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山田 武

偽善者と一回戦第三試合 後篇



「不味いな、ミシェルの奴……」

「やはり、リスクのある代物か……」


 会話を訊き、首を傾げる王子と王女。
 ジークさんは優勢に見えるミシェルの危うさが、どうやら理解できているようだ。


「劉の力は人の身にあまる。たとえ勇者と魔王の娘だろうと、あの娘は生命としての限界には達していない。本来なら、耐え難い激痛で倒れているはずなんだが……」

「それに耐えうる、経験をしてしまっているというわけか」

「強すぎる肉体が、終わることを否定している。おまけにあの剣には、劉の血で力を得る効果もあるからな……」


 中には劉眼を与える能力もあるのだが……実際、ミシェルの瞳は縦に収縮している。
 すでにそこまで親和性を上げ、劉の力を引きだしていた。


「まだ勇者としても魔王としても未覚醒のまま使えるのは、想定外だったな。因子を取り込むことはできないだろうけど、魔力の吸われすぎになりそうだ。あれ、かなり吸われるからな」

「そんなにか? お主たちを見ていると、その程度では驚けぬ儂が居るのだが……」

「例えるなら──あれを一秒使うだけで、従来の宮廷魔法士数十人単位の魔力が減る」

「……なぜ耐えられるのじゃろうか」


 それは俺が訊きたいよ。
 眷属たちが秘めた可能性の力は、凡人たる俺にはまったく理解できないんだから。

 俺は与えられた力を、その力が振るえる限界までしか使うことができない。
 だが才ある者たちは、その限界すら超えて力を振るうことができる。

 ──ミシェルに起きている現象もまた、そうしたことと同じなのだろう。

 本人の意志と剣の機能が魔力を爆発的に増幅させ、シュリュから血や魔力を奪おうと苛烈な攻撃を行っている。
 吸う度にミシェルは劉の力を理解し、肉体の強化へ理解した力を回す。
 ……無限連鎖の類いだろうか。


「さっきも言ったが、それには限界がある。流血だけじゃシュリュは止まらないし、重ねれば持たなくなる。いつまで持つか……そこが勝敗を決めるだろう」


  ◆   □   ◆   □   ◆

「朕の眼、翼、血……よくもまあ、耐えておる。未完の品とはいえ、朕の力がふんだんに揃えられた一品。其方も限界であろう? 降参するがよい」

「まダ、マだヤレる!」

 激しい頭痛がミシェルを襲っていた。

 減りすぎた魔力を劉の力で補い、劉の力を用いてシュリュから魔力を奪う。
 処理能力が落ちた思考は限界を迎え、舌も回らなくなっていた。

「……その覚悟は良し。しかし、このままでは堕ちるぞ」

「?」

「ドラゴンの血は人を酔わす。朕の覇道を阻む者には、そうして血に酔って狂う者もいたものだ……奴らもまた、今の其方のような言動をしていた」

 古来より人間たちは、さまざまな理由でそれを求めた。
 不老不死、魔力増量、錬金触媒……用途はバラバラだが、常に求められている。

 ドラゴンたちの血には、膨大な量の魔力が籠もっている。
 時にその血を流すドラゴンたちですら、身の丈にあまる行動を起こしてしまう程、所有者に多大な幸悦感を与える代物。

