AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します
偽善者と肯定枕
夢現空間 私室
いつの間にか彼女が俺の部屋に居ることは多いのだが、そのせいか俺が彼女の部屋に入るのは初めてだった。
「新鮮だな」
「女性の部屋の空気がですか?」
「……違うから。この状況がだ」
「ああ、空気ではなく入ること自体がでしたか。ご安心を、わたしはいつでも──ウェルカムですから」
わざわざベッドに駆け寄り、『YES』と『はい』と縫われた枕を見せてくる。
いや、それを見せられた俺はどういった反応を返せばいいんだろうか……。
「さぁ、どうぞ」
「…………」
「さぁさぁ、へいカモンです」
投げてきた枕からは、甘い香りがする。
体臭は種族的にしないはずなので、シャンプーの香りが付いたのだろう。
仕方なくため息を吐いて、“空間収納”から針と糸を取りだす。
何をするのか理解したのか、彼女──アンは死んだ魚のような眼をギョッとさせる。
「それそれそれっと」
「ああっ、なんとご無体な!!」
「……刺繍のサービス付きだ。悪いが、どっちもする気はない。それで勘弁してくれ」
「ひどいです、メルス様。……って、デフォルメされたわたしですか?」
SD版のアンを縫ってみた。
彼女の真っ白な髪や肌、爛々と輝く目を再現するために少々苦労したよ。
「わたし……こんな感じですか?」
「小さくなったらそんな感じだろ」
「そうですか……ありがとうございます」
ギュッと枕を抱きしめるアン。
うん、その仕草は可愛らしいのだが……ついでと言わんばかりに、付着した俺の臭いを嗅がないでほしい。
「そう仰らずに。メルス様、とてもいい香りですよ」
「誰が好き好んでクンカクンカされていることに喜べる? 獣人みたいに嗅覚がいいならまだしも、お前は普通だろう」
「お気になさらず」
「気にするわ」
獣人や動物が主人公の匂いを好きだのなんだのと言い、クンカクンカとされるイベントは創作物で見たことがある。
だが、少なくとも俺の体臭にそういった好い香りといったものはない。
清潔には気を掛けているつもりだ。
一日に三回は“清潔”を使っているし、スキルで不要な代謝はカットしている。
ミントやカグたちに、『くさい』と言われるのだけは避けなければならないからな。
「では、メルス様。わたしと甘く退廃的な一日を過ごすことにしましょう」
「……ナニソレ」
「いえいえ、惚けずとも。なんだかんだ言いつつ、メルス様はこれまでの女性全員を満足させていますよ」
「……オレ、シラナイ」
満足、なんのことだろうか?
鈍感でもないから好感度的な話だということは分かるが、全然上がってないだろう。
デートっぽいことをやっていても、ただ場所を巡るだけで粋なことは何一つしてない。
約束事はするだけしておいて、ほとんどのことができずにいる。
「ずいぶんと卑屈な考えですけど、ご安心ください。好感度で言えば、ほとんどの眷属がすでに攻略済み状態ですよ」
「……もう精神共有は解除されただろ?」
「あれはあくまで切っ掛けです。メルス様の良さは、眷属皆が知るところですので」
かつてそんな状態の眷属を、俺は好感度がマックス状態だと比喩した。
そしてその原因を、[眷軍強化]が発動していた精神共有の能力だと考えていたのだ。
眷属の中でも武具っ娘──つまり俺の想念が基となって生まれた少女たちは、俺のすべてを肯定し、受け入れてくれる存在を欲したが故に誕生する。
だからこそ、彼女たちの精神性を転写された眷属たちもまた感せ……伝せ……同じ気持ちになっていた。
「そうか……ちなみにアン、具体的に俺の好いところってなんだ?」
「…………優しい人、でしょうか?」
「それ、本当に思いつかない時に使われる好いところが見つけられませんでした、と同義語のヤツだぞ」
「……あ、あれ? どうしてでしょう、どうやら{夢現記憶}が不調なようで……」
そもそもいちいち別の場所に放置していた記憶でないと、俺の好いところが見つからない時点でアウトだと思う。
おかしいな、かなり前のことだがアンにイイことを言われた気がするんだが……。
「まあいい。それより、話が逸れたな……たしか枕の臭いが『YES』と『はい』だった問題についてだな」
「混ざってますよ」
「ああ、今のところでどれか一つに食いついてくれたら、それについて少しは許可を出そうと思っていたん」
「──『YES』ですね。では、さっそく始めましょう」
ベッドにダイブし、さぁと言わんばかりに両手を広げて俺を受け入れるポーズを取る。
いきなりすぎて、少々混乱するな。
俺も時と場合と睡眠と魔導さえ条件が整っていれば、ちゃんと応えるつもりなんだが。
「そうだ。大神についてでも、話をするか。だいたい大神についてよく知らないし」
「…………ひどいです。せっかく女子が一世一代のチャレンジをしたというのに」
「一世一代? あー、うん。ソウデスネ」
「というより、なぜ大神なんですか? もう少しいい話題の変え方はなかったので?」
こっそりと少しずつ服を脱いでチラチラと見せてくるんだが、{感情}でフラットな精神状態な俺には寒そうだな、という不憫に思う感情しか湧いてこない。
もちろん、モブ的な俺の思考はアンの真っ白な肌を綺麗に思っている……だが体はそれにいっさい反応しないのだ。
「そろそろ考えるべきかなって……やるべきことリストってのを前に作ってみたことがあるんだが、全然満たしてなかったし。俺の現状の大本──{感情}について改めて考え直すべきかと思ってな」
「あ、あの……少しぐらい反応していただければ嬉しいな~って……」
「やっぱり、解決していく方がいいのかもしれないな。魔本もなんやかんやあってまだ開けてないし、ほとんど眷属に任せ始めちゃったし……【怠惰】になりすぎてないか?」
「……もういいです。ちなみにそれがどちらかといえば普通ですので、どうかそのままでいてください。眷属は、メルス様の役に立てることを喜んでる者が多いので」
忠義に熱い緑の鬼とか、だんだんボケてきた心を持った機械とかか?
「その表現はどうかと。貴方の妻、なんてのはどうでしょう……きゃっ」
「……本当にボケてきたよな」
「真面目さが求められるのであれば、そう努めましょう。ですが、今メルス様はそのような態度を望んではおられないでしょう?」
「まあ、たしかにな」
硬い会話ってどうにも面倒だし。
「大神に関しては、こちらから何かをすることはできません。干渉はあくまであちらからであり、観測することもできませんので」
「なら、俺は何をすればいいんだ?」
「メルス様は、眷属との絆をより深いものにしてください。それこそがわたしたちにとって、もっとも大切な繋がりとなります」
「絆か……頑張ってみる」
すると、ゴホンゴホンとわざとらしい咳払いをする声が……。
「で、ではまず初めに、わたしと永遠の絆を結びましょう──さぁ」
「…………」
とりあえず、この状況からどう絆を結ぶか考えなければ。
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