AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します

山田 武

偽善者と帝国散策 その09


 その男──バイルは闘いが好きだ。
 孤児として育った彼は、帝国の闇の中で家族を守ろうと闘いに明け暮れた。
 どんな相手でも拳一つで倒し、大人だろうと自分たちから奪う者は拒絶する。

 そんな無敗伝説は、唐突に終わった。
 それは彼が、子供と大人の間ぐらいまで成長したある日のこと。
 一人の壮年の男性が、彼と彼の家族に手を差し伸ばしたからだ。

『テメェら丸ごと抱えてやる。どんな悪餓鬼かと思えば、立派な所帯持ちじゃねぇか』
『仁義を通す奴、俺はそれが大好きだ』
『どうだ、テメェの家族を全員纏めて、安全な場所に住ませたくねぇか?』

 初めは信じられず、拒絶した。
 だが、次第にその緊張も解れ、ある事件を境にそれは信頼へ転ずる。
 家族を守るための戦いしか知らなかった彼は、仁義のために戦うという意味を知った。



 成長を経て、新人としての務めを立派に果たしたバイルは──再び闘争に明け暮れる。
 大好きになっていた『オジキ』と慕われる例の男が、危篤状態になっていたからだ。

 自分たちを守っていた存在がいなくなり、帝国の闇が蠢き始める。
 組織の仲間たちも誰に付くかで分かれ、繋がりが少しずつ断たれていた。

 それでも家族を、オジキが用意してくれた家族の居場所を守ろうと戦い続ける。
 オジキの業績が気に入らない者、そこに住む子供たちを売ろうとする者、単純にバイルの行動が気に入らない者など……敵は数え切れないほど存在した。

 だがあるとき、一人の青年が現れる。
 かつての仲間の一人を引き連れ、バイルに向かってこう言った。

『貴様が……そうか、ご苦労なことだ』
『俺に従え、守りたい者があるのなら』
『貴様らの意志なんて関係ない、俺は貴様らの組織を奪うと決めた』
『覚悟があるなら、拳を構えろ』

 理不尽で横暴で嫌悪感を感じた。
 だがそれと同じくらい、彼に惹かれる。
 後ろでそれを見ていた仲間も、それを知っていたのか朗らかに笑っていた。

『仁義を通せとは言わない。心に決めた何かがあろうと、勝てない者はいる』
『だからせめて、足掻いてみせろ。何者からも守るべき者があると』
『ステゴロを交わせば、細かい理屈なんて関係なくなる。これだけで充分だ』

 そして、取っ組み合いが始まった。
 勝敗は決まり──男が勝つ。
 心配そうにしていた子供たちは、守られた地から離れてバイルを助けようとする。

 男はそれに気づくと、ゆっくりと手を子供たちに向けた。
 バイルは止めようと叫び、体を動かそうとするが……ピクリとも動かない。

 何をするのか、場合によってはいかなる手段であろうと殺すことを考える。
 だが、彼は子供たちと同じ高さに屈み、こう伝えただけだった。

『強かったよ、貴様らの兄は』
『自慢の兄だろう、だから殺すわけにも誰かに忠誠を誓わせるわけにもいかん』
『貴様らの手で、兄を癒せ。ポーションであれば、これをくれてやる』
『安心しろ、金なら要らん。その分の忠誠は兄がきっちり払うだろう』

 そうして、彼は再び頼ろうと思える男の下に付いた。
 その選択が正しかったかどうか……答えは彼のみが知っている。

  ◆   □   ◆   □   ◆


『間違いだったっすよー!』


 コロシアムの中で、そんな声が聞こえた。
 気で強化した聴覚で把握したが、気にせず観戦を続ける。


「……間違いだったようですよ」

「さて、なんのことだか」


 聞こえていたようだが、無視が一番だ。
 実際にアイツが間違いだと思っていても、すでに子供たちの信頼を得ているので、すぐには逃げないだろう。

 外堀を埋めるとは、そういう意味だ。
 まあ、口だけだとは分かっているけど。


『恨みは無いっすけど、ボスのためにも倒させてもらいますっす!』


 アイツ──バイルは拳を構え、対戦相手である幾数人の闘奴や魔物たちに放つ。
 前に放てば衝撃波で吹っ飛ばし、横に振るえばスパスパと斬られる。

 バイルの職業は『無刀拳士』。
 拳は鋭い刀と化し、打撃と斬撃を自在に操ることができる。
 ……ステゴロを申し込んだ俺に、容赦なく斬撃を放ってきたことを忘れてはいない。


『おらららららっす!』


 凄まじい速度での連撃が、前方に向けて放たれていく。
 人族には打撃が、魔物には斬撃が向かい、戦闘不能状態へ陥れる。


「近接も遠距離も問題なし、かなりズルいよな。圧倒的な防御力、それかより離れた場所から攻撃できないと負けるのだから」

「……そのどちらでもない、すべてを躱して捻じ伏せたボスはどうなんでしょう」

「弾いてはいただろう」


 剣の達人や拳のプロフェッショナルと闘った経験が、こういう場合に役立った。
 力を証明する必要があったので、圧倒的な感じをアピールしたうえで完封したのだ。


『うぉおおおぉ! 勝ったっす!』


 そんな話をしていると、コロシアムの中央で両手を上げるバイルの姿が見えた。
 ちなみに、一人もバイルは殺していない。
 必要となれば殺すようだが、できるだけそうならないように振舞っているそうだ。


「さて、これでチップも増えたな。換金してもっと活動をしようか」

「バイルはどうしますか?」

「ご苦労様、と言っておけ」


 チップを貰ったらもう少し増やそう。
 それが終わったら……準備を始めようか。



コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品