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偽善者と三回戦第二試合 その02
「──“心身燃焦”」
紅蓮の劫火が衣となりて、フェニの命を代償に禁忌の力を与える。
身を削り、捧げられた命の火種は激しく燃え盛り、一時の超越感を使用者に齎す。
「その程度で儂を倒せると思うかのう」
「分かっている。一度として自身を強化しないだろう?」
「一度目の対戦で、懲りたからのう。あまり加減はせぬとはいえ、たしかに強化はしておらぬぞ」
絶対的な強者は、何もせずとも強い。
かつてメルスと闘ったときですら、龍としての本能を解放する以外の強化方法は、いっさい取っていないのだから。
「そもそも儂は、あまり魔法を上手くは使えぬからのう。主様との死合以降は、少しずつ試しているのじゃが……」
敗北をバネとして、強くなろうとする者はどの世界でも共通して存在する。
敗者は挑戦者となり、自身を鍛え上げて再度元の地位を得るために勝者に挑む。
敗北したのならば再度鍛え、勝ったとしても二度と同じことがないように鍛える……一度でも敗北の味を知ってしまうと、勝者で在り続けた者ですら何かに追われるように強くあろうとするものだ。
「おっと、こう話を続けていては時間を稼がれてしまう。お主の話術も巧みじゃのう」
「フェニックスは語彙が種族として豊かだからな。我も言葉で悩むことは、ご主人の前以外では一度としてない」
「……牽制だけでも、しておくぞ」
ペラペラと開く口を塞がなければ、本当に危険な域までフェニの能力値が向上してしまうと悟ったソウ。
地面を破壊する勢いで蹴りつけると、そのままフェニの元へ向かい──
「“界滅劫火”」
「っ……!」
「制限さえなければ、最初から使える。我とて油断はしないし、全力を以って闘う所存でいる……強化の類いは使わせず、そのまま完封してみせよう」
力強く薙がれた大剣が、ソウではなく空間に傷を入れる。
そこから生まれるのは、世界を燃やし尽くす破壊の炎。
広くなった会場であろうと、炎はすべてを舐めるように埋め尽くしていった。
「なるほどのう、たしかに熱い」
「……ご主人もだが、ソウも大概だ」
「神々を燃やす炎、じゃったか? 主様が儂との死合で用いた武具は、同じく神話の域に達した物だったという。──のであれば、それを耐えた儂へ同程度の攻撃は効かんよ」
フェニが自身の身を焦がす中見たのは──魔力の膜に包まれ、炎を拒絶するソウの姿であった。
膨大な魔力で因果を捻じ曲げ、暴力的な火力を否定したのだ。
「そもそもじゃ、炎で龍を焼き尽くそうという考えそのものが駄目じゃな。外皮を焦がしたところで、儂に何の影響がある。この程度の炎であれば──すぐに掻き消える」
一息吹きかけると、ソウの周辺で燃えていた炎が鎮火される。
再び使われた魔力が、燃え続けるという因果を書き換えた結果だ。
──ラグナロクの炎は絶対ではない。
実際神話にも、炎は世界樹を燃やすことなく消えてしまう。
つまり、不可能ではないのだ。
ソウの魔力はその可能性を引き寄せ、この場に事実を具象化させた。
「“紅蓮拘束”」
「無駄じゃ……おっ?」
「聖邪の炎に加え、神代の炎の力を加えた特注の枷だ。いずれ壊されるとはいえ、時間稼ぎには充分だ」
触媒はラグナロクの炎。
そこに白と黒の炎を宿らせ、一気にソウの元へ向かわせた。
全身を包みこむ炎の枷は、ソウの抵抗を許さないようにキツく体を縛り上げる。
膜で身を守るものの、球体状の牢獄ができあがってしまう。
「“炎熱同化”」
その間にフェニが発動させたそれは、己の肉体を炎と同一化させるスキル。
取り込む『吸収』とは違い、自身の糧として一つとなる『同化』……その規模や内包された魔力量によって、使用者に恩恵を齎すスキルである。
「“紅蓮怪鳥”」
フェニックスを模した炎の鳥が、至る所から空へ羽ばたいていく。
こちらもまた、白と黒の炎を宿した状態でソウに向かって飛んでいく。
「うむうむ。人化した姿とはいえ、儂をこうも縛るとはさすがじゃ。主様は例外にしておくが、その行為は褒め称えられる所業じゃ」
まったく動じず、焦らないソウ。
その瞳に縦の亀裂が走り、空間一帯を把握するようにキョロキョロと目まぐるしく動いている。
「なるほど。炎全体にお主の存在が散らばっておるな。一度に晴らせばそれで片が付くのじゃろうが……そうはさせぬか」
ソウが魔力を練り込もうとした途端、一匹の鳥が彼女の目の前で爆発する。
それ自体のダメージは無いが──魔力の流れに干渉する効果があったのか、溜め込んだ魔力が霧散してしまう。
「妨害とは、なかなかな手を選ぶのう。じゃが、また足りぬ」
再び、ソウの魔力が膨れ上がる。
練り上げるのではなく、単純に外部に放出しているだけなので防ぐことはできない。
ソウを中心として、円が膨らむように魔力が包む膜の広さを増やしていく。
「同化とやら、解除せねばそのまま消えてしまうぞ──“覇砕拳”」
そして魔力の大半を拳に注ぎ込んだまま、ソウは武技を発動させる。
暴力的な魔力によって強化された、元世界最強の龍が放つ一撃。
それはあらゆる因果を捻じ曲げ──炎を生みだす空間もろとも、何もかもすべてを破砕していった。
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