シスコンと姉妹と異世界と。
【第41話】湯浴み
海へ皆と出掛けてから半月、夏もそろそろ終盤に差し掛かっていた。まだまだ茹だるような暑さだ。肌着だけで寝ていても毎晩寝汗をかいてしまうので、そういう意味では不快な日々が続いている。
寝ながら冷却魔法を使えるほどのレベルには無いし、そもそもまだそこまで魔法が使えるって胸を張れる程でもないのだが。
なので毎朝、稽古後に湯浴みをするようにしている。ショーのやつが「血圧が上がって」どうこう言っていたのだが、まだわたしはそこまで歳を取ったわけでもないし、何より不快なのは耐えられない。
「はぁ〜……。生き返る……」
ショーお手製の湯船に浸かりながら息を吐き出す。本当に最高だ。それまでは寮での湯浴みといったら、備え付けのシャワーのみだったのだが、ショーとローズが無断でこの湯船を作ってしまった。もちろんその場に居合わせてはいたのだが。
ただ、2人ともお咎めは無かったのだった。なぜなら先生方も偉くお手製湯船を気に入ったからであった。特に師匠の
「まるでそこらのおじさんみたいだな、エリーゼ」
「わっ!? シャンティー先生!」
わたしにとって2人目の剣の師匠であるシャンティー先生。毅然とした振る舞いの普段だが、入学式でお母様と話している時のシャンティー先生は、まるで別人でかなり驚かされた。普通の女の子の口調に戻っているくらいだったのだから。それでも、そんな先生の前では恰好いい自分を見せたいという思いがあるし、期待に応えたいと常々思っている。
「そんなビックリしないでもいいだろう。お前が入ってきた時から居たんだから。いい歌声だったよ」
「なっ!? 皆には言わないでください!」
「何を恥ずかしがる? 透き通って惚れ惚れするくらいだったぞ? 母親に似なくて良かったな」
「お母様はその……あれだったんですか?」
「ああ、音痴だった」
「そうだったんですか……」
「これから忙しくなるかもなぁ〜? 再来月には文化祭もあるのだし、そこで舞台を組んで歌ってもらうのもいいかもしれん。わたしが推薦すれば企画を通せるだろう」
なんてことを言うのだろうか。いくらなんでもそれは横暴が過ぎるといいますか……。
「勘弁してください……」
「まぁ、学校全体で適当な面子があつまって10個くらい出し物をやるのが通例だからな。それらが決まらなかった場合の候補として残しておくことにするよ。それが嫌ならまとめ役でもなんでもやって、上手いこと乗り切るんだな」
「全力を尽くします!」
「そんな意気込まなくても良くないか……」
「いえ! 頑張らせて頂きます!」
「意固地なところは似てるよ……」
「そう言えば、どうですかうちの弟は?」
「剣の腕か? 同期の中ではまぁ上から数えた方が早いとは言えるだろうな。個々の戦闘力としてはあの魔法の力がある分3本の指に入るはずだ」
「先生にそこまで言わせますか……」
「ま、1人だけあいつが1度も勝ったことないのもいるけどな」
「モーリス君、ですよね?」
「ショーから話でも聞かされたか?」
「はい。剣の模擬戦を終えたの日の夜はずっとボヤいてますよ。にしてもそんなにモーリス君は強いのですか?」
「アイツの動きは異常でな。どこに剣が来るのか、太刀筋が目に見えているような動きをするんだ」
「それって……」
「おそらく『寵愛』の類になるだろうな」
「実在するものなんですね。昔話の類に過ぎないとばかり思っていたのですが……」
「我が校の名前の元となった、かのシュヴァルツ・ウインザーも『寵愛』持ちだと言われているからな。なんと言ったかな……」
「剣神、でしたっけ……」
「いや、ハッキリと覚えていないから、正解を答えることは出来ない。だがそんな雰囲気のものだったろう」
「他には誰か居ないのですか?」
「『寵愛』持ちが、ってことか? どうなんだろうな……。生まれつき備えている場合もあれば、ある時急に目覚めたような場合もあるらしいんだ。何せ私自身が経験したわけじゃないから、あくまで噂の域を出ないのだが」
ある時急に……か。まるでショーの魔法適性のことだな。それまではどちらかと言えば暗い感じだったのだが、あの頃からなんというか大人に近づいたような気さえしていた。まるで兄がいるかのような、そんな感じ。
「どうした、急に黙って? のぼせたか?」
「……かもしれません」
「それでは、私も一緒に出るとしよう」
「はい……」
いつかショーにこの事を聞いてみよう。悩みの種となって、それが花を咲かせてしまう前に。そうわたしは決めたのだった。
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