ。いや、もう出来てるな」

 姉さんは消えなかった。

 「えぇ!?」

 話が聞こえてた段階でもう着替えを済ませていたらしい。どんだけ散策行きたかったんだろう。

 「路銀も?」

 「大丈夫だ。問題無い」

 そう言ってパンパンに太ったカエルのがま口財布を見せてくる。

 「その財布どうしたの?」

 「以前学校で文化祭をした時に、露天が立ち並ぶ出し物があったろう? そこの景品で貰ったんだ」

 「なるほど。姉さんてカエル好きだったっけ?」

 「まぁどちらでも無いが、これは別だ。見た目も可愛いしな」

 「姉さんがそういうの持ってるのなんか意外だな。女の子らしくて可愛いじゃん」

 「と、歳上をからかうんじゃないっ」

 普段は女らしくないってのか、って怒られるかと思ったら意外な反応。こっちが豆鉄砲くらったような気分だ。

 「お待たせっ」

 「それじゃ行こっか」

 てな感じで今に至るというわけ。ご清聴ありがとうございます。

 商店街を歩いていると八百屋というか青果店が多いように思えた。山梨という土地柄故になのか、桃やぶどうが主力らしい。またそれらを使ったお酒も人気のようだった。

 桃やぶどうに馴染みのないふたりは、立ち寄った青果店で片っ端から試食をしていた。瑞々しいフルーツに囲まれて至福の時間を過ごしていたようだった。

 「ん、なんだこの点々?」

 道やら建物の壁やらに、まばらにだが謎の点が見られた。

 「どれどれ?」

 「これは……何かの足跡か?」

 「動物……、猫かなにかかな?」

 「特に周りには猫ちゃん居なさそうだけどね」

 ローズが言うならそうなのだろう。元々の女の勘に加えて、野生の第六感も備わりつつあるローズの勘は、普段から冴え渡っていたので疑う余地は無かった。

 「それより、ちょっと言いづらいんだけどさ……」

 ローズが何やらモジモジしながらこちらを窺う。

 「……トイレか?」

 「違うよ! あの……、お腹空いちゃった」

 「はぁ!? さっきまで姉さんとバクバク食べてたじゃんか!」

 「それは別腹ッ」

 「キメ顔で言うようなことじゃねえ! もう夕飯も宿で食っただろ!?」

 「あれはお通しに過ぎず」

 「わあったよ! さっき居酒屋みたいなとこあったから、そこなら食えるだろ」

 「やったー!!」

 「姉さんもそれでいい?」

 「あ、ああ。……ショー、アレはなんだ?」

 姉さんが向かいの建物の屋根の上を指差す。

 「ありゃあ……、狐だなぁ」

 「「キツネ?」」

 「ふたりとも図鑑とかで見たことない? あ、降りてきた」

 まぁ初冬ともいえる時期だし山梨だし、狐が出ても不思議ないか。

 「おいで〜」

 「お、おいでっ」

 「どっちに来るかなー?」

 姉さんとローズ、狐はどっちを選ぶのだろうか。ローズの方へいったら取って食われそうな気も。……考えるのはやめよう。

 「「どうしてショー(お兄ちゃん)の方なんだ……」」

 「さあ? 女の子なんじゃない?」

 「なんか薬缶やかんみたいな声なんだね」

 口を開けながらキャーキャー声を出す狐を、ローズはそう評した。確か甘える時にそんな声を出すって動画サイトで見たことがあった。アメリカでペットとして飼われている狐を映したものだ。

 「これは甘えてるんだよ、ほら」

 狐は俺の足に首を擦り付けてきた。

 「もふもふ、羨ましい……」

 「姉さん、動物とか好きなんだね」

 「こういう毛のものは余計にな……」

 「襲われちゃうから逃げた方がいいぞお前。……痛って!! なっ、お前甘えてたんじゃねえのかよっ!?」

 心配してあげたのに、手首を噛まれるという……。

 「やっぱりお兄ちゃんは女心が分からないんだなー」

 「狐相手でそうなるのか!? うわぁ、こりゃ傷残るぜ……」

 雑菌とかで腕までパンパンになったらどうしよ。俺の自己再生機能ってガチでヤバイやつじゃないと発動してくんないからな。

 「ほら、腕出して」

 「お、おう」

 「水魔法・乙女の涙っ!」

 乙女の涙、というのには無理があるくらいの水圧で俺の腕が洗浄、消毒された。乙女と書いてゴリラの涙の間違いじゃないか……。狐も今のでびっくりしたのか居なくなっちまったな。

 「ショー、大丈夫そうか?」

 姉さんが心配そうに問いかける。

 「これくらい平気だよ。それより早く居酒屋行こう」

 噛まれた所がジンジンと熱を帯びるように痛むが、それをひた隠しにして俺はふたりと二度目の夕食を満喫したのだった。



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