 そして、驕った果てに……悲劇を生む。
 死を以ってそれを知るまで、酔った者たちは止まらない。

「“劉の脈動”」

「……心臓まで、まだ止まらぬか」

 擬似的に劉の心臓を生みだし、さらなる魔力強化と回復を促すミシェル。
 すでに思考は放棄した……意志はとっくに定めていたから。

「──カたナキゃ、勝たナキャ……」

「面妖な……運営よ、試合はどうなる!」

 シュリュは大声を上げ、ミシェルの異常を訴えかける。
 何もしなければ、今後の生活に支障が起きる可能性があった。

≪──えっと、主催者様からのご連絡ですけど……≫

≪『任せた』、だそうです≫

 劉の血のことは劉に任せるべき。
 傍観を決め込んだメルスは、ただ一言だけシュリュにメッセージを送る。

「其方が生みだした剣であろうに……」

 呆れるように、ため息を吐く。
 だが、その言動とは裏腹にシュリュは自身の口角を吊り上げていた。

「任せるがよい。朕が成すべき覇道に、狂う道化など必要ない」

 ミシミシと姿を変え始めるシュリュ。
 人としての形は崩壊し、巨大な獣がその場に現れる。

 ──劉。

 この世界にたった一匹。
 理から外れた孤独なドラゴンが、紛い物の劉を救うために現界した。

『一撃で終わらせる。観客よ、縛りをルールへ入れるでないぞ』

 口内に膨大な量の魔力が集まる。
 ミシェルが心臓を手に入れ、集めた魔力など比べることもできない。

 圧倒的な真の劉の力、永久機関に近しい精製速度で魔力が生みだされていく。

『一度やってみかったのだ。結界があれば壊れはせんだろう──“劉神雀火”』

 放たれたのは、紅蓮の炎。
 煉獄を生みだし、世界を終わらせる破滅の息吹。
 あらゆる概念を喰らい、炎はどこまでも広がろうとする。

「“聖劉迅翼”、“邪劉迅翼”」

 ミシェルは本能的に危険を察知し、二種類の翼を広げて炎から逃れようとする。
 劉の力によって強化された翼は、光に近い速度での移動を可能とした。

『無駄だ。朕の炎から逃れることは決して許されぬ』

 炎がうねり、どこまで伸びていく。
 やがて、逃げきれなくなったミシェルの翼へ炎が接触し──魔力を燃やす。

 翼に籠めた力の分、『燃える』という現象から逃れようと粘る。
 その間に翼を切り離し、対応策を練る。

「──“聖劉迅盾”、“邪劉迅盾”!」

 盾を球体状に生成し、自身を包み込む。
 翼が一時的にとはいえ抵抗できたことで、勝機を見出したミシェル。

 盾で時間を稼ぎ、魔力を溜めこむと──再び動きだす。

「“聖劉迅剣”、“邪劉迅盾”」

 剣に聖気と劉気を籠め、会場の至る所に足場となる盾を展開する。
 炎が盾を燃やすことも計算に入れ、踏める箇所を踏んではシュリュの元へ向かう。

「“聖劉迅盾”、“邪劉迅盾”……」

『二発目だ──“劉神雀火”』

「……“邪劉迅剣”、“聖劉迅盾”」

 自身の横に盾を生みだし、立体的な機動を行いさらなる炎を避けていく。
 翼はすべて燃え尽き、二発目の炎で盾もすべて消え去った。

 宙を舞うミシェルの眼前には、漆黒のドラゴンが咢を開いて待ち構えている。

『よくやったぞ、誇るがいい。其方は立派な劉殺しである。安らかに眠r──』

「“擬似劉帝化”」

 シュリュの言葉を遮るようにして、ミシェルの体からオーラが噴きだす。
 メルスの干渉で剣に宿った、仮初の劉帝となる力。

 劉とは別に、帝王の能力を使用者に与えるそれは──

「……諦めない。私は、まだ闘える」

『余計な仕掛けを入れおって』

 長としての正しい判断を使用者に齎す。
 暴走した思考も冷静になり、ミシェルは正常な判断を行い始める。

“擬似劉帝化”を行うことで読み込めた、剣に秘められた最後の力。

「──“劉気解放”」

 ミシェルの中から、すべての劉の力が抜けていった。
 そしてそれは……剣へ纏わりつく。

「終わり!」
『そうはさせん!』

 三度目の炎が、振るわれた剣とぶつかる。
 瞬間、世界は眩い光に包まれる。

 光を失い、音だけが残った世界。
 激しい爆発音がその中で木霊し、沈黙が訪れる。



 そして、両者共に立っていた。
 ミシェルは剣を杖にしながら、どうにか。
 シュリュは人化した姿で、片膝を突いて。

≪──勝者、シュリュ選手! この激しい試合を勝したのは彼女だ!≫

 だが、明確な差が存在する。
 ミシェルの立っている場所は、舞台の外であった。

「……負けちゃった」

「朕もここまで苦戦したのは初めてだ。き試合であった」

「……苦戦は、初めて?」

「メルスを入れるでない。アレは一種の理不尽であろう」

「ぷっ……そうだね」

 笑いあい、楽しげに語り合う。
 こうして第三試合の幕は閉じたのだった。


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